Close world
俺は自他共に認めるゲーマーで、中学時代は特にFoWにハマっていた。拡張されたファンタジーの世界を剣と魔法で駆け回る。そこには沢山の友達がいて、沢山の冒険があった。数えきれない楽しさがあった。
しかし、当時中3だった俺は夏からゲームを断ち受験に専念しなければならなくなった。ゲームにかまけて志望校のレベルを下げるようなことはしたくなかった。ゲーマーというのを逃げ道にしてしまうのは真のゲーマーではない、そんな信念のもと俺は勉強に励んだ。
そんな受験勉強真っ最中の時、FoXは発表された。FoWより明解で敷居が低く、そしてワールドマップの広さは2倍以上のスケール。その話題は否応なしに俺の耳にも届いた。
ただ幸いなことにFoXの発売日は受験が終わってから。予約だけ済ませて後は勉強浸けの毎日。
そして春一番が吹くころに志望校の合格通知がやって来て、FoXのサービスが始まった。俺は前もって用意していたアバターデータを使いセッティングを済ませログイン。するとそこは中世のような石造りの建物が並ぶ冒険者始まりの街【モノブラム】だった。
やっとゲームができる。少しハイになっていた俺の耳に「ログアウトがない」という声が聞こえたのはログインして3分も経っていないときだった。
▽
『お知らせ:ログアウトについて
ただいまログアウトが出来ないという不具合を確認しております。復旧まで今しばらくお待ちください』
運営から届いたメールを閉じてため息を溢す。こんなシステムの不具合があっていいハズがない。周りを見回せば混乱している人もちらほらいるが、俺にとってはまるで現実味のない話のようだ。プレイヤー個人が喚いても何ができるわけでもない。
「なら遊ぶか」
次々とやって来るプレイヤー達を避けながらモノブラムの外へと歩くことにした。街の広さもさることながら、作り込みもかなりのモノで景観はリアルと見紛うほどだ。気になる小路やNPCの店を横目に、外壁を目指す。メールを見て驚くプレイヤーや、「どうにかしろ」と八つ当たりのように叫ぶプレイヤーもちらほらと見かけた。
「おお、やっぱりでかいなぁ」
モノブラムの街は周りをぐるりと背の高い外壁が囲っている。それに比例してなのか門もかなり大きい。その門ではNPCが何事もないように往来している。プレイヤーの姿は見当たらない。
「いくか」
門をくぐった先は広い草原のフィールドが広がっていて、そこらにちらほらとウサギや鳥のモンスターが見える。俺はインベントリから弓と矢筒を装備する。βテストで不憫だの残念仕様だのと散々な評価の弓。攻撃するのに消費アイテムを使い、いざ使うと扱いづらいという難点がある弓。俺はそ扱いづらさに惹かれて弓を選んでいる。難しい方が燃えるのだ。
矢を取りだし弓を構え、矢をつがえる。目標は前方5メートル先のウサギ。試し射ちナシのぶっつけ本番、当たれと念じながら弓を引く右手を離す。ヒュッと風を切る音を鳴らし、矢は少し右にハズレる。
そして攻撃行動によってこっちに気づいたウサギは俺をターゲットとして認める。
「やばっ!」
ウサギが勢いをつけて迫ってくる。その勢いのままウサギは俺めがけて体当たりをくり出す。俺は体を横にずらして避ける。危なげなく避けて矢をつがえようとして気づく。
弓の使いづらさは当てるには集中力が必要で、回避と同時に攻撃することが困難なことにある、と。
「どうしよ……」
ウサギが次々とくり出す体当たりをかわしながら考える。動きながら弓を使うのは慣れないと相難しい、しかし今は弓以外に武器を持っていない。矢をウサギの眉間に直接突き刺すことも考えるが、ステータス的にそれは難しいだろう。それにまたこんなことになっても対処できるようになっておいた方がいい。
「集中!」
矢を弓につがえてウサギの体当たりを避ける。しかしウサギを目の前に捉えていながらも矢を放つタイミングが掴めない。回避だけならこんな序盤のウサギの体当たりや蹴りなんて簡単に避けられる。けど狙いながら避けるのは神経を使う。
そんな攻防を8回ほど繰り返して、やっと向かってくるウサギの脳天に矢を撃ち込んだ。
「できないことはないか。練習だな」
頭に受けた衝撃で動きが鈍くなったウサギに素早く2撃目を喰らわせる。そしてウサギのHPバーはなくなり、ウサギは光の塊になって弾けた。モンスターは倒すとその場には残らず消える。そしてモンスターが消えた場所にアイテムが落ちている仕組みになっている。今回のドロップはウサギ肉だ。
ドロップアイテムをしまって、次のターゲットを探す。今この場は俺以外にプレイヤーがいない、絶好の狩り場だ。と、思ったらデカイ剣を振り回す赤髪のプレイヤーがいた。重量のある剣を巧みに操り3匹のウサギに対して1人で立ち回っている。
「上手いな」
重い武器は序盤のステータスで扱うには厳しく、別の武器でステータスを上げてから使うのがFoWではメジャーだった。FoXでもその点は変わらないらしくβテスト初期では使う人がいなかったのだ。
そんな武器でウサギを狩るプレイヤーはそれほどプレイスキルが高いということになる。
「はああっ!!」
横に一閃。その一撃で3匹のウサギを吹き飛ばし赤髪のプレイヤーは剣を肩にかける。思わず見いってしまった。赤髪のプレイヤーはこちらに気づいて近づいてくる。背は同じくらいの女の子だ。
「なに?なんか用?」
女の子は不機嫌そうに言う。そりゃ見ず知らずの人にじっと見られるのは気持ちの良いものじゃないだろう。
「その、いい動きしてるなって思ってね。嫌だったら謝る。ごめん」
「べっ、別にイヤとかじゃないわよ。ちょっと気になっただけ」
赤髪の女の子はツンっとして言うが、顔が少し赤くなっている。照れてるんだろうか。
「そっ、そんなことより、こんな状況なのにアンタよく落ち着いてるわね」
「それはお互い様じゃないかな」
女の子は焦ったように話題を変える。彼女の言うこんな状況とは“ログアウトができない”ことを言っているのはすぐにわかった。
「アタシはゲームをやってるだけよ。それにこういうのはゲームクリアしたら解放されるって相場が決まってるモノだしね」
「そう単純じゃないと思うけど……。まあ、現実味も実感もないし、俺もゲームしてるだけかな」
冗談っぽく聞こえるようなセリフに自然と笑えてしまう。確かに状況は異常なのかもしれないけど、このゲームはそれだけじゃないように思えてきた。
「ゲームしてるならさ、アタシのレベル上げ手伝ってくれない?」
「いいよ。クリア目指して頑張る?」
「そうね。クリア目指して頑張るわよ」
俺が冗談っぽく言えば女の子は笑って応える。
「俺はアキ。弓使うけど大丈夫?」
「アタシはアカネ。アタシに当てなければ気にしないわ」
アカネから来たパーティ申請を受諾する。すると、すぐにカラスのようなモンスターが近くにやって来た。
「アタシが前でアンタが後ろ。これでいいわね」
「おう」
言うやいなやアカネは駆け出しカラスに向かって剣を叩きつける。その一撃でカラスのHPは殆ど削れる。しかしカラスも黙ってはおらず、反撃しようと飛び上がる。その瞬間にカラス目掛けて矢を放つ。今度は一発で命中した。
「ナイスカバー」
「正直当たるとは思ってなかったけど」
矢が刺さりひるんだカラスをアカネが剣で振り払い、カラスは光の塊になって弾けた。
「こんな感じで大丈夫ね。ガンガンいくわよ」
「了解」
次の獲物を見つけたアカネはまた駆け出して、重たい一撃を叩き込む。そのカバーとして俺は弓を引く。慣れない武器であってもアカネのプレイスキルの高さと攻撃力の高さに助けられて、それから数十のモンスターを倒していった。
▽
「ふう。こんなもんかしらね」
「そうだな。俺も矢がなくなってきたし」
二人で武器をしまい、インベントリを確認しながら話す。
「弓って難しいって聞くけど、実際どうなの?」
「難しいっていうより集中しなきゃいけないって感じだな。銃と違ってまっすぐ飛ばないからエイムが大変」
「それでも結構当ててたわね」
「アカネがそういう風に敵をひきつけてくれてたからな」
「まあ、アタシのおかげでもあるわね」
アイテムの確認を終えモノブラムに戻ろうとしたとき、メールアイコンが音を鳴らし点滅する。どうやらアカネにもメールが届いたらしい。メールの送り主には【カオス】と書かれていて、その名前に心当たりはない。
「カオスって誰よ」
「同じヤツか」
アカネが受け取ったものもカオスからのメールだった。俺はカオスから届いたメールを開く。
『ログアウト不能は俺が引き起こした。ゲームから出るには最果ての塔最上階にいるボスを倒すこと。諸君らの健闘を祈る』
ふざけているとしか思えない文面を閉じ、アカネを見る。アカネも同じ感想を抱いているようだ。
「バカみたいね」
「まったくだ」
コイツがこの状況を引き起こしたということならことならこのメールに書かれていることは本当なわけで、つまりコイツの指定した条件をクリアしなければならないことになる。しかし、この【カオス】がログアウト不能の状況を作り出したという確証がない。そう、一言で片付けるなら「バカみたい」だ。
「アカネはこれからどうする?」
「アタシはクリアを目指すわ。これがウソでもなんでも関係ない、できることをやるのよ」
アカネは胸を張って答える。
「そうだったな。クリア目指して頑張る、だな」
「そうよ!」
「そうなりゃ俺も頑張るか!」
焦っても喚いても変わらない。でも、プレイヤーの力でどうにかできるなら、チャレンジしないわけにはいかない。だって俺はゲーマーだから。
この日、FoXにログインしたプレイヤーはおよそ7万人。閉じたゲームの世界で生きていくことになったのだった。
不遇を不憫に変更。