その1
グレン少佐視点です。
真実編その1となります。
これで謎は解けるのではないかと思います。
辺りには誰もいなく、俺の切羽詰まった声しか聞こえなかった。
「サラ!目をあけてくれ、サラ!!」
壁に力なく寄りかかった彼女の躰はどんなに揺すっても反応せず、冷たいままだった。
何もかも遅かったのだ。黒く塗りつぶされた色は二度と元には戻らない。
すべてが終わってから、気付いたって──。
それは、半年前に遡る。
「セントリア支部にスパイが紛れ込んでいるらしい」
同僚であり、悪友でもあるアレックスがいつになく厳しい顔で言った。
「それで上は?」
「こちらでしばらく泳がせて証拠を掴めだってさ」
「面倒くさいな」
「さらに面倒なことを言ってあげようか?──魔法使いらしい」
「………」
貴重な魔法使いを敵国に送ってまでスパイをするとは、隣国はよほど後がないらしい。
(俺たちが徹底的に叩き潰した結果だけど)
このままいくと、もうすぐ戦争は終わるだろう。
「ということで、グレンの秘書をしてもらうことになったから」
「ふざけるな。誰がそんな危ないやつ傍に置くか」
「逆だよ逆。危険だから君のそばに置いとくんじゃないか。サラも君の秘書をしていたんだから前例あるし、相手も油断するだろ」
「………」
サラは8年前、全滅した村で一人生き残った魔法使いだ。村が襲われていると駆けつけたときはもう遅く、村のほとんどが燃えていた。
(これは……生存者はいないかもしれない)
思わず目を伏せてしまうほど凄惨な状態だった。それでも諦めずに周囲で生存者を探していると、遠くで壁に寄りかかっている少女を見つけた。
少女は裸足でところどころに傷を負っており、力なく虚空を見ていた。
声をかけようとしたら自殺しようとしていたのでぶん殴った。
まだ生きられた命が失われたばかりなのに、失われていない命を自らの手で絶つという行為に腹が立ち、怒りが収まらなかった。
まだ幼い少女だというのにやりすぎたと思ったが、殴っているうちに少女の眼に光が戻ってきた。泣き出した少女を俺は力強く抱きしめる。
生きることを諦めるな、もう大丈夫だ。
そんな思いを込めて────。
「サラ以外を隣に置きたくないって気持ちも分からなくはないけどさ~。一人立ちしちゃったもんね。寂しい?」
「………黙れ」
幼い少女はなかなか優秀だった。俺が教えたことをよく吸収し、指示した以上の成果を出した。今では中尉の位につき、50人の部下をまとめる隊長だ。
………あと少しくらい、手元に置いておけると思っていたのにな。
「君たちは本当にじれったいよね。あんな熱烈なアプローチしてるのに」
「あれは本当にやめてほしい」
育て方を間違ったのか、誰かからの入り知恵か知らないが少々おかしな頭になってしまった。……余計なことしたのは誰だ、出てこい。しごいてやる。
「もうそろそろじゃない?」
アレックスがにやにやしながら俺に言った。サラが俺に愛の言葉を叫ぶまであともう少し──
「飴くらいいいじゃないか」
サラが出ていった後、アレックスが不満げに言った。
「餌付けするなといっただろ」
「他の男が与えたものを口にするところは見たくないって?」
「………」
認めるのが癪だが図星だった。
「お茶にも、自分から誘えばいいんだよ。なんで俺が一緒にいるときだけ」
「……うるさい」
「全く、この堅物は。いつになったらくっつくことやら。クリスにかっ攫われても知らないからね」
「………」
話はさらに続いた。
「あと作戦のことサラに言っちゃだめだろ」
「内容は言っていない」
「なに仄めかしているんだよ。甘すぎ」
俺はもう行く、とアレックスは執務室を出ていった。……なんだよ、あれくらいいいじゃないか。
「セントリア支部から参りました、エルダ=カサーリ少尉です」
そう言って俺に敬礼をしたのはサラと年も変わらないであろう少女だった。俺は頷いた。
「グレン=バルドー少佐だ」
相変わらず無表情の俺にアレックスがこっそり小突く。
「私、グレン少佐のもとで働けるなんて光栄です!」
エルダは頬を染めながら言った。
(面倒だな………)
何を言おうか迷っていると、サラがいつもと変わらずばんっと大きな音を立てて執務室へ入ってきた。
「グレン少佐!今日も愛しています!!」
……ノックをしてから入れといつも言っているだろう。でも今日は助かったから許す。
見知らぬ少女がいたので固まっていたサラだったが、儀礼的な挨拶をしてぎくしゃくと執務室を後にした。エルダにいったん用を伝え出ていかせた後、アレックスが唐突に言った。
「今からあまり、君とサラは仲良くしないほうがいいかもしれない」
「………なぜ?」
奴にしては珍しく難しい顔をしながら少し間を置いたあと、
「んー勘かな。………すっごっく嫌な」
アレックスの勘はよく当る。……嫌な予感ほど特に。その勘が当っていたということを後々知ることとなる。