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「さて、話の続きをしておこう」


 ガラアーベント・メイザースが話の続きをはじめた。


「そこに<聖人殺しの槍>で封じられている聖人――――我々は<赤柩の聖人>と呼んでいるが、彼女は本物の聖人ではない。その理由は――――」


「“列聖”していないからか?」


「ほう、幾分か話しが早いようだ。広義の聖人とは――――その魂が“聖人”の座に至って初めて“聖人”となる」

 

 迦具夜今日子の講義通りだった。


「じゃあ、マリアティアは…………いったい何なんだ?」


「彼女は、いずれ聖人となる素養があり、もともと何かの奇蹟を体現していたのだろう――――つまり、奇蹟者ではあった」

 

 奇蹟者。

 

 つまり、奇蹟を行うもの。


「いずれ、多くを行い、多くを救い、多くの信仰のもとに―――――彼女の魂は、その死後に“聖人の座”につくはずだった」


「はずだった?」


「あくまで、これは“仮定”の話しだ。我々には、彼女がどの時代、どの場所で生まれ、そして、何故このような運命を課せられたのかを知りえない」


「知りえないって…………どういことだ?」


「<赤柩の聖人>は、長い間“封印”されていた。それが自己の意思によるものなのか、他者の意図によるものなのかは分からないが、事実、“聖骸布”――――<赤柩>によって、いずれ聖人となる少女は眠りについていたのだ」

 

 巨躯の魔術師は、マリアティアが身に纏っている赤い衣を――――<赤柩>と呼んだ。


「魔術師たちは、長い間その“中身”を知っていながら、その中身を手にすることができずにいた。もどかしいことだろう? 箱の中に“黄金”が入っていると知っていてなお、その中身に手を伸ばすことができないのだから。しかし幕は突如として上がった。長い間、<魔術省>の“宝物庫”に保管されていた<赤柩の聖人>が、何者かの手によって運び出された。<異端審問会>は、その犯行を聖人の信徒としたが、私にはどうでもいいことだ。それに、異端の烙印を押されたものたちは――――全て、死んだ。君ももちろん知っているだろう?」

 

 魔術師が、その瞳に残酷の色を浮かべて僕を見つめる。

 その凍てつく双眸が言っていた――――“お前が、殺したのだろう”と。


「聖人の信徒たちは知っていたのだろう? その封印を解く方法を。要するに、鍵を持っていた。そして、この極東の<魔術都市>に逃げ込み、そして封印の鍵穴に、鍵を指した――――」

 

 昨夜、この場所に<赤柩の聖人>を運び込んだものたちは、封印を解くための儀式を行っていた。魔術師の言っていることに、概ね間違いはなかった。


「そして、聖人の封印は解かれ――――この世に顕現した」

 

 その通りだった――――そして<赤柩>を回収した僕が封印を解いてしまった。


「しかし、当初は<異端審問会>も、そして<魔術省>から連絡を受けたメイザース家も、聖人の信徒たちが鍵穴に鍵を差し込むことはしても――――それを回し、その扉を開けることはしないはずだと思っていた」


「――――――――?」


「だが、無知な何者かは――――意味も分からずに聖人の封印を解いてしまった。鍵を回し、その扉を開いてしまった。その結果、<赤柩の聖人>を<異端審問会>から引き取るはずだった私は――――この<魔術儀礼>を強引な形でも推し進めなくてはならなくなった」

 

 僕がマリアティアの封印を解いてしまったせいで、メイザース家は魔術儀礼を行わなければいけなくなった? 


 僕が怪訝な表情を浮かべると、ガラアーベント・メイザースがマリアティアを憐れむように見つめた。


「――――最初に言っただろう? 彼女は“偽物の聖人”だと。言ってしまえば、彼女は無理やり聖人へと至らされた、不完全で曖昧な存在なのだよ」


「…………無理やり聖人に至らされた?」


「過去に“奇蹟者”たる少女を捕獲した――――おそらく“魔術師”は、自信の魔術儀式に聖人を利用しようと考えたのだろう。聖人としての素養をもち、奇蹟を体現した少女に――――その魔術師は行ったのだ」


「何をしたっていうんだ?」


「“不朽体”及び“聖遺物”を、彼女の肉に埋め込んだ――――つまり、奇蹟を移殖した」


「そんなことをして、何が――――」

 

 僕には意味が分からなかった。


「聖遺物や不朽体は、その聖人の奇蹟を世に残している場合が多い。たとえば、教会で崇拝される“聖ウルスラの聖遺物”や、“聖ベニーニュの聖遺物”などは――――その聖人の死後もその奇蹟を体現し続け、“治癒”や“願いを叶える”という奇蹟の一端を担い続けている。聖人の聖遺物、及び不朽体を祀った“教会”に人々が集まるのも、無意識にその奇蹟を求めてのことだ」

 

 迦具夜今日子も似たような話をしていた。


「他にも、聖遺物――――<聖釘>は、別名<聖人殺し>と呼ばれ、この世界で数少ない魔術師が聖人を殺すことができる“聖遺物しろもの”だ。私が<赤柩の聖人>を捕獲するのに使った<聖人殺しの槍>は、この聖釘の模倣品レプリカと言っていいだろう」

 

 聖釘――――聖人殺しの聖遺物? 

 

 話しがどこに向かっているのか、僕には皆目分からなかった。


「しかし、どれだけ素晴らしい“奇蹟”を体現しているとはいえ、それを魔術師が扱ったのでは、ただの<魔術道具(アーティファクト)>に過ぎない。その程度の奇蹟ならば、大方魔術でも再現が可能だろう。聖人が行う奇蹟には到底及ばない。だから<赤柩の聖人>を捕獲した魔術師は考えたのだ。いずれ聖人となるべき少女に不朽体や聖遺物を移殖し、その奇蹟を行わせれば――――それは、列聖せずして聖人となり得るのではないかと。そして、その聖人を意のままに操ることで、魔術師は聖人の奇蹟を自由に行使できるのではないかと」


「聖人の奇蹟を使うために…………マリアティアを無理やり聖人に?」


「その通りだ。魔術でつくられた聖人。これが可能となれば、それは魔術世界を揺るがすに足る素晴らしい結果となっただろう」


「そんな下らないことのために、マリアティアを――――」


「そう憤るな――――悪魔憑きの孺子こぞう


 叩きつけるように魔術師が言った。


「私は最初に言っただろう? その聖人は偽物だと」


「…………」


「そこにいる少女は――――――聖人たりえなかったのだ」


「聖人…………たりえなかった?」


「少女の肉体からだには、“九つの奇蹟”――――つまり、九つの“不朽体”や“聖遺物”が埋め込まれている。魔術的な手術のおかげなのか、埋め込まれた不朽体や聖遺物の特性なのか、完全に少女の魂と定着しているため、今から取り除くことは不可能だ」


「九つの不朽体や聖遺物? まさか――――」



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