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 時計塔の頂上に立ち、黄昏を眺めている少女が振り向いた。

 

 時計盤の裏側につくられた“動力室”――――大きな歯車が回り続け、時計の針が時間を刻んでいく。

刻一刻と、最後の時が来るのを刻み続けいる。

 

 僕は逆さまになった時計盤を前にして―――――時間が巻き戻ることがあるのだろうかと、そんな下らない妄想を抱いていた。

 

 時計盤の向こうには、<東京>と呼ばれる都市を模した近代的な<魔術都市>が広がり、赤い太陽が西の空に消えていこうとしている。


 黄金の黄昏は、穢れなき少女の長い髪の毛のように見えた。


「聖人との“お別れ”は済んだかしら?」

 

 迦具夜今日子が、僕の胸に杭を指すような辛辣な言葉を口にした。

 

 僕は、その言葉に肩を竦めるだけに留め、動力室の鏡張りの壁に背を預け――――

黄昏と、逆さになった時計盤を背にした。目を背けるように。


「…………なぁ、迦具夜には“夢”があるか?」

 

 僕は不意に尋ねた。迦具夜今日子は、顔を顰めた。


「はぁ? あんた…………急にどうしたわけ?」


「いや、ただ聞いてみただけだよ。僕には、夢がある――――っていうか、いつまでもその夢を見ていたんだ。叶わなくてもいい、叶えられなくてもいい…………ただ、いつまでもその夢を追って、その夢を見続けていたい」

「…………叶わなくてもいい、叶えられなくてもいい、夢?」

 

 凛とした声がヒステリックに上ずった。


「――――ずいぶん無責任で、身勝手なことを言うのね? それに、叶いもしない夢を見続けていたいなんて、女々しくて情けない男――――軽蔑するわ」

 

 僕は、迦具夜今日子の棘のある言葉を受けて、思わず笑ってしまった。

 彼女の言う通りだ。


「迦具夜、あんたの人生で、たった一度でも――――“最高の瞬間”だって思える時間はあったか? 自分の人生の“最高潮ピーク”だって思えるような時間は、たった一瞬でもあったか?」


「――――あんた、何が言いたいわけ? 私の人生は、あんたの両親のせいでメチャクチャだって教えたばかりでしょう?」

 

 翡翠の双眸が燃えるように輝いた。


「確かに、あんたは、僕の両親のせいで不遇な目に遭って、最悪の状況に陥っているかもしれない――――けど、あんたの未来は輝いてる。これから先、あんたの人生には――――きっと“最高”だって思える瞬間が、いくらでもあるはずだ。あんたは、きっとすごい魔術師になる」

 

 僕は天を仰いだ。古ぼけた歯車と、古ぼけた天井が見えた。


「だけど、僕には“今”しかないんだ。今、この瞬間が…………僕の人生の全てだ――――」


「…………それ、どういう意味よ?」

 

 僕は、体に巻かれた包帯を取った。


「ちょっと、あんた何やっているの――――いきなり裸になったりして…………バカなの?」

 

 迦具夜は顔を背けながら声を上げたが、僕は構わずに続けた。


「迦具夜、僕の体に魔力を流してみてくれないか」


「…………魔力を?」

 

 怪訝そうに僕を見つめた迦具夜今日子が、僕の目の中に宿ったものを理解して――――言われるままに、僕の傷だらけの体に手を伸ばした。

 

 僕の左胸――――一度は心臓を貫いたはずの傷痕に触れて、迦具夜今日子が自身の魔力を僕の肉体からだに流し込む。


「――――ちょっと、何よ…………これ?」

 

 迦具夜今日子が、目を見開らいて言った。そして何か得体のしれない悍ましいものを見たように、これでもかと表情を歪めた。


 僕の体中に、刺青に似たような赤い紋様が浮かび上がっている――――


 それは、迦具夜今日子の魔力に反応した<魔術式>の数々だった。


「こんな数の<魔術式>? それも、“束縛”、“隷属”、“服従”、“拷問”、“支配”。それに、これって――――」

 

 僕の体中を覆う、幾重にも描かれた魔術式の中――――


 一際、異彩を放つ左胸の魔術式を見つけて、迦具夜今日子は視線を釘付けにした。


「<禁死の魔術式(ダイイング・ブリード)>? ――――こんな“禁術”、人間にかけるような魔術じゃないわよ」


「僕の体には、“六六の魔術式”が刻まれているんだ」


「六六の魔術式?」


「僕には、“悪魔憑き”――――“異端者”としての重い枷がはめられている。その中のとっておきが――――<魔術式>を刻んだ対象を確実に死に至らしめる、この<禁死の魔術式(ダイイング・ブリード)>だ」

 

 僕は、自分の左胸に浮かび上がる呪いの刻印を見つめた。


「こんな<魔術式>――――いったい誰に?」


「<異端審問会>――――ようするに、コトノさんだ」


「…………龍驤先生? でも、どうして? それに、この魔術式は契約のはずよ? あんたの同意なしには、この“呪印のろい”は刻まれない」


「ああ、僕は自分で了承したんだ――――僕は、自ら望んでこの“契約”をした」


「バカじゃないの? 意味分からない」


「どうしても、外の世界に出てみたかったんだ」


「外の世界に出てみたかった?」

 

 またしても、迦具夜は意味が分からないといった様子だった。

彼女は、この魔術都市に来る前の僕のことは、何一つ知らないみたいだった。


「僕は、生まれた時からずっと幽閉されていたんだ。理由は、もちろん僕の両親が起こした “悪夢の前夜祭”――――僕は十四歳になるまで、ずっと“牢獄”の中にいた」

 

 僕は、牢獄の中にいた頃を思い出した。


 僕の右目には悪魔を封じる杭が打たれ、手足には魔力を封じる重い枷、感情を抱かいようにするための虚無の魔術式を額に刻まれていた。


 まるで、ただ死を待つだけの廃人のように――――来る日も、来る日も、僕は牢獄の冷たい床の上に腰を下ろして、何もない底なしの井戸が広がっているかのような天井の暗闇を眺めていた。


「十四歳になった時、一人の魔術師が僕の牢獄の前にやってきて、こう尋ねたんだ。――――“外の世界に出てみたいか”って――――だから、僕はこう答えた。――――“何を犠牲にしてもいい、何を代償にしてもいい、だから、外の世界に出てみたい”――――って」

 

 あの日、龍驤琴乃と出会い、生まれて初めて外の世界に出た時――――

 

 僕は、あの日の胸の高鳴りが忘れられない。

 魂が奮えるのを忘れられない。

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