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<ベリアルの魔眼>で標的ターゲットを視つめていた。

 

僕は、大きすぎる溜息を吐いた――――

同時に、左目を覆い隠していた右手をおろし、右目を瞑った。

 

 三人の異端者たちは疲れ果てたように立ち尽くしたまま、ただじっと僕を見つめている。狼狽することも、動揺を示すこともなく、ただ静かに赤い柩を囲んでいるだけだった。


 まるで誰かを待っているかのように――――そして、物事の全てを、この邂逅の結末おわりを受け入れているかのように。


「どうしました? 僕たちを、殺さないのですか――――あなたは、<異端審問会>の<執行者>なのでしょう?」

 

 ローブ姿の三人の中、一番手前に立っていた人物が一歩前に出て、口を開いた。そしてそのままでは失礼にあたると思ったのか、フードを脱いで自分の顔を晒してみせた。

 

 銀色の月明かりに浮かび出された、その素顔は――――

 僕と、歳の違わない少年だった。


 背丈も、髪の毛の長さも、どことなく顔のつくりも似ているような気がした。

鏡に映したように。


 その幼い顔は疲れ果て、顔色は悪く土気色だったが、表情だけは穏やで、朗らかだった――――口元に浮かべた笑みは、まるで僕と出会えたことを喜んでいるようでさえあった。


 以前、どこかで出会った古い友人のように。

 

 異端者であるはずの、その少年の笑みを見た瞬間――――

僕は、異端審問会から依頼を忘れて、緊張や警戒の全てを解いていた。

 

 目の前の異端者たちからは、危険や脅威は感じられなかった――――それ以上に、僕はその必要もないという事実に直面して困惑し、途方に暮れてしまったというのが正解だった。


「好きにしろよ。あんたたちの魂は――――もう死んでるようなもんだ」

 

 僕は、そう言って両手を上げた。


<ベリアルの魔眼>が視た異端者たちの魂は、すでに死の淵を歩いていた。

 

 もって数分と言ったところで――――状況から察するに、赤い柩の周りに描いた魔方陣に、自分たちの魂を注いだのだろう。

 

 僕に声をかけた少年の後ろに控えていた二人が、ついに事切れ地面に付した。

鼓膜が破れそうなぐらい静かになった。


「ありがとう。僕の名前は――――キャスパー」


「月臣夜半だ」

 

 僕たちは互いに名前を名乗った。


「ツキオミヨハン――――とてもいい名前だ。最後に出会えたのが、君で良かった」

 

 キャスパーは柔らかな笑みを浮かべて続ける――――


「だけど、君がその身に宿し、その背に背負い、魂に抱えるものはずいぶん大きく、そして苦しそうだね? その試練は重く、果てしないだろう。まるで悲劇を仕組まれているかのように。それに、君が縋っているものは、とても脆く、とても危うい―――――」

 

 キャスパーは訳の分からないことを、まるで親しい友人にでも語るように喋りだした。


「ヨハン君、一つ、お願いを聞いてくれないか?」


「お願い?」


「ああ、この“赤柩”を――――僕たちの“希望マリア”を、君に託したいんだ」

 

 キャスパーは、魔法陣の中の“赤い筐体”を、まるで母や子を見つめるような眼差しで見た。

 囁くように言葉を落すキャスパーの声は、とても小さくて聞き取り辛かった。

すでに、声を発することですら無理をしなければならないみたいだった。


「…………託すって、いったい何を?」


「だいじょうぶだよ。全ては、なるべくようにしてなる――――世は全てこともない」


「なるべくしてなるって、何を言っているんだ?」


「ヨハン君――――君の苦難が、君の災いが、仕組まれた悲劇が、少しでも和らぐことを祈っているよ。そして願わくば、君がいつまでも希望と共に歩み――――」

 

 キャスパーは宙で十字を切ってみせた。


「君たち二人に、祝福があらんことを――――Amenエイメン。最後に…………御父アダムより生まれた、僕たちの“(マリア)”に――――よろしく」

 

 言葉の最後の方は、ほとんど何を言っているのか聞き取ることができなかった。

それらのを全て口にする前にキャスパーは事切れ、音もなく地面に伏してしまった。

 

 彼らの死を看取った僕は意味も分からずに、ただ茫然と立ち尽くしたままだった。

 

 でも、どうしでだろう――――キャスパーから託されたものを、この重たすぎる贈り物を、僕は守り抜こうと拳を握っていた。なんだかわからない熱さが、この胸を焦がしていた。

 

 僅か数分の、ほんの短い関わり合いの中で――――僕は、たった今看取ったばかりのキャスパーを、古くから知る大切な友人のように感じていた。

 

 見上げた夜空は、虚しくて、寂しかった。

 それでも、夜空に浮かんだ月はとても綺麗で、その月の模様には何か特別な意味があるような気さえした。

 

 もしかしたら、これが僕の死に場所に、最後の瞬間になるかもしれないと思った時――――


 

 僕の“人生”という名の物語――――


            ――――――――その舞台の幕が、ようやく開けたような気がした。

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