翳りだす世界
「グレン少佐!今日も愛しています!!」
ドアを開けて声高に今日も宣言する。しかし同時に私は固まる。執務室にはグレン少佐とアレックス少佐、そして、
「え………?」
白い軍服を着た見知らぬ美少女がいた。
「グレン少佐が秘書を置くらしい」
「へぇ、サラ中尉以来じゃないか?」
「しっかもすっげぇ美人!!」
「まじか!!お目にかかりてぇ」
廊下がざわざわと騒がしい。しかし私はそれどころではなかった。
(グレン少佐の隣はずっと私だったのに……なんで?)
なんで、どうして、という言葉が頭の中がグルグル回っていた。どれだけ考えても、答えは見つからなかった。
「え………?」
執務室に入った途端固まった私をよそに、その美少女は礼儀正しく敬礼をした。
「セントリア支部から参りました、エルダ=カサーリ少尉です。初めてお目にかかります」
「サラ=アベカシス中尉です。初めまして、エルダ少尉」
いつまでも固まっているわけにはいかない。慌てて私も敬礼を返す。見ない顔だ。どうして地方の支部所属の彼女がここにいるのだろう。
……胸騒ぎがする。
敬礼を解いた後、アレックス少佐は口を開いた。
「エルダ少尉はね、本日付で、グレンの秘書をすることになったんだ。……サラも彼女が困っていそうだったら協力してあげて」
「よろしくお願い致します」
エルダ少尉が私に手を差し出す。
(グレン少佐に、秘書……?)
内心、動揺でそれどころではなかったが、私は表面上は微笑みを浮かべさえしてみせた。
「こちらこそよろしく」
なんとかグレン少佐に書類を渡して、お茶でもと引き止めるアレックス少佐の誘いを、仕事があることを口実に足早に執務室を後にする。自分の執務室に戻る前に、こんな言葉が聞こえた。
「彼女、白い軍服だったな……私と同じ魔法使いか」
クレトリア王国には2種類の軍服がある。一つは黒い軍服。9割以上の軍人はこれを身にまとう。
もう一つは白い軍服
魔法使いしか着ることができない。今この軍本部でこの白い軍服を着ているのは───私とクリスだけだ。
(エルダ少尉……支部にいたと言っていたな)
かつて、2年前までは私はグレン少佐の秘書をしていた。その後中尉の位を与えられて、今の隊の隊長になったのだ。おそらく彼女もいずれ隊長となるときの為にグレン少佐に教わるのだろう。
グレン少佐は滅多なことでは傍に人を置かない。
秘書は私が初めてだったという。魔法使いという立場であったが、部下としてでも私は特別だったのではないのか?そう思っていた。
(………うぬぼれていたんだなぁ)
窓から見た空は、いっそ憎らしいほど晴れ渡っており、青が目に焼きついた。
「サラ隊長、最近真面目ですね」
「私はいつも真面目だけど」
「冗談は存在だけにしてください」
「ひどい!」
自室の執務室にて。私は書類を睨みながら、クリスと軽口を叩きあっていた。
「少佐の秘書が原因ですか?……たしかエルダ少尉」
「……きみはずけずけものをいうなぁ」
グレン少佐が秘書を置いたという噂は、瞬く間に広がった。しかも私と同じくらいの年の魔法使いで、しかも美少女。
彼女はよく細かいところなどに気が付き社交的でもあった為、瞬く間に軍のみんなのアイドルとなった。
「気軽にお茶にも誘えなくかった」
「あんた仕事ほったらかして何してるんですか」
書類渡すついでにーとか、何もないけど顔見に来たついでにーとか。アレックス少佐とグレン少佐でよくお茶をのんでいた。……グレン少佐はしぶしぶだったけど。
でも今隣にエルダがいる。
必然的にエルダとも一緒にお茶をすることになるだろう。エルダはグレン少佐に気があるらしく、控えめにだが確かにアプローチをしていた。
端から見ても、グレン少佐とエルダはお似合いだった。そんな姿、間近で見ていたくない。そう思うと自然と足は遠のいていた。
「エルダ少尉、人気だよね」
「少尉は気配り上手の美人らしいですからね。どうせ一緒に仕事するなら色っぽい美人といたいのでしょう」
「上司に色気を求めるな」
「求めてませんよ?諦めてますし。エルダ少尉がお色気担当なら隊長はイロモノ担当ですね」
「なんだと!?」
「鏡見てきますか?」
「さらりと傷口をナイフでえぐるな」
私だって、私だって………!───まな板だよバカヤロウ!!それに対してエルダは、素晴らしいナイスバディだった。女の私が見惚れるほどの。同じ魔法使いなのに何この格差。
「まぁ、同じロリならエルダ少尉ですかねぇ~」
「………」
鏡を見なくてもわかっている。私はいたって平凡顔だ。追記できる点はちょっと魔法と仕事ができるくらいで。対してエルダは美人で評判も良く、しかも魔法も使える。どちらがいいかなんて、明らかだった。
「…………………………さっさと諦めればいいんですよ」
「……?何か言った?」
「いいえ別に」
クリスが何かを呟いていたけど、私には聞こえなかった。彼は珍しく下を向いていて、表情が見えない。
「次、この書類お願い」
「真面目すぎて気持ち悪い」
「表でろ、相手してやる」
「嫌です」
クリスと軽口を叩きあっているといつもの調子を取り戻していく。そのことに安堵しながら何かが少しずつ変わっていく感覚を必死に見ないふりをした。それでもまだ、日常だと言い張りたかったから。