その3
エルダとの手合せ後、サラの状況はさらに悪くなった。噂は事実を歪め、サラよりもエルダのほうが実力があると囁かれた。
(阿保らしい)
こんな馬鹿げた噂を広めているやつは、隣国のスパイだろう。軍に長く務めている者は半信半疑だが、まだそう日が経っていない若者は信じているそうだ。
そういえば、サラの診断結果はどうだったのだろう。
彼女が倒れた後、もしものときの為に魔法使いの医者にも見せておいた。俺は魔法使いではないからよくは知らないが、魔法使いの医者は患者の魔法の状態を見ることができるそうだ。
サラからまだ何も報告がない。……何もなければいいのだが。
「敵国の大将クラスが本部に紛れ込んでいる」
アレックスからそんな報告を受けたのは、そう日が経たないうちだった。
「魔法使いをスパイに送っているんだ。もしものときの為に下っ端クラスが傍にいる訳ないだろ」
「それはそうだけど。……かなりの大物らしい」
「目星はついているのか」
「ほぼ確実だろう。あとは時間を待つのみ」
久々に良い知らせだった。ほっと胸を撫でおろす。………これでサラのつらい状況も終わる。
「決行はいつだ?」
「次の戦前だと。……あちらが仕込んでいるのを一気に叩くらしい」
「まだまだ先じゃないか」
「めどが立ったんだ。いいじゃないか」
「………」
次の戦は、早くても3カ月後だろう。俺の顔に不満が出ていたんだろう、アレックスも暗い表情をしていた。
「でも、今ものすごくつらいと思う、サラは」
「言うべきかどうかぎりぎりまで悩んだんだが」
「言ったら、顔に出すか完璧すぎて逆にばれるか両極端だよねぇ、彼女。優秀なんだけど、まだちょっと子供っぽいし」
「………そうだな」
「この作戦が終わった後、サラに言うんだろう?」
「あぁ」
そう、この作戦が終わったら、
「────作戦が終わったら、隊長を返上してもらう」
次の戦いで決着がつくだろう。国は平和になる。彼女にが戦わなければならないほどの戦などなくなる。
サラには、軍などに縛られるのではなく、普通の少女として生きて欲しかった。今更かもしれないが、ありきたりな平凡な日々を送ってやれたらな、と思う。
「幸い彼女は中尉だから、ぎりぎり退軍も通るだろう」
「魔法使いってことが厄介だけどな」
「魔法使いならもう一人いるじゃないか。もう一人立ちしても大丈夫だろう」
魔法使いならクリスがいる。彼もまた優秀な人材だ。サラの隊は彼が引き継げば問題ない。その彼も軍を抜けたいのであれば別の案を考えるが。戦争が終われば魔法使いが必ずしも必要でなくなるだろう。方法はいくらでもある。
「まぁ、いろいろ大変だが」
「グレン、君はもう一つサラに言わなければならない」
「………あぁ」
「彼女が好きだって伝えなよ?いつまで片想いさせてんのさ。サラも、君も」
平和な世の中になったら、伝えてもいいだろうか立場が邪魔して言いたくてもずっと言えなかった。
軍なんか関係なく、俺の隣にいてほしい、と──。
執務室は静けさに包まれていた。元気に『少佐!』と訪れていた彼女は今日もいない。
サラを廊下で見かけた。手合せのときに顔を合わせたが、以前よりもずっとやつれたように見えた。
(診断の結果を聞いていなかったな)
そう思い、サラに声をかけた。
「サラ」
「───グレン少佐、お疲れ様です」
彼女は綺麗な敬礼を返した。
(いつも敬礼なんか二の次で、愛してますだのなんだの言っていたくせに)
叫ばれても困るが、言われなかったら言われなかったで違和感があった。
(……俺は乙女か)
彼女と顔を合わせて話すのは本当に久しぶりだった。
「サラ、以前魔法使いの医者に見せただろう。結果はどうだった?」
「………」
サラはまばたきをした。
「疲れているだけだろう、と。別になにもありませんでしたよ?」
彼女は唇に弧を描きながら言った。………嘘をついているな。はりつけたような顔しやがって。何かを隠している。それはもう完璧に。対応はあくまでも丁寧に、しかし静かに拒絶していた。
表情は隠し通せているかもしれないが、一瞬だけ目に諦めの色が浮かんだのを見逃さなかった。問い詰めなければいけない。
「サラ、お前何か───」
「グレン少佐、ルドルフ中佐がお呼びしています」
「………」
エルダがこちらへ声を掛けてきた。タイミングが悪かった。………わざとか?
「グレン少佐。では私はこれで」
「………まて、サラ」
「グレン少佐、お待たせしています……急がれたほうがよいかと」
申し訳なさそうにエルダが目を伏せている。演技だったら大したものだ。サラに追及しなければならないが、中佐を待たせているというならそうもいかない。
(後でもう一度聞くか)
俺は思いなおした。エルダを連れ立ってルドルフ中佐の許へ急ぐ。「後で」はそのあと仕事が大量に舞い込んできて、頭の片隅にしか残っていなかった。
「後で」なんて、曖昧なものを信じていた俺はなんて愚かだったのだろうか。
大切なものがこの手をすりぬけていくまで、
あと、すこし。
これで終わると思っていたのですがなかなか終わらず泣
次でおそらく終わると思います。……きっと