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第7話

「本当に、何から何までありがとうございました。お陰で、いいお土産がもう一つ増えました」

「いえ、こちらこそ。無事に小夏さんのお力になれたようで何よりです」


 開かずの鞄も無事開き、お茶会が終わると既に時刻は四時ちょっと過ぎ。

 妹と軒先まで小夏さんを見送る時、鼠色の空は何処かで機嫌を悪くしてしまったらしく、霧のような雨がしとしとと降り注いでいた。


「……んん」

「ほーら、妹も。ちゃんとご挨拶しなさいな」

「わ、ごめ……こ、小夏さん、鞄が開いて、良かったね」

「えぇえぇ。まさか、開かない鞄をくすぐるだなんて思い付きもしないわ。お嬢さんの発想、凄いわ」

「え、えへへ……」


 素直に褒められ、しかし、何故か妹はすぐに後ろ髪を引っ張られているかのようにお店の方へと首を向けている。


「またのご来店を、心よりお待ちしています」

「是非。その時はまた、このハーブティーを御馳走していただけたら嬉しいわ」


 思い出の鞄を片手に、そして小さく紙袋を掲げて小夏さんが微笑む。お手製のハーブティーを(いた)く気に入ってくださったみたいで、サービスして少し多めに瓶に詰めて差し上げた。でも、あっという間に空にしてしまうかも。

 最後に、お互いにお辞儀をすると小夏さんは運転手さんにドアを開けてもらって乗り込み、窓から手を振りながら坂道を下って行った。突き当りを曲がるまで、妹は傘も差さずに大きく手を振って見送る。やがて、黒い車が見えなくなるとそそくさと軒下に潜り込んだ。


「……凄いね、エジソンだっけ?」

「リムジンでしょ。“ン”しか当たってない」

「そ、そっか……」


 適当な返事、おまけに視線はお店の中へ釘付け。

 鞄を開けてから、妹の意識が明らかに反れている。


「……何か、見たの?」

「あの、あのね、さっき小夏さんの鞄を開けた時に、シュバッ! って何かが飛び出したの。だけど、早過ぎて何処に行ったのかわかんなくなっちゃって……」

「なるほど。つまり、あの鞄を守っていた精霊さんってワケね。まだお店にいるでしょうし、探しましょうか」

「うん!」


 お店の看板をひっくり返してから中へと戻る。

 様子は先ほどと何も変わらない。

 丸テーブルはクロスを掛けているだけで私たち以外誰も使った形跡は無し。これは当たり前。カウンター席も同様、パッと見ても何の変化も見受けられない至って普通の店内。

 先ほどと違うのは、何かの気配と息遣いがあるということ。

 姿が見える妹は目をお皿みたいに平ったくしてあっちこっちに視線を走らせている。私は私で、エプロンのポケットからお財布を取り出しながら歩いていた。


「お姉ちゃん、お買い物の支度してる場合じゃないよ! 精霊さんいるんだから」

「えぇえぇ、わかっていますとも。……あっと」


 お財布から小銭を掴み、それをわざとらしく足元に数枚落とす。

 チリン、コトン。

 小銭は小奇麗な音を立てて床に転がる。百円玉だけがそのまま勢いでカーブを描きながら転がって、次の瞬間私の足元でパッと消えてしまった。妹の眼が、それを捉えて喜色に輝く。


「……ッ! 見つけた!」

「げ、オイラの姿が見えてるのか!?」

「残念だけど、声もちゃんと聞こえてるわよ」

「……ちぇ」


 床からトン、次いで椅子の上でトン、そしてカウンターの上で最後にもう一つと音を響かせ、何も無い場所から小銭が現れる。

 小さな、とても小さな気配が私の肌に伝わってくる。

 気配はそのまま、メニュー表を挟んでいる小物の辺りで止まった。


「オイラの姿が見える、しかも声も聞こえるとなると……アンタら、只者じゃないってワケだな?」

「ふぅん……男の子の精霊なんだ。ずいぶんヤンチャな声ね」

「は? 何だいアンタ、オイラの姿見えてるんじゃないのかい?」

「姿が見えるのは妹なのよ。私には、あなたの声だけが聞こえてるわ」

「ふぅん……?」


 何処となく腑に落ちないと言った様子の彼の態度。

 妹の方へ視線を寄せてみれば、いつの間にか用意していた画板に向かって鉛筆を奔らせていた。しばらく真剣に書きこんだ後、妹はハッとなって顔を上げる。何だろうと私が首を傾げた瞬間に弾丸のような速度で階段を駆け上がったかと思えば、手には水彩絵の具のセットとバケツとを持ってきた。


「……ちょっと、待っててもらえる?」

「はぁ……」


 私には見えない精霊の姿を、妹は絵を描いてどんな姿かを教えてくれる。

 専らは色鉛筆で仕上げてくれるのだけど、今日みたいに余裕のある日、もしくは妹の“描きたい”衝動が強かった場合には、こうしてわざわざ絵の具を使って絵を描いてくれる。絵の具を使うといえどその速度と正確さは圧巻。通知表の図工の項目全てが「よくできる」は伊達ではない。


「……出来た!」

「へぇ、どれどれ……相変わらず絵が巧いわねぇ」


 十分ほどで妹の絵が完成。

 画用紙の中に描かれた精霊は、例えるなら盗賊風ピーターパン、といったところだろうか。

 半袖に半ズボンという動きやすさに重点を置いたような身軽そうな若草色の衣服。

 斜めに吊り下がったベルトには小ぶりなナイフが数本と単眼鏡がひとつ。それから細い針金の集まり。ブーツの裏にはナイフが仕込んでありそう。

 外見で年齢を判断するならば十代半ば。頬に小さな傷があって、キッと鋭い瞳をしている。


「お姉ちゃん、この精霊さんは何の精霊さんなの?」

「おいおい、その精霊さんってのは止めてほしいね。オイラは」

「彼は『ミミック』よ。妹も、聞いたことない?」

「あ、知ってる!」

「……名乗る暇もありゃしねぇや」


 私が君の声を仲介してもいいのだけれど、それだと手間なのよ。

 さて、ミミックという名前を聞いて真っ先に連想されるのは、恐らくオーソドックスなロールプレイングゲームの敵モンスターだろうか。


「知ってる知ってる! 宝箱のモンスターだ! 開けるとバトルになって、倒すとイイ物落とすんだよ!」

「ゲームの中では宝箱に擬態するシェイプシフターとして扱われているけど、本当は“魔女の鞄”の番人なの」

「“魔女の鞄”の……番人?」


 嬉しそうな顔を浮かべながら首を傾げる妹。

 好奇心に充ち溢れた妹の顔は、見ているこっちも思わず微笑んでしまいそうになる力がある。


「古来より、魔女は色々な魔法のアイテムを作ったりするの。だけど、それを普通の鞄に仕舞っていては誰かに盗まれたり、奪われたりしてしまう危険性が生じる。それを防ぐために、魔女は精霊と契約してその鞄を守護してもらうの。

 その精霊を『ミミック』って言うの。

 ミミックに守られた鞄は、普通の人には絶対に開けられない。ミミックの弱点を知っている、魔女にしか開けることが出来ないのよ」

「そーさ。付け足すなら、オイラ達は契約者との“約束”を糧に生きてるんだ」

「契約者……今回は、小夏さんの旦那さんね」

「あーれは……まぁ、オイラとしてもちょっと間抜けた話だったけどな」


 ミミックの言葉を妹に仲介していると、妹の目がつつつ、と移動した。彼が少し移動したらしい。


「ちょいとドタバタしてた時代、場所は……イギリスだったっけっかな? オイラが新しい契約者を探してフラフラしてたときにさ、変な酔っ払いと目が合っちまったんだ。ただの偶然だと思ってたんだけど、あろうことか酔っ払いはオイラに話しかけてきたんだ。「お前は何なんだ?」ってな。

 冗談半分で、オイラは適当に身の上を話したさ。

 そうしたら酔っ払いは何処からかあの鞄を持ってきてな、この写真を是が非でも守ってほしいって言ってきたのさ。あの時の真剣な……というか、ぶっちゃけ恐い顔は今でもよく覚えてるよ」

「写真一枚を守るために、そこまでしたの……」

「よりによって戦争に行くって直前に、幸せに緩み切って笑ってた顔は、自分でも火が出るくらい恥ずかしかったんだとさ。ま、それぐらいの強い意志を感じたオイラはそれを承諾して、それから今日まで鞄を守ってたってワケさ。……まさか、こんな場所でくすぐられるとは思わなんだ」


 話し終えて疲れたらしく、はぁー、と小さなため息が聞こえてきた。


「それにしても、よく“くすぐり”が弱点だって気付けたわね」

「だって、お姉ちゃんが意味もなくくすぐってくるわけないもん。……私がくすぐられるのだいっきらいなの、知ってるでしょ?」

「ちゃんと意図を汲んでくれて嬉しいわ……って、どうしたの?」


 妹と、それからカウンターの方から私にチクチクと小さな刺激を伴うような視線が飛んでくる。


「お姉ちゃん、知ってたの?」

「……何を?」

「全部! 鞄のこととか、ミミックの弱点の事とか! 全部知ってたの?」

「えー、っと……」

「知ってたんなら早く教えてよ! そうしたら、もっと早く開けれたのに……」

「ごめんごめん。本当の事を言うとね、私もミミックの事は全然知らなかったわ。……けど、妹が鞄と格闘してる間に、私の後輩から電話がかかってきてね」

「こーはい?」


 まだ聞き慣れない言葉に妹が怪訝な反応を見せる。


「その子は各地を転々としながら古物商をやっててね。もしかしたら何か知ってるんじゃないかって聞いてみたら、それは『ミミック』じゃないのって言われてね」

「ふぅん……」


 私の回答に不服らしく、妹はふくれっ面して私を睨んできた。


「じゃあ、その日に教えてくれればよかったのに」

「お友達と遊んでる日だったし、次の日には物凄く機嫌悪かったでしょ? だから、ちょっとタイミングを逃しちゃったというか。何というか」

「ぶー……」


 弱点に気付かせるためとはいえ、何も本当にくすぐらなくてもいいじゃん。

 恨みがましげな上目づかいはハッキリとそう意思表示していた。


「じゃあ、その後輩さんとやらは魔女なんですかい?」

「えぇ、あなたが懸念しているだろう問題も、彼女が来れば解決するわ」

「……そりゃよかった」

「え、何? どういうこと?」

「別に今すぐ消滅するってワケでもないんですがね、あんまし拠り所がないと元気が出ないという何というか、そんな感じでね」

「言ったでしょ。ミミックは誰かとの約束を糧に生き永らえてるって。だから、今彼は自分と約束してくれる人を求めてるの」

「じゃあ、私がけーやくしたげる!」


 言うと思ったわ。


「ダーメ。今回はもう適任者がいるから、そっちに任せるわ。だから“おまじない”も何にも無し」

「そんなぁ……」


 妹の事だから、きっとランドセルに仕舞おうとしたに違いない。

 教科書やノートを守護して開かないランドセルなんて本末転倒よ。


「で、件の魔女ってのはいつ来るんですかい?」

「明日の、早朝かな。少し不便な癖がある子だから」

「ふーん……?」


 ミミックの言葉に、少々含みがあるような気がしたが私は気に留めず、不貞腐れつつある妹の頭を撫でた。


「今回私たちに出来ることはここまで。さ、ご飯の買い物にでも行きましょうか」

「うー……う、うん……」


 心情を察するならば、中途半端で気持ちが悪い、といったところか。

 不完全燃焼気味の妹を引き連れ、私は身支度を済ませ、傘を差した。

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