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「――――ヨハン、このスカートと呼ばれる衣類は着心地がよくないです。スース―するし、それに、スカートの下に着有した生地が少ない下着も、何だか締め付けられるような気がして…………どうしてお尻が丸出し何ですか?」
「――――ちょっ、ストップ、ストップッ」
下着の面積が極端に少ないのはコトノさんの趣味だった。あの人は、ほとんど痴女同然の下着しか着用しない。しかし、その趣味をマリアティアにまで押し付けるとは――――
僕は、庭都魔術学園の制服姿になったマリアティアを眺め、その下のスケベな下着姿を思い浮かべて、首を横に振った。
「ヨハン、穢れの匂いが、淫蕩の気配がします」
「…………穢れ? それに淫蕩って」
慌てて言った僕は、邪な気持ちを断ち切るためにも、制服に身を包み、首に“赤い聖骸布”を巻いたマリアティアの姿を、もう一度見つめた。
小さな女の子だ。
こんな小さな女の子が――――今、クソみたいな使命を追わされて、クソみたいな遺物を埋め込まれて、クソみたいな運命を押し付けられて、死の淵に立たされている。
胸糞が悪かった。
そんなものを押し付けた奴ら全員を、ぶん殴ってやりたいと思うぐらいに――――
だけど、僕を一番苛立たせるのは――――
マリアティアの純真で、無垢すぎる笑顔だった。死を受け入れてなお、清々しい表情だった。自分の信仰や、天から聞こえてくるっていうクソみたいなお告げに対して、微塵にも疑う心を持っていない清廉さだった。
僕の心の内を読みとったように、小さな少女が微笑む――――
月のない夜なのに、こんなにも暖かい灯りが目の前にある。
「ヨハン、あなたは救われてもいいんです」
「……………………?」
「たとえ、残りわずかな人生――――短い生命だとしても、その短い命を苦しまず、安らかに過ごしてもいいんですよ? それは、けっして罪ではないはずです」
「もしかして、僕の残りの寿命のこと………そんなことも、<啓示>で分かるのか?」
「はい、たった今、知ることができました。ヨハンの過去も、痛みも、苦しみも、恐怖も――――こんなにも、あなたはつらい日々を過ごしてきたんですね?」
「マリアティア、頼む…………それはやめてくれ。同情だけはしないでくれ」
僕は今にも泣き出しそうな声で言った。
こんな小さな女の子に同情されることだけは、マリアティアに憐れることだけは――――僕には耐えれなかった。同情をされてしまったら、僕はこれ以上前に進めなくなりそうな気さえした。
「でも、ヨハンの肉体は、もうボロボロです。そして、その魂は深く悪魔に犯されています。もって、あなたが通っている“学び舎”を無事に巣立てるかどうかというところです」
マリアティアは顔を歪めて言った。
まるで、自分自身が痛み傷ついたみたいに。
それでも、全てを包み隠さず明るみに出してしまう、その誠実さと勇気に、僕は心から尊敬の念を抱いた。たぶん、僕ならばその真実を秘匿してしまうだろう。
真実を口にする勇気が、僕には欠けている。
「…………じゃあ、あと二年くらいか? 僕の見立てでは、あと五年ぐらいは、って思ってたけど――――神様ってクソ野郎がそう言うなら多分あたっているんだろうな」
「ごめんなさい。知らせないほうが、ヨハンにとっては良かったかもしれません」
マリアティアが今にも泣き出しそうな顔で僕を見つめた。
その答えは、僕自身にも分からなかった。
「マリアティア、聞いてくれ――――――――」
僕は彼女を真っ直ぐに見つめて、言葉を続けた。
「僕は、十四歳になるまでこの世界を知らなかった。ずっと、暗い牢獄の中にいたんだ。十四歳になって生まれて初めて外の世界に出た時、僕の魂は喜びで震えたけど――――それと同時に、この世界と“距離”みたいなものを感じていたんた」
「世界と距離?」
「僕は、どうしても自分が、この魔術世界の一員になれたとは思えなかったんだ。どれだけ、この世界の一員になろうと思っても、僕の孤独や疎外感は、世界との距離は縮まなかった。僕は、この世界にとっては“ただ異物”で、歓迎されない“嫌な客”でしかないんだって思った。そんな時マリアティアが、君が現れた。それで、少しだけわかった気がしたんだ。マリアティアが、僕に気づかせてくれた――――」
僕の言葉は考える前に零れ、胸の奥で弾ける鼓動が、言葉を送り出すために熱く滾っていた。
魂の衝動が聞こえるような気がした――――
この感覚を、僕はずっと探していたのかも、待っていたのかもしれない、そう思った。
「僕は、この<魔術世界>のやり方が気に食わないんだ。<魔術儀礼>なんていう、クソみたいな“仕組み”が――――小さな女の子を犠牲にするような“世界”が気に入らない。正しいとか、間違っているかどうかじゃない。原理だとか、原則だとか、そんなことはどうだっていいんだ――――ただ僕は、マリアティアをほおっておいちゃいけない、そう思うんだ」
マリアティアをこのままにしたら――――ほおっておいてしまったら、目を背けてしまったら、知らん顔をしてしまったら、僕と世界の距離は決定的なものになってしまう気がした。
僕は、永遠にこの世界の一員になれないし、この世界で生きていけなくなる。
たぶん、僕の魂は死んでしまう。
僕はマリアティアの手を強く握った。
縋り付くように、まるで僕自身が助けを請うように、強く握った。
「マリアティア――――僕に、救われてくれ」
かっこ悪いセリフだな――――そう思った。
間違いなく、僕は一流の役者にはなれないだろう、そう思った。
しかし、僕の言葉を聞いたマリアティアは静かに頷いて、優しく微笑んでくれた。
全てを受け入れてくれたような表情で――――
「はい。ヨハン、どうか私を救ってください――――私を救うをことで、ヨハン、あなた自身が救われるのなら、私は喜んで救われます」
マリアティアを救うことで、僕自身が救われる――――
確かに、言われ見ればその通りだなと思った。
僕は、僕自身を救うために、マリアティアを救うのかもしれない。
僕のエゴで――――
酷い話だと思った。
――――――――脚本としても、二流以下だなと。




