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月臣(つきおみ)夜半よはん君、昨夜の<異端審問会>からの依頼、ごくろうさまでした」


“悪魔学”専攻の講師――――龍驤(りゅうじょう)琴乃ことのが、改まった調子で労いの言葉をかけてくれた。


 彼女のアトリエである“悪魔学準備室”には、趣味の悪い道具や模型――――ホルマリン漬けの生物や臓器、拷問器具各種、鋼鉄の処女(アイアンメイデン)、人体模型、髑髏しゃれこうべなどが、そこかしこに置かれており、正直目のやり場に困った。


 しかし、一番目のやり場に困るのは、龍驤琴乃そのものだった。


妖艶な笑みを浮かべる分厚い唇に、得体のしれない光を放つ黒真珠の双眸。一糸の乱れもない長い濡れ烏の髪は、地面に届きそうなほどで、目を奪われずにはいられない絶世の、そして傾国と呼んでいい美しさを備えている。


 そしてなにより、彼女が身に纏っている体のラインが丸分りの黒革のボディスーツが、僕の目には一番毒だった。しかも胸元のジップをギリギリまで下げて、今にも大き過ぎる胸が、皮をむいたいた葡萄のように飛び出してきそうだった。まさに変態教師である。


「たった今、魔術省から派遣された魔術師の検証が終わったわ。ヨハン君、はじめての一人でこなす異端審問は、なかなかハードな仕事だったみたいね――――だいじょうぶ?」


 龍驤琴乃は改まった雰囲気を解いて、調子を普段のものに戻した。


「別に、たいした仕事じゃありませんでしたよ。すでに別の異端審問官によって手傷は与えられていましたし、全員“死に体”って感じでした」


「そう? でも、よくやってくれたわ」


「ありがとうございます」


「その目、痛んでる?」


「めちゃくちゃ」


「じゃあ、眼帯を外して」


 彼女が嬉しそうに言った。


 僕は言われた通り、魔眼封じの眼帯を外した。途端、眼球を抉られたような痛みが走る。


「――――ぐうぅ」


 痛みを堪える僕と、光を失った僕の右目を見つめて、龍驤琴乃が恍惚としている。


 このサディストめ。


「相当傷んでいるみたいね。いらっしゃい」


 椅子に座っていた龍驤琴乃が立ち上がり、分厚い唇を開いて赤い舌を伸ばした。


赤い宝石のような長い舌の表面には、複雑な六芒星の<魔術式>が描かれていた。


「それじゃあ、はじめるわよ」


「琴乃さん、おてやわらかに」


 彼女は僕の光を失った右目を、その蛇のような長い舌で舐めた。


「――――ぐっ」


「いはむ?」


「大丈夫でひゅ」


“眼球”を舐められるという行為は、かなり変態的ではあるが、慣れる案外気持ちよく感じるから困る。


「こっ琴乃さんッ、もっと優しくしてくだしさひッ―――――――」


「ふふふ、なはけないこへをだはないの」


 彼女の甘い吐息が、僕を擽る――――それだけで、まるで何かに酔ったような、ぼんやりとした桃色の気持ちになってくる。毎度毎度、こうやって琴乃さんの舌で魔眼に溜まった魔力を取り除いてもらうたびに、少しずつ彼女に調教されているような気がしてならない。


「はい、おしまい。これで、少しは痛みも引くでしょう。後は眼帯をつけて安静になさい」


「ありがとうござます」


 僕は、とてもすっきりした気持ちで眼帯を付け直した。


 ちなみに、この<魔眼封じの眼帯>は龍驤琴乃お手製である。


「それで、あの異端者たちは、いったいこの<庭都>に何を持ち込んだんですか?」


「それを聞いたら、後には引き返せないけど知りたい?」


 僕が徐に尋ねると、龍驤琴乃の瞳に危険の色が宿った。


<異端審問会>の常任委員の一員でもあり、僕の<監察官>――――そして、僕の師でもあり、親代わりでもある女性。そんな彼女は、僕を拷問したり、殺したりすことに躊躇いない。


 それが“異端審問官”であり、“魔術師”と呼ばれる者たちの本性さがでもある。


「いえ…………ぜんぜん聞きたくないです。それじゃあ報告も終わったので、僕はこれで」


 現場報告を終えて“依頼”の引き継ぎをした僕は、踵を返して準備室を後にしようとした。


「ねぇ、昨夜の異端者たち、ほとんど抵抗もせずに死んじゃったみたいだけど――――本当に、何もなかったの?」


 僕は振り返った。


「いえ、何も――――」


「そう、わかったわ」


 龍驤琴乃は微笑んだ。


「最後に、夜半君、どうだった?」


「…………どうだったって?」


「初めて、人を殺した気分は? それも、三人も――――」


 その笑みは、どこまで残酷で、嗜虐的だった。


 そして、どこまで美しく、妖艶だった。


「とくに何も感じませんでしたよ。しいて言うなら――――こんなものかって感じですね」


 僕は、悪魔の住まう城を後にした。

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