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「悪魔憑きいいいいいいいぃぃぃ―――――――――――――――――――――――――」


 僕とマリアティアが互いの意思を確認し合い、再び足を進めようとしたところで――――

 闇夜に不気味な声が響き渡った。


 無人の街路、息を潜めた街並み、立ち並ぶ木々のざわめき、星も月もない夜に――――

 黒いローブ姿の魔術師が立ち塞がっていた。


「ずいぶん、ご機嫌だなあああああああああああ?」


 壊れた楽器のような声が、夜の闇をざわめかせた。


「そこの小娘が、<赤柩の聖人>か――――纏めて殺す。殺した後で貴様らの魂を回収して、抜け殻となった死体は俺の魔獣の餌だ。いや、魂の半分を肉体に残して、痛覚を何百倍にも上げて、死より何千倍もの苦痛を、恐怖を、絶望を、味あわせてやる」

 

 狂気に塗れたオーランド・メイザースは、叫びながら黒のローブを広げて見せた。すると、ローブの奥に広がる暗闇から生まれ出たように、何十体もの魔獣が魔術師のローブの中から現れては牙を剥き、唸り声を上げた。まるで仄暗い水の底から這い出てきたかのように、浮かび上がる軍勢は―――物々しく、禍々しく、そしてオドロオドロしかった。

 

 魔術師は完全に正気を失っているように見えた。粉々に砕かれたプライドと、喪失しきった自信や自尊心のせいで、現状を正しく認識し把握できなくなっているみたいだった。


「クソッ、こんなところで足止めを食らうなんて…………」

 

 僕は心の中でぼやいた。


「あんな瞳孔が開き切った目をして、今にも血管が切れそうなぐらい頭に血が上っているんじゃ、説得は無理――――挑発したら、マジでこのあたり一帯が焦土になりそうだぞ?」

 

 僕は焦燥に駆られ、どうしたらと頭を悩ませた。まだ、この右目の眼帯を取るわけにはいかない僕には――――この状況は最悪で、絶体絶命の窮地とも言えた。


「ヨハン、あなたのお友達ですか? ずいぶんご立腹の様子ですが――――」


「こんな時に、冗談はやめてくれ」

 

 僕の返答に、マリアティアは本当に意味が分からないと首を傾げていた。 

 本当に、平和というか、天然というか――――


「なぁ、悪魔憑き、貴様に撃たれた胸が疼くんだよ? 貴様如きの汚らしい魔力に荒らされた俺の肉体からだが――――――――――俺の魔術が、俺のイドの扉がああああ、ぐちゃぐちゃになったみたいで痛むんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 オーランド・メイザースは、震える右手で左胸を抉るように掴み、荒んだ声音で捲し立てる。その箍は、完全に外れていた。


「貴様は、俺が殺す――――その後で、<ベリアル>も、<赤柩の聖>人も…………全てッ、俺の魔術体系に組み込んでやる」」

 

 その姿は、復讐に取りつかれた幽鬼と化していた。

 美しい貌が慙愧で歪み、怨念が渦巻いてさえいた。


「…………腹違いのメイザースだからどうした? 俺の母親が魔術師じゃない、ただの妾だからどうした? メイザース直系の魔術体系を継いでいないからどうした? 俺は――――オーランド・メイザースだ。いずれ、メイザースの魔術体系の全てを掌握し、メイザース家を継ぐ男だ。全て、この俺の前にひれ伏させてやる」

 

 オーランド・メイザースが世界中に聞こえるような声で宣言する。

夜の闇を劈くような叫びは、この世の全てを恨むような声音だった。


「さぁ、悪魔憑き――――――――――――“狂気の宴(カーニバル)”だ」

 

 そう言って、青の狂気で満ちた双眸で僕を睨みつけ、オーランド・メイザースは両手を掲げて自身の軍勢に指示を出す。

 

 魔獣の数は、優に三十を超える――――

 

 いっぺんに襲い掛かられでもしたら、為す術のない数だった。

 しかし、身を構えるよりも前に、その魔獣たちは夜の闇へと消え去って行った。

 

 それは、流星が降り注いだよう――――


 その流れ星を合図にして、全てを理解した僕は一気に駆けだした。

 

 オーランド・メイザースの貌が一瞬で真っ白になり、まるで世界から拒絶されたかのような弱々しく情けない表情を浮かべある。


「なっ、何が起きたあああああああああああああああああああああああ? 俺の魔術に、メイザースの魔術体系に、何をしたああああああああああああああああああああああああああ」

 

 黒の魔獣が、降り注ぐ流星雨に打たれ――――翡翠の槍に貫かれて消滅した。

 一気に間合いを詰めた僕は、そのまま思いきり右拳を握り、そして右手を引いた――――

 

 弓を射るように、弾丸を込めた銃のように。


「悪いけど、もう一度眠ってろよ―――――――――――――メイザースのお坊ちゃん」


「悪魔憑きいいいいいいいいいいいいいきいいいいいいさああああまあああああああああああ」

 

 オーランド・メイザースの双眸が狂気から驚愕に変わり、そして絶望へと形を変えていった。

 僕は引いた右子拳を思いきり振るって、魔術師の顔面を打ち――――――撃った。


「――――――――――――――――ひっ」

 

 右の拳――――崩拳の一撃を美しい貌で受けたオーランド・メイザースが、地面を跳ねるように転がり、遠くの方で静止した。まるで路傍の石のように静かになった魔術師は、ピクリとも動かず、自分自身を墓標として眠りについた。


「今度こそ――――――――――――いい悪夢ユメ見ろよ」

 

 肩で息をした僕は、振り返ってマリアティアを見つめた。

 少女は痛ましそうな表情で、黒い墓標となった魔術師を見つめていた。

 

 そして僕は、マリアティアの背後――――かなり遠くに聳え立つ時計塔を見つめた。

 その時計塔の頂上には、お節介な同級生が不機嫌な顔で立っているのだろうなと思った。


「…………それにしても、あの時計塔から“魔弾”を命中させるなんて、どんな狙撃力なんだよ? っていうか、凄すぎるだろ?」

 

 ゆうに二キロは離れている場所からの、魔弾による精密な狙撃――――


 あの時計塔で、僕は迦具夜今日子に向かって“すごい魔術師になるだろう”と言ったものの、今でも十分凄すぎる魔術師だった。


「やっぱり、持つべきものは友だよな」

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