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空白のパレット  作者: 真咲 透子
美しい色を失った日※グレン少佐視点
8/13

その2

 サラがエルダをいじめたらしい───。そんな噂を耳にするようになった。


(……馬鹿らしい)


 サラがそんなことをする訳はないということは分かっている。きっと何かの誤解だろう。どうせすぐ収まる。俺はことを軽く見ていた。



「はぁ~~~」


 いつも陽気なアレックスが、溜息をつきながら執務室に入ってきた。


「辛気臭いな」

「いや、うん。俺も自分の言ったことがショックでさ」

「どうしたんだ?」


 いつになく歯切れ悪い奴に疑問を持った。


「………怒らない?」

「内容にもよるな」


 アレックスはとんでもないことを平気でしでかす。そしていつも笑って「ごめーん」とか言ってくるのだ。サラの変なアタックよりも性質が悪い。


(そして最後に後始末させられるのも俺)


 今度は何をしでかしてくれたのか。どんな話を聞かされるのかと半眼で聞いていたが、予想外な話だった。


 サラがからまれていたところをアレックスが助けたらしい。彼女は魔法使いだからやっかみ半分ってところだろう。間に入ったときサラは申し訳なさそうな顔をしていた。噂のことを気にしているのだろう。


 信じている、と言いたかった。


 しかし物陰でエルダが話を聞いているのを見てしまった。



 これはいけない。


 エルダが聞いている以上下手なことは言えない。あくまで中立を保っているがエルダの味方だということを示した。………エルダを油断させるために。



「………そう言ったときの、サラの顔が忘れられない」


 ものすごく傷ついているはずなのに、なんでもない振りをした。彼女は意外にも感情を隠すのが得意だった。


 なんでも顔に出そうなタイプなのに。


「………状況はどうだ」

「あまりよくないね。中尉だってことで一応抑えられてはいるけど、危うい」

「エルダの証拠は」

「なかなか尻尾を掴ませてはくれないよね。でも、こうやって動きだしたんならじきに見つかるだろう。……彼女以外の鼠もいるみたいだし」

「そうか」

「彼女もろとも一掃しないとね。いい機会といえばいい機会なんだけど……サラがつらすぎる」


 表立って助けることはできない。彼女の風当りはさらに強くなるだろう。


「目的は軍内部の崩壊と────サラか」

「だろうね」


 魔法使いのサラは、隣国の脅威となる。ここらで潰すか攫うかなんなりしたいのだろう。


「………はやく終わるといいね」

「終わらせるさ」


 こんな、戦争──。



 しばらく静観していたのだが、サラの隊で異動願いが出されたらしい。噂に流されたのか、はたまた隣国の間者か。



(忙しいな)


 通常の業務に加えて、スパイ探しもしなければならなかったので慌ただしかった。しかし、エルダには悟られてはいけないのでよけい気疲れした。


 エルダの仕事ぶりはいたって普通だった。しかし要領がいい。仕事の合間を縫って他の軍人と仲良くなっているようだった。


(俺が知らないと思っているのか?……甘い)


 エルダはまだ若い。経験も実力もまだまだ発展途上だ。こちらが信用していると思ったのだろう、徐々に気が抜けているようだった。


(もうすぐだな)



 あともう少しですべてに片がつく。そしたらまた同じ日常が来るはずだ。サラも楽になるはず。


 油断しているのは俺のほうだったと、気づいたのは随分後になってのことだった。



「サラ、全然来なくなったね」

「………」


 ある日執務室に来ていたアレックスが突然ぽつりと呟いた。エルダは執務室へ戻ってきていなかった。


「寂しい?」

「……………………………別に」

「なんだよその間。寂しいんじゃないか…会いに行こうよ」

「お前があまり関わらないほうがいいって言ったじゃないか」

「今、サラの隊は訓練してるんだって」

「だったら尚更、……」


 そうか。


「サラに手合せさせて、エルダの実力見てみようよ」



 随分サラと会っていない。以前はほとんど毎日顔を出していたのに。


 サラの顔が見たい───。


 アレックスの考えに賛成する振りをして、思っていることはこれだけだった。


「まぁ、いい機会かもな」


 俺はぬけぬけともっともらしいことを言った。このときもし、アレックスの提案を断っていたなら───。



 未来は変わっていたのだろうか




 エルダが執務室へ戻って来た後、アレックスがエルダに提案した。彼女はすぐに賛成した。


(あちらもサラの実力を見ておきたいってところか)


 エルダを連れて、訓練場へ行った。




「エルダとも手合せしてやって。実力だめしに」

「アレックス少佐……」



 アレックスがサラに話しかける。久々に見たサラの顔は、すこし疲れているように見えた。


(………痩せたか?)


 もしかしたら、体調が悪いのかもしれない。だったらやめさせなければ。そう思い声をかけようとしたのだが、



「サラ、お前……」

「わかりました。手合せしましょうか、エルダ少尉」

「………」


 俺の言葉を遮って、サラはエルダのほうに向かう。



(………お前、いい度胸じゃないか。俺を無視するなんて)



 いつかもう一度躾をしよう。……絶対に。



 それはともかくとして。手合せをしているサラとエルダを見て、違和感に気づいた。


「エルダ、魔法使っているね」

「………あぁ」


 サラの剣を風の魔法で重くし、自分に追い風を吹かせているようだった。


「……隊員は気づいていないけど、俺たちからしたらねぇ」



 俺たちは魔法使いとも戦ったことがある。この中に魔法について詳しい奴がいると顔も話なったのか。魔法を使うなど随分大きくでたものだ。それだけ気がゆるんでいるのか?


 俺は冷めた目で成り行きを見ていた。


「でもサラ、本調子じゃないみたい」

「………」


いつもの彼女なら、こんな魔法ものともしないだろう。サラは俺が鍛えたんだ、強くないはずがない。


 もうすこしで決着がつくだろう。


 そう思われていたが、突然サラの身体が傾いた。


「─────っあの女!!!」

「グレン!!」


 一気に頭に血が上った。前に出ようとした俺の身体を、アレックスが必死に抑える。


(サラっ!!)


 サラが倒れこむ直前、エルダの剣が彼女の肩口を切り裂いた。どさくさに紛れて怪我をさせようとしたに違いない。


「気持ちはわかる、分かるけど……!今彼女を問い詰めたら台無しになってしまう」

「………っ」


 今行けば、エルダは捕まえられるだろう。しかしとかげの尻尾を切ったくらいにしかならない。軍本部にはまだまだスパイがいるのだから。


「………離せ、アレックス」

「グレン、」

「サラを医務室へ運ぶだけだ。………何もしない」


 今は、な。



 サラの周りには隊員が集まっていた。


「グレン少佐…っ」


 エルダが涙目になりながらこちらを見た。


「急に倒れられたのですが、私も驚きまして……。いきなりだったので剣の勢いが抑えられなくって、」


(白々しい)


 ………いつか俺自らの手でこいつを制裁してやる。



「どいてくれ、こいつを医務室に運んでくる。クリス少尉は引き続き隊員と訓練を。引率を頼む。エルダ少尉はアレックスに指示を仰いでくれ」

「グレン少佐………」


 俺はゆっくりサラを抱き上げると、医務室に向かった。





「すまない、サラ……」



 誰もいない廊下をサラを抱えながら歩く。彼女は、こんなにも軽かっただろうか。


 近くにいるのに守れない。彼女に傷がついていくのをただ見ているだけしかできない。どうしてやることも、できない。


(何が少佐、だ)


 何もできない不甲斐ない自分が嫌になる。



「あと少し、あとすこしだから………」


 きっとこの呟きも今の彼女には聞こえないだろう。だったら、今だけ言ってもいいような気がした。




「────────────好きだ、サラ」


 消え入りそうな声でささやく。伝わらないと知っているのに、彼女に届いてほしいと、そう願いながら。

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