天秤
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俺の心の均衡は、いつも彼によって崩される。
少しの砂粒で傾くそれは、木崎が日々荒らして行く。
あの日から、木崎は俺に構う事が多くなったように思う。
他の女の影も見えないから、一体彼はどうしたのかと不安になった。
良い事のはずなのに、それが逆に俺を怯えさせる。
いつか足りなくなる。
俺の感情だけではきっと物足りなくなるのに、それが解るのに、俺だけに向けられる言葉が嬉しい。
どうか、このまま愛してはくれないだろうか。
「二見」
口唇を合わせる合間に彼が名前を呼んだ。
それだけでもうどうしたら良いのか解らなくなる。
苦しい。
俺はなんでこいつなんか好きなんだろう。
もっと、きっと他が居るのに。
そう思うのに、俺はもう木崎以外に目がいかない。
そんな自分が憎らしい。
今まで校内で話すなんて余り無かった事なのに、この頃は毎朝俺が教室に入るのを目ざとく見つけては必ず「おはよう」と声を掛けてくる。
授業で解らない事が有れば訊いてくるし、昼も一緒に食べようと誘ってくる。
周りの目から見れば、なんで木崎が俺なんかに絡んでいるのかさぞ不思議な事だろう。
理科棟はひっそりとしていて、授業の時以外は人気が無い。
昼休憩に木崎は俺の腕を引っ張り、地学室に押し込んだ。
口唇がぶつかって、こいつは何を浮かれているんだろうと苛立つ。
「っは、二見」
どうして俺は抵抗しないんだろう。
彼が俺の背中に腕を回してきつく抱きしめられる。
ごつごつした骨が背骨に当たった。
「……木崎、最近彼女と居ないな」
「え? うん、そーだね。振られたし」
触れ合って少し満足したのか、彼は床に座り込んで、隣に腰を下ろした俺の指先を撫でる。
「振られた? お前が?」
「振られた。……ていうか、俺振った事無いよ。毎回告白されて、毎回振られんの」
「は?」
「彼女達の期待に応えられないみたいで。求められるから答えているだけなのに、それじゃあ満足出来ないらしい」
「………」
「優しくしてるだけじゃ駄目なのかな。応えるだけじゃ足りないのかな」
「……愛してるのに愛されないのは、しんどいだろ」
同じなのかも知れない。
木崎を好きだと言う女共と俺は、同じなのかも知れない。
いや、木崎から離れていける彼女達の方が、賢いのかも知れない。
馬鹿にして悪かった。俺はきっと愚か者だ。
お前なんか、好きになるんじゃ無かった。