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「――――あんた、バカなの?」


 放課後、指定された場所に出向いて開口一番――――


迦具夜今日子が苛立ちをまき散らすように言った。


「あんな人目のあるところで話しかけたりして…………どうして、あんたは、そうも考えなしなの? 考える脳みそがないわけ? 昨日、どうして私が、わざわざ“結界”を張ったのか、その意味を考えなかったわけ?」


「…………結界の意味?」


「人目についたらいろいろ厄介だからに決まっているでしょう? それを、あんな場所で堂々と話しかけてきて。おまけに、なに? こんなコーヒー牛乳如きで私をつろうなんて、身の程知らずも甚だしいわ」


 烈火のごとく捲し立てた彼女が、僕が献上した“蛇印コーヒー牛乳”を突きつけた。


甘くて、おいしく、さらに安価――――懐にも胃袋にも優しい飲み物である。


「飲んでるじゃないか? ってことは、僕の話ぐらいを聞いてくれるってことだろ?」


 僕が言うと、迦具夜は口惜しそうに僕を睨んだ。


 実を言うと、あのテラス席のやり取りには、一つ種明かしがあった。


 彼女が拳で叩き潰したチョココロネ――――その中見のチョコレートで、テラス席の丸テーブルにメッセージが書かれていたのだ。



 内容は以下の通り――――


 ――――“放課後、図書館で待つ。ps 死ね”

 


おそらく魔術でチョココロネの中身を操作したのだろうが、僕にはそんなことはできないので、それを見た僕は手品でも見たような気持になった。


 あれなら、僕たちが言い争って袂を分かったように見えただろう――――僕には、そこまでする必要があるとも思えなかったけれど。


 そして、メッセージの通り放課後に魔術学園の図書館に向かい、彼女が結界を張ったという一角で落ち合った。


 図書館は広大だった。


その蔵書は数え切れず、まるで本棚と背表紙でできた“迷宮”だった。できることなら、こんな知の怪物たちとは関わり合いにならない生活を送りたいものだと、僕はひそかに思った。


「でも、どうしてここまで手の込んだやり方をするんだ? 別に僕たちが話しているところを見られたっていいじゃないか? もしかして、彼氏でもいるのか?」


「いないわよッ。あんたって、ほんと――――」


 僕の的外れな発言に呆れたように、そしてどっと疲れたように、迦具夜は首を横に振った。


「いい? あんたと、私は、この“魔術世界”では悪い意味で有名すぎるのよ。あんたの両親は<悪夢の前夜祭>の首謀者であり、加害者。そして、私の両親はその犠牲者であり、被害者。そんな二人が一緒に行動していることが知れたら――――直ぐに校内どころか、この<庭都>の噂になるでしょ?」


「なっちゃまずいのか?」


「ほんとうに、救いようのない単細胞バカね。説明している私の頭がおかしくなってくるわ」


 迦具夜は今にも爆発しそうな感情を抑えて続ける。まるで“火薬庫”みたいな女だった。


「魔術師にとって、注目を集めるってことは、それだけで大きなリスクなの。研究中、研鑽中の魔術が漏洩する恐れにもなるでしょう。ここにいる生徒の全員が、あわよくば他人の魔術を解き明かして自分のものにしてやろうって、手薬煉を引いているって言っても過言じゃないんだから」


「へぇー、魔術師って大変なんだな」


「当たり前でしょ。本当なら、私だってこんな下らない学園なんて通わないで、自分の“工房アトリエ”で魔術の研鑽に励みたいくらいよ。だけど、私の家はどこかの誰かさんの両親のせいでメチャクチャだし、師となる父と母もどこかの誰かさんの両親に殺されちゃったから――――こんな学園の庇護下にでも置かれないと、まともに魔術の研究も研鑽もできないのよ」


 ギロリと目を向く迦具夜今日子に改めてそう言われて、僕の胸が痛んだ。


どうしようもできないと分かっているのに、どうにかしたいと思ってしまう自分がいた。


「…………その、悪かった。なんていうか、あんたの人生をメチャクチャにして――――」


「はぁ? 今更何言ってるのよ? 昨日は反撃してきたくせに」


 迦具夜は翡翠の瞳を見開いて驚いたように言った。


「いや、昨日は突然のことに動転してたっていうか、迦具夜が理不尽な理由まで突きつけてきたから、思わず…………だけど、改めてそう言われると――――」


「ようやく、その単細胞な脳みそでも理解できたみたいね。そうよ、あんたは“加害者”で、私は“被害者”なの。その関係は一生変わらないわ。覚えておきなさい」


 迦具夜今日子は、伸ばした指先をビシっと僕の鼻先に突き付けた。


「でも、まぁ、いいわ。この話は…………お終い。で、あんた話を聞かせないさいよ。何か、私に聞きたいことがあるんでしょう?」


 迦具夜は両手を広げて尋ねた。そして、図書館の椅子に腰を掛けて足を組んだ。


 僕は一瞬面喰らったが、彼女の好意というか――――おそらく何かあるであろう思惑に甘えることにした。


「ありがとう」


「勘違いしないでよね。あんたは、いつか私が破滅させる。ケツの毛のまでむしり取るって言ったでしょう? さぁ、早く、言いなさいよ」


 彼女は強引に話を内容を催促した、



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