その4
「軍の重要機密がある。………ついてこい」
「───はい」
俺がそう言うと、エルダは素直に俺の後へついてきた。これから、何が起こるかなんて知らずに───愚かだ。
「グレン少佐、地下へ行くんですか?」
「あぁ。……おおっぴらにできないからな」
「………」
俺とエルダは薄暗い階段を下りていく。周りは2人分の足音しか聞こえない。
ふいに彼女の足が止まった。
「どうした?行くぞ」
「……すみません、ちょっと気分が悪くて」
「もう少しだ。下で休もう」
かかとを踏み鳴らす音が再び聞こえる。しばらくすると、一つの扉が見えてきた。
「あれだ。エルダ、開けてみろ」
「私がですか?」
「あぁ」
エルダは戸惑っていたが、意を決して扉に手をかける。
キィィィィ─────
扉は古いのか、ゆっくりと音を立てて開いた。
「!!!」
エルダは思わず息を飲んだ。それを俺は冷めた目で見つめる。扉の先には、地獄が広がっていた。
「──デュリオ大佐!!!!」
エルダは思わずといった風に叫んだ。
「ほう、こいつはデュリオというのか」
「僕が5日かけて拷問してやっと吐いた名前をすぐ言っちゃいましたね」
エルダははっとした顔をしたが────もう遅い。
「早くに彼女を連れてきたら、こんな苦しみ味わうことなく済んだかもしれないですね───ルドルフ中佐」
クリスがこの場に似合わない、にっこりとした笑顔でそう言った。
なんということだろう。信じられないことだが、数年前からクレトリア王国軍の幹部に隣国の者が紛れ込んでいた。ルドルフ中佐は、部下にも慕われた人格者だと評判だった。最初に聞いたときはまさか中佐が……と思ったが、人は見かけによらないらしい。
「さて。役者もそろったことですし、始めましょう───グレン少佐」
ことの発端はクリスの抗議からだった。
「いい加減にしてください、グレン少佐!!どうしてあんな胡散臭い女を傍に置いているんですか!?」
「………エルダのことか?」
「他に誰がいるんですか?変な噂ばらまいたり、魔法使ってでも隊長に勝とうとしたり。あまつさえ隊長に怪我までさせて……!」
「………」
クリスは殺気立っていた。まさかばれていたとは。しかし彼も魔法使いだったと今更ながらに思う。言うべきか言わないべきか。どちらにしようか思案していたとき、横でじっと聞いていたアレックスが口を出した。
「こうなったら隠し通すのは無理だよ、グレン。協力してもらったほうがいい」
「それもそうだな」
「……何のことでしょう」
軍本部にスパイが紛れ込んでいること、これを機に一気に叩こうとしていること、エルダが隣国の間者であることを説明した。
「それで何で隊長一人を踏み台にしてるんですか!!」
「目的がサラである可能性が高いからだ。彼女の性格を考えたら、逆に違和感が出ると判断した」
「………」
「クリスの気持はよく分かる、でも今は耐えるんだ。……上からの命令も無視できない」
クリスはぐっと唇を噛みしめ、言った。
「………わかりました。では、魔法使い潰しは僕がやってもいいですか?」
ルドルフ中佐改めデュリオは、両手を鎖で縛られていた。その鎖は棒に繋がっており、動きたくても動けない状態だった。刃物などの切り傷はないものの散々殴られており、辛うじてデュリオだと分かるくらい腫れ、足は変な方向に曲がっていた。
「ルドルフ中佐……いや、違うか。デュリオ、質問をする。速やかに答えろ」
デュリオに問いかけた。エルダは青ざめており、固まっていた。俺は扉のすぐ後ろにいるので彼女は逃げられない。
「───エルダの魔法の代償はなんだ?」
「っな、何を!!」
すでに青かった彼女の顔は白へと変化した。
「早く言わないと、苦しみから解放されませんよ?………どうせ死ぬなら、さっさと楽になりたいでしょう?」
クリスはぞっとするような冷徹な声で囁いた。
「っぐぁぁぁぁぁっ!!!」
クリスの剣がデュリオの腕を貫いた。血しぶきが飛ぶ。
「………まだ殺すなよ」
「まさか。これくらいじゃ死にませんよ」
「……クリスはこう言っているがどうするか?こいつはやるといったらやるぞ?……時間はまだたっぷりあることだしな」
「もう片腕します?」
まるで、明日の天気を言っているような軽さだった。
ここまできたら助からないだろう、自分だけだはなく──エルダも。そう思ったデュリオは重い口を開いた。
「…………、エルダの魔法の代償は、」
時は遡り、1週間前。今後の作戦の計画を立てているときにクリスは言った。
「エルダは魔法の代償を知られている可能性が高いと思います」
「ほう、なぜだ?」
「魔法使いは戦のとき以外は守られるべき存在です。いくら戦況が切羽詰まろうとも、魔法使いである彼女が諜報活動なんてプライドが許さないと思います」
特に、ずっとみんなから大事にされ可愛がられてきたようなエルダには。
「ではどうしてそんな彼女が隣国のスパイなんかに甘んじているのか?……それは弱みを握られているからだと」
「……代償か」
「代償を知られたら、僕たち魔法使いはされたい放題ですからね。命を握られているようなものですから絶対に逆らえません。……だから僕も隊長も上官であるあなたにさえ伝えていない」
「………」
「彼女と一緒にスパイをしている監視者はエルダの代償を知っているはずです。彼女が逃げ出さないように」
「そうじゃなかったら魔法でどうとでも切り抜けられるからな」
「ならどうする?」
問題はそこだ。どうやって彼女の代償を知ろうか?どうしようか考えていたとき、
「──知ってます?」
その声色の変化に思わずクリスを見た。彼は暗い笑みを浮かべていた。
「身近な人に裏切られるのが、一番絶望するんですよ」
仮にも彼女の上官が、自分の命より大事な『代償』をばらされたら、どんな顔するでしょうね?
「『若さ』、だ」
呟き程度の声であったが、さほど大きくないこの空間にはよく広がった。
「あ、あああ、」
エルダはよろめいた。そのまま力なく床へと崩れ落ちる。
「あー、あっさり言っちゃいましたね?もう少し時間かかるかなーって思っていたのですが」
そんなに信用されてなかったかもしれませんね?
クリスは嗤った。
「『若さ』、か……。つまり魔法を使い続けると老いてしまうってことか?」
「そうみたいですね。だから今までほとんど魔法を使わなかったのでしょうか」
「───ずっと魔法を使わせる状態にでもしておくか?」
「いいですね!!目の前に鏡でも置いておきましょう」
自分の老いていく姿を間近で見ていくといい───。
俺とクリスの会話に、エルダはカタカタ震えだした。
「他に何か聞き漏らしたことはあるか?」
「いえ。これ以上はもう何も」
「そうか」
俺はゆっくりデュリオに近づいた。
「……楽にしてやる約束だったな」
俺は自分の剣を抜き、デュリオの首へとあてがった────
攻撃準備の合図が聞こえる。
今から戦場になるというのに、空は晴れやかな青だった。
俺は最前線の指揮を任されていた。本来なら俺はここにいるべきではないのだが、サラが最前線に配属されることになったのだ。放ってはおくわけにはいかない。彼女は今、俺の隣にいた。
………最前線だろうが何だろうが、彼女の実力からしたらどこも変わらないだろうが。
「グレン少佐、エルダ少尉はどちらへ?」
サラが俺に尋ねる。
「────お前が知る必要はない」
鼠どもはすべて片付いた。あいつらのことなど、サラが知る必要はない。───どんな最期を迎えたかなんて。
「………そうですか」
サラは一瞬顔を曇らせ、また元の表情に戻った。
「サラ、」
「砲撃用意!!!打てー---!!!」
攻撃が始まった。俺も戦況から考え、指揮を執らなければならない。
「少佐、」
「………なんだ?」
サラがふいに声をかけた。
「今までありがとうございました」
サラはとても綺麗に笑った。壊れ物のように脆く、触ったらすぐに崩れ落ちそうな───儚い笑みだった。
(まるで、)
最期の挨拶のような。
嫌な予感がした。このまま掴まなければ、サラは俺の届かないところへ行ってしまいそうな───。
「っサラ!!」
俺の呼びかけなどものともせず、彼女は戦場に身を投じていった。
「グレン少佐、指示を」
「………っ」
他の部下が俺に指示を仰ぐ。彼女が心配でも、俺はここを指揮しなければならない。気持ちを切り替え、部下に指示を出した。
(サラ、)
どうしてこんなにも不安なんだろう。これまでにも大きな戦いは経験してきたはずなのに───。
終了の合図が甲高く響く。
「勝った………!」
部下たちは皆肩をたたきながら喜びあっていた。ここは最前線だ。犠牲者の数も多い。しかし犠牲以上の成果がそこにあった。
歓声が上がる。しかし喜んでいる部下たちの中にサラは────いなかった。
(………どこへいるんだ?)
どうしようもなく胸騒ぎがする。あんな離れかたをしたのだ。心配で仕方なかった。
「グレン少佐、どこへ?」
俺は部下の制止も押し切ってサラを探しに行った。
生きている敵はいない。進んでいくうちに硝煙の匂いがだんだん薄れていき、人の気配もなくなっていった。
(いた、)
遠くにサラが建物の壁に寄りかかっているのが見えた。休んでいるのだろうか?
(………心配、かけさせやがって)
ほっと一安心した。小言を言ってやろうと足を進める。
「おいサラ、なんでこんなところで寝てやがるんだ?」
彼女をゆする。しかし彼女はまだ目覚めない。力が入っていないようで、ずるり、と彼女はずれ下がった。
「サラ………?」
その様子を不審に思い、頬を触る。氷のように冷たかった。俺の心臓がドクドクと、大きく嫌な音を立てる。
「おい、起きろサラ!」
更に強い力で彼女を揺する。彼女の身体に目立った外傷はない。
「なんで………」
茫然とした。やっと、やっと戦争は終わったのに………!
「サラ!目をあけてくれ、サラ!!」
壁に力なく寄りかかった彼女の躰はどんなに揺すっても反応せず、冷たいままだった。サラの躰を必死に抱きしめる。──無駄だと分かっていても俺の体温がすこしでも伝わるように。「少佐、痛いです」、とかなんとか言って目を覚ますように。
俺の願いをよそに、サラは目を開くことは二度となかった。
(どうしてこうなった?………どこを間違ってしまったんだ、俺、は)
そこにあるのは絶望感だけだった。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その日俺は美しい色を失った────。
グレン少佐視点、これにて終了です。
ここまで読んでくださりありがとうございます。