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レプリカトーン  作者: 三堂いつち
キツネの檻
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クエスト

 安い宿に泊まって1日が明ける。ゲームの世界に閉じ込められて、これがどうしようもなく現実だということを思い出すのに少し時間がかかった。


「おはよう」


 赤い髪の女の子を見て、アカネだと思い出すのにも少し時間がかかった。椅子で寝たにもかかわらず、身体のどこも痛くないのはバーチャルの良いところだろう。立ち上がり伸びをして、寝ぼけた感覚を吹き飛ばす。


「よっし」

「元気ね~」

「というよりはやる気かな」


 アカネは欠伸をして呆れたような目でこちらを見ている。朝に弱いのだろうか、何度も目元を擦っている。その度に赤い髪が揺れる。


「髪ほどいてるんだね」

「そりゃゲームでも髪ほどくわよ。結んだままだと、なんか気持ち悪い」

「そういうものか」


 アカネはまた大きな欠伸を1つしてから、メニュー画面をいじり髪留めを取り出す。そして髪を縛り昨日と同じ髪型にする。


「……なにジロジロ見てんのよ」

「ごめんんさい」


 寝起きで機嫌が悪いのか、それとも俺がカンに障ったのか怒られてしまった。それからどちらともなく動きだして部屋を出る。宿屋の廊下はがらんと静かで、俺たちの足音しか聞こえない。


「宿は延長しといたほうがいいかしら?」

「あ、俺が出すよ」


 宿は混む。今ここを空けてしまえば次に宿を探すとき見つからないかもしれない。せせこましいが人を気にせず寝れるのは有難いことなので、俺たちは宿の利用期間を延長することにした。

 そして宿屋の外に出ると、騒がしい町に逆戻りだ。宿をさがしてたどり着いたプレイヤーや、そんなプレイヤーに目もくれず談笑するNPCなど、朝でも昨日とあまり変わらない光景が広がっている。


「さて、じゃあギルドに行きましょうか」

「おー」


 昨日と同じようにアカネが前を歩き、俺たちはギルドへ向かって歩き出した。




 ▽


「いけそうだね」


 ギルド前は昨日と比べて大分人が少なくなっている。入り口は見えるしギルドホールの中だって見える。建物に入ると中は想像以上広く、待ち合いに使われるテーブルやクエストボード、カウンターなどいかにもファンタジーにありそうなギルドといった風だ。


「クエスト見に行こっか」


 クエストはクエストボードという大きな板の張られている、という設定で、受注にはウィンドウを開いて受注するシステムになっている。ただクエストを受けるにはボードの前に行かなければならず、終了報告をするにはカウンターに行かなければならない。ゲーム的なんだか細かいんだか。

 クエストボードの前に行き、アカネがウィンドウを開く。パーティがクエストを受ける時はパーティリーダーしかクエストを受注できない。俺たちのパーティのリーダーはアカネだから、アカネしかクエストを受注できないのだ。


「どれにしようか。アタシは討伐系がいいんだけど」

「俺も討伐系がいいな。弓に慣れたい」

「じゃあ決まりね」


 アカネの手元を見てどのクエストがいいか話し合う。昨日倒したウサギやカラスの他にも、ゴブリンや猪など色々なモンスターの討伐クエストが用意されている。その中で一番報酬のいいゴブリン討伐を受けることに決まった。


「パーティメンバーの募集、する?」

「来ないんじゃない。弓いるし」

「それで来ないヤツならこっちからお断りよ」

「アカネさんカッコいい」

「褒めたってなにもでないわよ。さて、行きましょっか」


「すいません」


 少しふざけた調子でボード前から移動しようとすると誰かに呼び止められる。振り返ると青いロングヘアの女の人がいた。


「パーティメンバーの募集と聞こえたので、よかったら入れていただけないかと」


 丁寧な口調で言われたそれは、パーティに入りたいという申し出だった。


「アタシはいいけど、アキは?」

「俺もいいけど、弓使いのいるパーティでもいいのなら」

「ネガティブね~」


 俺はインベントリから弓を取り出す。しかし、青い髪の女性は気に留める様子もなくウィンドウを開き武器を取り出す。


「私、長銃使いなんですよ」


 長銃(ロングバレル)。威力の高い一撃と遠距離からの狙撃が可能な射撃武器。しかし単発式で一回撃つ毎にリロードが必要、しかも威力は武器に大きく依存するため、βテストで不満の多かった武器だ。


「だから弓使いのパーティを選んだのね」


 長銃使いはパーティの負担になると敬遠されるかもしれない。しかし同じ不憫な武器の弓がいるパーティなら入れるかもしれないと、そういう考えなのだろうと、アカネは含みのある言い方をした。


「嫌なら断ってくれても構いません」


 そんなアカネの意図を察して女性も遠慮がちに言う。


「だってさ。どうする、アキ?」

「俺?いや、別に俺は構わないけど。……やりたいことやってそれが楽しいならそれが一番いい。ゲームだからな」


 色々フォローのつもりで言ったのだが、なんだか気恥ずかしいうえに、弓使ってる俺が言うセリフじゃない気がして耳が熱くなってくる。


「それアンタが言う?」


 隣でアカネが笑う。しかも思っていたことを指摘されて痛い。


「ま、アタシも同じ考えよ。武器なんて気にしないわ」


 笑い終わってからアカネはウィンドウを開き女性にパーティ申請を送る。


「アタシはアカネ。よろしくね」

「俺はアキ。よろしく」

「シアンです。よろしくお願いします」


 システムウィンドウがパーティにシアンが入ったことを知らせる。そして俺たちは改めてギルドを後にした。




 ▽


「ここらのゴブリンならなんでもいいらしいわね」


 俺たちはモノブラムを出てすぐの、北側の平原にいる。そこらには緑色の肌をした小鬼が闊歩していて、いかにもなファンタジーの光景だ。そして、そこかしこにプレイヤーの姿も見える。集団でゴブリンを囲って倒していたり、ソロでズバズバとウサギを狩っていたりとプレイスタイルは千差万別だ。

 そして俺たちも手付かずの獲物を見つけて戦闘準備に入る。


「アタシが前衛、二人は後衛でいいわよね」

「了解」

「わかりました」

「じゃあカバーよろしくっ!!」


 アカネは装備した大きな剣を引きずらないギリギリの高さで構え、三匹いるゴブリンの群れに突撃する。ゴブリンたちはアカネの存在に気づくも、振り抜かれる(やいば)から逃れることは出来ず、まともに一撃を受ける。しかし、ゴブリンたちの立ち直りも早く、三匹が体勢を整えアカネに飛びかかる。


「させない」


 俺はつがえていた矢を放ち、その横でシアンが構えていた銃の引き金を引く。破裂音とともにゴブリンは二匹、光の固まりになって弾ける。残った一匹はアカネが剣を振り下ろし倒す。

 そしてアカネを中心に集まりドロップアイテムを回収する。


「援護があるってのは、やっぱりいいわね」

「けど俺ら単発でしか撃てないんだよなぁ」

「やはり問題はそこですか」


 今回は三匹だから不意打ちからの一対一で倒せた。けど、数が増えたり、動きが早いモンスターを相手にする場合は、こうはいかない。カバーしきれなかった敵の攻撃をアカネが背負うことになってしまうのだ。しかもアカネは本来、盾役をするようなスタイルではないのだ。今はまだなんとかなるが、これから先に一発のこが命取りになる状況もありえるだろう。少しでもアカネの負担を減らさなければ、いずれパーティとして機能しなくなってしまうかもしれない。

 しかし、アカネはあっけらかんとして笑う。


「そういうのは後で考えればいいじゃない。今は楽しくゲームしましょ」


 そんなアカネに元気づけられる。シアンもクスリと笑う。


「後で考えりゃいっか」

「そうよ」

「ですね」


 それから俺たちはゴブリンを狩り、たまにウサギを狩ったりしてクエストの達成目標までもう少しというところまで進んだ時だった。


「次で終わらせるわよ」

「……!!待った」


 前に突っ走ろうとするアカネを制止して、ゴブリンの集団を注視する。


「なによ?今までと変わらないじゃない。問題ないでしょ」

「よく見ろ、一匹違うのが混じってる。多分ゴブリンリーダーだ」


 背丈も格好もあまり変わらないゴブリンだが、持つ武器によって攻撃パターンが変わる。そして、集団で戦術を持って戦うのがFoXのゴブリンの特徴だ。

 しかし、ゴブリンの中にも見た目に違いのあるヤツもいる。“上位種”と呼ばれるモンスターだ。モンスターの上位種は通常種より強く設定されているため、通常種と一緒に考えては痛い目にあうというパターンをFoWでは何度も聞いている。ゴブリンリーダーの場合、通常種との違いは顔に赤い色のラインが入っていること。そして、厄介なことにゴブリンの上位種は“周囲のゴブリンを強化する”というバフ性能を持っているのだ。

 そして、ここにはそのゴブリンリーダーを五匹のゴブリンが囲んでいる。今までのようにアカネが一人で突っ込むのはリスクが高い。


「でも、さっき言ったじゃない。アタシ以外に盾できるのいないって。リスクなんて考えてたらキリないわよ」


 アカネは関係無いとばかりに一人、前衛を務めると訴える。


「確かにアカネが前に出てくれれば、大剣の攻撃力と俺たちの援護射撃で倒せる。けど、アカネに攻撃が集中することになる。俺たちはカバーしきれない。アカネだけ死に戻るかもしれない」

「勝てるならいいじゃない。それに仮定でしょ、アタシが負けなければいい」

「それでも、背負わせるだけは嫌なんだ。もしアカネだけが死に戻ったら、そうでなくても俺は今楽しめないよ」

「アキ……」


 たった1日しかパーティを組んでいないのに、それでも信頼してくれているアカネに敵の全部の攻撃を受けさせるのは、これがゲームだと分かっていても、決して磨り減らない命の世界だとしても納得がいかない。エゴイズムなのは分かってる。それでも嫌なものは嫌なんだ。


「でもアカネさんが盾をやってくれなければ、私たちは安定して撃てませんよ」

「そうよ。弓なんて特にそうじゃない」


 シアンが先に意見をしたのはアカネの気持ちを汲んでのことだろう。アカネもそれに続くように俺に食いかかる。


「それは大丈夫。考えもちゃんとあるから」


 俺はウィンドウを開いて、自信満々に言った。

戦うのやめたらいいとか言わない

不遇から不憫に変更

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