その1
クリス視点です。
僕の想い人は、絶対に僕に振り向いてくれない。
「………クリス君、私のこと嫌いだよね?」
「まさか。僕は隊長のことが大好きですよ?」
だから、このくらいの意趣返し、いいじゃないか──。
僕───クリス=カスタルは、幼い頃何者かに攫われ、見世物小屋に売られた。
魔法の力を制御する首輪をつけさせられ、芸を仕込まれた。
今思い返してもひどい生活だったと思う。すこしでも失敗すると、死なない程度に殴られ食事抜きになった。
僕は魔法使いだから殺されることはなかったが、同じように売られた子供たちは常に死と隣り合わせであり、団員の気まぐれや余興で殺されることもあった。不興を買わないように、息を殺しながら生きていた。
いつかこんな目に合わせた奴らみんなに復讐してやる───。
それが僕の生きる糧であり、こう思わなければ気がおかしくなりそうだった。地獄のような環境の中、僕に優しくしてくれる人がいた。
「よう、クリス。団長の機嫌を損ねちまったって?……災難だったなぁ」
「………ハンスさん」
「団長は気まぐれだからな。虫の居所が悪かったんだろう。パンを持ってきてやったぜ。今日はメシ抜きだったんだろう?」
「………でも」
「ガキが遠慮するなって。これ食って明日も頑張りな!」
ガハハハと豪快に笑って僕の背中をたたくハンスさんは、この見世物小屋の団員の中では下っ端のほうだったが僕のことを何かと気にかけてくれた。
「……ありがとうございます」
「いいってことよ」
この人がいたから僕は生きていけた。過酷な環境の中でも頑張れた。それは事実だ。
例え────裏切られたとしても。
ハンスさんは僕の話をよく聞いてくれたり、僕にいままで行った土地の話をしてくれた。なぜそうなったかはいまだに思い出せないが、魔法使いの話になった。僕がちょうど13になった頃だった。
「魔法使いってすごいよな。お前もここじゃなかったら特別な待遇を受けられたのに」
「すごいですかね…?僕は魔法を封じられているのでショー程度の魔法しか使えませんが…」
「そういえば、魔法使いって無限に魔法が使える訳ではないらしいな?」
「………そうなんですか?」
初耳だ。魔法のことなんて誰も教えてくれなかったから、何も知らない。
「あぁ。俺も詳しくは知らないが……何かを『代償』としているらしい」
「『代償』?」
「人によっては命だったり、はたまた違うものだったり……一人一人違うとか」
こんなバカげたサーカスをするごとに、僕は命などを削っているのか?拳に力が籠った。
「………」
「その様子だったらお前は自分の『代償』を知らないようだな」
「何が魔法に対する『代償』なのか、全然わかりません」
ハンスさんはそうか、と言って僕の頭を撫でた。
その日の夜。喉の渇きを感じ、夜中に起きてしまった。
静かに起き、そろりそろりと水飲み場まで歩いていたときにひとつだけ明かりの漏れているテントがあった。
「お前クリスのことよく可愛がってるよな。あんな可愛げのないガキどこがいいんだ?」
「魔法使いだろ。首輪つけてるとはいえ何されるか怖くないのか」
「突っかかってくる奴だって多いだろう」
何やら、僕のことを話しているようだった。やっぱり僕に構うことで苦労しているのか?ハンスさんは僕のことをどう思っているのだろう?不安と少しの好奇心が芽生え、僕はばれないように聞き耳を立てた。
いつものように笑い飛ばしてくれるはず───。
僕は心のどこかでそう思っていた。
「可愛がっている?まさか。あんな薄気味悪いガキ」
ハンスさんの言葉は、殴られたような感覚を僕にもたらした。
「じゃあ何であんなに良くしてるんだ?」
「あいつ魔法使いだろ。手懐けてたらのちのち良いことありそうだろ?」
「お前も性格悪いなぁ」
「だがあのガキ、まだ自分の『代償』を知らないらしいぜ?うまく誘導して話させようとしたのに今までの時間が無駄だったかもな」
「魔法使いの『代償』って命を握っていると同等の意味があるらしいが?」
「もしあいつの『代償』を知れたら、団長との取引に使おうと思ってたんだが…長期戦でいくしかねぇかなぁ」
ガハハハハハハハハハっ
下品な笑い声が頭の中で響く。その声はグルグルと渦を巻いているようだった。
ぷつり、
突然首輪が壊れたと同時に僕の中で何かがはじけ飛んだ───。
(…………あ)
気がついたら辺りは火の海だった。僕は何をしていたんだろうか。こうなる前の記憶がない。僕の周り以外はみんな──燃えていた。
(裏切られた。──信じていたのに)
僕の心の中にはそれしかなかった。あのやさしさは、あの手の温もりは、あの笑みは───すべて偽りだったのだ。
怒りが湧く。それはとどまることを知らない。より一層激しく炎が燃え盛った。
「やべーちょー熱い」
突然、そんな大して熱くなさそうな緊張感のない声が聞こえてきた。
この炎をものともせず、歩いてくる人がいた。僕よりも少し年上くらいの──白い軍服を着ている少女だった。
「やぁ、少年。何が原因か知らないけど、この炎を鎮めてくれないかな?みんな炭になっちゃう」
「………」
なんだ、この人は。なぜ平気なのか?
「言葉通じてるー?意識ある?」
「………」
「うん?」
「………復讐しないと」
色んな疑問や思いが頭をよぎったが、口にでたのはそんな言葉だった。
「誰に?」
「………ここにいる奴ら」
「たぶんみんな燃えちゃったんじゃないかな?炎すごいし」
返答はすごく軽かった。そんなのんきな状況でもないだろうに。
「ねぇ。その復讐、どこまでしたら終わるの?」
「………?」
「あれ、もしかして決めてない?」
……復讐に終わりなどあるのか?恨みはまだまだ晴らせていない。どこまでも炎を燃やせそうだった。
「復讐で一生を終えるつもり?もったいなくない?」
「………」
「君も魔法使いならさ、『代償』があるはずじゃない?そんな奴らに命使うの?」
図星だった。
「それよりもさ、今までより楽しいこと探したほうが復讐にならない?お前らより幸せになってやったぞーって」
「………どうやって?」
僕の今までの短いながらの人生は、奴らを、自分の運命を、魔法を、恨んでばかりだった。そんなこと考えたこともなかった。
「それは、生きて自分で探さないと。私じゃわからない」
「………」
………結局、この人も僕を突き放すんじゃないか。
「でも、」
「………?」
彼女は続けた。
「探すのを手伝うことは、できるよ。───私も魔法使いだから」
「!!!」
驚いた。僕以外の魔法使いを初めて見た。軍服の少女はこの場に似合わず晴れやかな笑顔で言った。
「さぁ、私と一緒に探しにいこう!───私の名前はサラ=アベカシス」
よろしく、と僕に手を差し伸べる。僕はその手を眺めていたがやがて───
その手を重ねた。
これが僕と隊長───サラ=アベカシスとの出会いだった。
ねぇ、隊長。暗い色しかなかった僕のせかいに新たな『色』を与えてくれたのは───
あなたでした。