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April~二人羽織編 4~バースデイプレゼント3

 書くのに時間が案外かかりました。文は相変わらずグダグダですが、どうか暖かい目で。


 6時限目が終わり、下校の時間になった。

 高校に入学して一年たったが、これといった変化もなく退屈な毎日だ。

 しかし、ここ最近でこのルーティンワークに狂いが生じた。狂いと言うより変化というべきか。

 4月も後半になり、あれだけ咲いていた桜は散り、新緑の葉が目立つようになっている。

 誕生日のあの日から、今日に至るまで今まで関わりのなかった簪イナと喋る機会が増えた気がする。


「あ、猫目くん」

 回想に浸っていると、件の彼女が隣に並んでいた。

「途中まで一緒に、いい?」

彼女の言葉に、うなずいて了承すると笑顔で肩を並べる。

 道中、なんてことないことを話しながら歩く。女の子に歩みを合わせたほうがいいとはよく聞くが、彼女のほうが歩みは速いのだ、情けないがこちらに合わせてもらっている。

「席替え隣り同士だったね」

 先程までホームルームでやっていた席替えの話をしてきた。

「まさかの偶然、最近話すこと多いよな」

 すると簪さんは胸元で腕を合わせて、演技を決め込む。

「まあ、もしかして運命かしら」

「はっ、棒読みで言われてもなぁ」

「感情込めて言っても気持ち悪いでしょ、これは」

「確かに」

 大通りに出たあたりでため息が出た。

「それにしても、今回の席替えはハズレだったかな」

「そうだね。窓際の最前列、いきなり最初から日直だしね」

「憂鬱だ…」

 落胆に肩を落としていると、横からクラクションがなってきた。

 簪さんが声をかけて隣についている車を指さす。

「ねぇ、猫目くん。なんかこっちに、手振ってるよ」

 彼女が指差す方へ目をやると、そこには黒いガルウィングのカウンタック。

 この街でこんな外車を乗り回すのは、

「よぉ、開架くん。女の子連れて、どこ行くの?」

 パワーウインドーから頭を出して冷やかしを入れてくるこの女。

「―――姉さん」

 こめかみに、指を当ててから彼女、二人羽織開花を睨む。

「ちょっとぉ、そんな顔しないでよ。こっちがテンション下がるわ」

「来るんなら、連絡入れろよな。飯の用意してねぇぞ」

 こっちから顔を寄せて、さらに睨みつける。しかし、そんなことはどこ吹く風でさらに冷やかしを入れてくる。

「そんなことより開架。後ろの娘、開架のコレ?」

 なぜか中指を立てている。

「なんで俺が簪さんを恨まにゃならんのだ」

「じゃあ、コレか」

 今度は小指を立てている。

「間違えたんじゃないのかよ。

別になんでもねえよ。ただのクラスメイト」

「なーんだ、つまんない。―――ええと…簪ちゃんでいいかしら、よろしくどうも。この愚弟の姉の二人羽織開架ですぅ」

 窓越しに会釈をすると、簪さんもやや緊張気味に挨拶する。

「えぇっと…猫目くんと同じクラスの簪イナです。いつも開架くんとは良くして貰ってます」

 慌てていても、優等生。しっかりと挨拶を返している。

「そのぅ…猫目くんからお姉さんのお話はよく聞いています」

「へぇ、そうなの(私をダシに使ったな、開架)」

「(なんの話だよ)」

 耳打ちで、そんな検討違いなことを姉さんは聞いてくる。

「(しらばっくれるな、この思春期男子高校生が)」

「(もう、ややこしくなるから話すな。バカ姉貴)」

 すると、姉さんはむっとした顔でとんでもないことを言い出す。

「いつも、この欲情魔の相手をしてくれてありがとうね」

「(あぁ!?)おいっ」

 マジか…だから嫌なんだ、姉さんに知り合いを合わせるのは。予想通り、驚いた顔をしてしまっているじゃないか。

 突然、姉さんが親指を後ろに指してたずねる。

「立ち話もなんだし乗る?よかったら送って行くわよ」

「いえ、もうすぐそこなので。ありがとうございます」

 簪さんは申し訳なさそうに頭を下げて、横断歩道を渡っていく。

「ははっ、引かれたわね開架」

「姉さんもな。彼女、結構姉さんのこと気に入ってたのに」

 しかし、姉さんは鼻で笑ってこう言った。

「なにを、人の話だけで話の中の人間を気に入るなんて無理でしょう」

「なんでさ」

「人を通して聞いたことなんて、フィルタにかけた水みたいなものよ。もともとの不純物なんてわからない。アンタだって、私のこと噛み砕いて話したでしょ」

 思い出しても、俺が姉さんのことを話すとき分かりやすくと言うか、姉さんの言う通り万人向けに噛み砕いていってた気がする。

「―――まぁ、そうだな。驚いたどうして分かるの」

 ニヤリとして姉さんは、

「分かるわよ、私は人に気に入られるような人間じゃないって知ってるからね」

 と言った。

「あぁ、納得した」

 自然とこちらもニヤリとしてしまう。

「ひどいこと言うわね、開架は理解してると思ってたのにぃ」

 頬を膨らませてこちらを睨んでくる。

「可愛くないって、歳かんがえろよ」

「うっせぇ―――と言うか、はやく車に乗りなさいよ。寒くなってきたわ」

 どこか懐かしいようなそのセリフ。

空はもう茜色。春はもう終わりだが、この時間になると冷えてくる。

 ガルウィングを跳ね上げ、さっさと助手席に乗り込んだ。



「―――でもまあ、噛み砕いて言っても察しのいい人間はすぐに気づくわよね」

 スーパーで惣菜を手に取りながら、姉さんはさっきの話の考察を始めた。

「どうしたの、急に?」

「いやぁ、さっきみたくカッコつけたらね、カッコつけたなりの後悔があるのよ」

「何をいまさら…」

 あの時、すこしカッコイイな思った自分が恥ずかしい。なんだか舞台裏を覗いてしまったみたいな気分だ。

「いやぁ、フィルタのくだりは上手くないわね。あー、恥ずかし」

 口ではそうは言っても、全然恥ずかしそうじゃなさそうだ。相変わらずの気だるさでいつもの調子で彼女は語るだけ。

「―――しかし、簪イナか」

 なぜか、姉さんはその名を口に出していた。

「彼女がどうしたのさ」

「ねぇ開架、今まで私のことを彼女以外に話したことがある?」

 質問に質問で返され、言葉が詰まる。なんとも漠然としている彼女の問いかけに答えるまで少しかかる。

「―――どうだろ、姉さんのことあんまり話したくないからな」

 それを聞いて彼女は納得したように、惣菜のパックのゴムをパチンッと鳴らした。

「なるほどね―――開架、あの子には気をつけるようにね」

「なにそれ?どうゆう意味だよ」

「時期に分かる。―――ほら行くわよ荷物持ち」

「誰が荷物持ちだ」

ズンズンと酒のコーナーへと進んでいった。また飲むのかよ…。


家に着くなり、酒瓶を開けて豪快にラッパ飲みを始めた。

 これが、彼女がいつもここに返ってきたときの恒例だ。

「あんま飲み過ぎんなよ」

「大丈夫、大丈夫。一升じゃ酔わないって」

 日本酒一升でも酔わないとか、どんだけ酒豪だよ。

 こうなった彼女はもうただの体たらく。無視して、晩餐の準備を始める。

「開架ぁー。つまみもねぇ」

「あーい」

 つまみを作れるような材料がないので濃い味に作った二人前の料理と惣菜を持って、リビングに入る。部屋には、もうすでに出来上がっている姉さん。

「なにが、一升じゃ酔わないだ。ベロベロじゃねえか」

 食卓を整えながらぼやいてしまう。

「お酒は意識がなくなるまで。これ、絶対」

「ダメだ、絶対」

 なんだかんだ言いながら、各々皿に箸をつける。姉さんは行儀なんかを気にしない人なので、片膝を立てて食べている。そんな姉を反面教師として俺は正座、とまではいかないいがあぐらをかいて箸を進める。

「―――おぉ、また腕を上げたわね。女子力高いわよ」

「男に女子力を語るな。たまには姉さんが作ってみろよ」

「え、作っていいの?」

 そう言われ、姉さんの作る料理をイメージする―――うわぁ、すごいカオス。

「やっぱり遠慮しとく」

 そこまで言って、お互い黙々と皿をつつく。部屋には二人の咀嚼する音だけが響いている。

「今回はこっちに何のよう?」

 沈黙に耐え切れず、こっちから口を開いてしまう。

 2本目の酒瓶に手をかけながら姉さんは質問に答える。

「あぁ、それね。内緒」

 またもいつもの調子でうやむやにされる。さすがにこのやり取りにも飽きたので、つい毒づいてしまう。

「秘密主義もいい加減にしろよな。保護者の職業とか学校でよく聞かれるんだから」

 しかし、そんな悪態もいなされ、ストレートに日本酒をグラスに注ぎながら返される。

「わかりませんの一言でいいでしょう、楽で。

 それに、あの学校なら問題ない」

「訳がわからない。なんで問題がないと分かるんだ」

 酒がまわったのか、いつもと違いやや高い笑い声で返してくる。

「あはは、そりゃあ私のコネクションで」

「ますます、あんたの職業がわからなくなったよ…」

 グラスの口をなぞって、突然姉さんが立ち上がった。

「まぁ、今回こっちにきたのは仕事だけじゃないわよ」

 そんなことを言いながら、部屋の隅に置かれた荷物を漁り始めた。―――取り出したのは、黒い筒状のポスターケース。

「はいこれ」

 その手に持った筒を俺に突き出す。

「なにこれ」

「遅れたけど、誕生日プレゼント」

「プレゼントだぁ?」

 彼女が物をくれたのは十年前の、あの銀のナイフ以来。それを思うとこれもろくなものじゃなさそうだ。

「ほらほら、開けてみて」

「プレゼントって言うならラッピングの一つでもしろよな―――」

 照れくさくて、そんなことを言ってケースを開ける。―――しかし今回もろくなものじゃなかった。

 出てきたそれは一本の刀。

「どう?嬉しい?」

 彼女は顔を近づけて聞いてくる。

「本物か、これ?」

 すると彼女は嬉しそうと言うか、どこか誇らしげに言う。

「本物も本物、開花お姉さん特別仕様よ」

 うわぁ、いらね―――。

「こんな長い獲物使えないって、あの犬どもと殺りあったらこれが重くて走れない」

 取り出して、その刀の全身を見る。―――鞘から柄まで銀色のフォルム、愛用しているナイフの兄弟刀のようだ。

 この刀には見覚えが、ある。十年前に姉さんが使っていたそれだ。

「そんなことを言わないで、いずれ使うことになるから」

「いや、使わねえって。使い慣れたコイツの方がいい」

 そう言ってベルトのホルダーに刺したナイフを見せる。そんな俺に呆れたように彼女は、サラリと呟いた。

「…言い忘れてたけど、明日からもう山には行かなくてもいいわよ」

 彼女は簡単に、今まで続けていたことをやめろといった。

 もともと、彼女からの言いつけでこの犬殺しを始めたことだ。やめろと言われればこんな狂ったことやめてしまいたい―――だが、こんなふうに突然やれと言われ、突然やめろと言われても納得がいかない。

「なんでさ、いまさら急にやめなくても」

 2本目を空にして、その空き瓶をテーブルに、ごとりとおいて顔を上げる。

「初めに十年って言ってたでしょ。思い出すかなって思って、誕生日に連絡入れたじゃない…鈍いわね…」

「普通、十年もそれもガキの頃だった話を思い出せるかよ」

 しかし、もう返答はなかった。酔いつぶれてテーブルに突っ伏している。

「……はぁ」

 結局、犬殺し中止の意図は聞けずに終わり、酔いつぶれた姉さんをベッドまで運んでから俺は眠りに落ちていった。


10


 もう、行かなくてもいいと分かってはいても十年も続けていた習慣はそう簡単にはなくなってはくれない。俺は今までどうり、山に行く午前五時には目が覚めてしまった。

 無視して言ってしまおうかとも思ったが、どうにも昔から姉さんに言われたことに反する行動が取れない。…というよりも、彼女からの指示以外の行動がどんなに魅力的な事柄でもしらけてしまう。

 自分のことなのだが、このしらける理由もその感覚もよく、分からないでいる。

 さて、しらけてしまうとこの時間にすることなんて何もない。二度寝をしようにも、完全に冴えてしまっていて逆にベッドにもどる方が億劫だ。

 結局、することは何もないのだけれど、何もしないのももったいない。とりあえず、1階まで降りてリビングのドアを開ける。

 驚いたことに、もうカーテンは開いていて、なぜかパンの焼けるいい匂いがする。理解が追いつかず目をパチパチと瞬かせていると、姉さんが声をかけてきた。

「おはよう、開架」

 声の方に目をやると、そこにはエプロンをして軽く後ろにその黒い髪の毛をまとめた姉さんが立っていた。

「驚いた。いつも昼過ぎまで寝てるくせに」

「たまにはね。後、二日酔いで頭が痛くて仕方がないの。起きても痛い、寝ても痛い。だったら起きて手ぇ動かしたほうが効率的でしょ」

 痛いから寝るんじゃないだろうか。しかし、彼女の持論にいちいち口を挟んでいたら始まらない。

「料理できたんだ」

「昨日、開架が作れば?って言ってたじゃない」

「あぁ、あれ―――遠慮したはずだけど」

 髪留めを取って姉さんが席に着く。

「アンタ、それって私が作れないって思ってたからでしょ」

 正直言ってそうなので、何も言い返せない。

 彼女は口を尖らせてから話を続ける。

「黙ることないじゃない。私だって人並みにはできます」

「わかったから、疑ってないから。―――で?何作ったの」

 テーブルにはいまだに、焼きたてのパンしかない。

「え?パンだけだけど」

「…へ?」

 その焼かれたパンの中からクロワッサンをひとつと取って、彼女は席を立つ。

「じゃあ、私仕事だから。後片付けしといてね」

 言うやいなや、駆け足で玄関から出て行く。外からは豪快なタイヤのスリップ音。

 キッチンを覗くとそこには大量の調理器具の山。

「…はぁ、ったく」

 それから軽く一時間、その大量の食器の山を片付ける。余裕ある穏やかな時間は姉さんにより泡と消えたのだった。


 ぼんやりとテレビの報道を横目に、大量のパンにかじりつく。バリエーションはあれど、食べ続けるにはきつすぎる。

 苦い顔をして、苦いインスタントコーヒーを飲みながら、耳だけをテレビの音声に傾ける。

『―――本日より、試験運転を始めた軍事用デバイスは、起動後にシステム上に問題が起こり―――』

 聞いていても、俺には何のことやら分からない出来事。俺が思うところは、ただぼんやりと、「最近、軍事ニュースが増えたな」ということくらいだ。

 やはり俺もただの高校生。どんなにお国のことを思ってもできることなんて税金を納めるというか取られるくらいで何もない。

 最終的に自分が今できること、なんていう道徳の授業にでも出てきそうなことしか、できることがない。

 今、というか今日しなければいけないこととは―――

「あ、今日日直だ」

 こんな平和的なことぐらいしかなかった。自分というか毎日誰かが、誰でもできること。

 でもまぁ、今日は俺とその隣の生徒にしかできないことだ。やりがいを求めるのなら、早めに家を出るくらい。

 そういうことなら早く出るべきか。遅刻して反省文を書くよりまだマシだ。

 気づけばもう七時過ぎ。ガレージから自転車を引っ張って家を出た。


 学校に着くと、もうひとりの日直の簪イナが宿題の提出を促していた。

「おはよう、簪さん。遅かったか」

 彼女は軽く微笑んでから答える。

「いや、大丈夫だよ。あぁ、でも後でこれ運ぶの手伝ってね」

 見ればそこにはA4ノートが数冊。ホームルームにはクラスの人数分にはなるか。

「わかった」

 そう一言いって席に着いた。


 予想通りというより必然的に、ホームルームにはほぼ全部集まった。出せてない奴は忘れたのだろう。

 俺は、半分よりも少し多くそれを持ってから、彼女と二人廊下を歩く。

 すると、軽く深呼吸する音が聞こえ、突然彼女が話しかけてくる。

「―――ねぇ、猫目くん」

「なにかな、簪さん」

 彼女の思い立ったかのような呼びかけに、やや身構えて耳を傾ける。

 彼女はひとつの例え話の質問を呟く。

「えぇっとねぇ、―――例えばの話だけど。

 もしも、世界を否定出来たらどうする」

 なんとも突拍子もなく、それでいて聞いたことのないような質問だった。

「世界を否定…?世界から否定されるっていうのならまだわかるけど」

「ううん、否定するのはこっち。主導権はこっちにあるの」

 前を向いたままそう返される。

 どこか姉さんがしてきそうな問答に似ている。姉さんの話をしているうちに伝染ったか。

 しかし彼女はいたって真面目。回答を促すようにチラリとこちらを伺っている。

「具体的にどういうこと、それ」

 下手な回答はマズそうな雰囲気にあてられ、質問を重ねる。

「そうね…起こったことを無かったことに、犯した罪も失敗も、全てにおいて無かったことに。つまりは、その認識をなかったこと認めない―――否定する。みたいな?」

 聞けば聞くほど分からない。

 しかしそれだけ聞くと、なんとも都合が良さそうなことだろう。

「分かんないけど便利そうだな、それ―――」

「たしかに、これは便利だよね。でも―――」

「―――でも、」

 彼女の言葉を遮って続ける。

「それってさ、人間的にどうなんだろ。

 ご都合主義っていうかさ。そんなことが出来たら普通じゃない―――常識から見たら非常識。

 いや、その『否定できる』ていうのは非常識というのも否定して常識になろうとするのかもな。―――姉さんなら、そういうのは『非公式』って言うんだろうな。

 結局はさ、世界を否定するっていうのは否定されてるのとおんなじじゃないのか。世界って言うのは公式なんだから、それを否定する―――というよりされるのは非公式だけだ」

 ここまで、長々と話してから彼女を見ると、その横顔はとても驚いた顔をしている。

「すまん、長々と」

「ううん、いや別に。哲学的だねぇ猫目くん」

 そう言って冷やかす彼女の目はとても冷ややかだ。なにか話の途中で地雷を踏んだのだろうか。

「―――ところでこれ、何の例え話?」

「いや、ただの思いつき。こんなことが出来たらその人は可愛そうだなぁ、って思って」

 気づけばもう職員室の前。彼女は俺の持っているノートを取って、

「ま、そんな娘は非常識―――もとい、非公式だよね。普通じゃないから可哀想とかも通じないか」

 そう呟いてから職員室に入っていった。


11

 結局その後、事務的なこと以外に彼女とは一言も話さず家に帰った。

 隣どうしなのだから、話す機会はいくらでもあっただろうがどこか気まずさがありお互いに話さなかった。

 自室のベッドに寝転がり、天井を仰ぎながら彼女の質問と自身の回答を思い出す。

 どうにも、よくわからない質問―――というか例え話。例え話なら答えも何もないが、それに対して俺も、ポエムみたいな返しをしてしまった。姉さんの物言いに最近似てきてしまっている気がする。

 本当に、姉さんじゃないがカッコつけるとそれなりに後悔というか恥ずかしい。

 恥ずかしさに熱くなった顔を冷まそうと窓から首を出すと、ツナギでバイクをいじっている姉さんが見えた。

 昔から彼女の趣味は男性的で、完璧主義というか自分に妥協をしない彼女だからか趣味に対してのこだわりが並じゃない。

「何してんの」

 缶のコーラを放りやってたずねる。

「サンキュ。

 乗っていてコレがつまらないから、電子制御に改造してみた」

 見ればバラバラのスポーツバイク。ホイールには巨大なコイル、液晶化されたスピードメータ。

「どこの漫画だよ…」

 胸元をパタパタさせながらコーラを飲む彼女を見ると、ニヤリとして俺と目を合わせる。

「今晩には出来るから試運転よろしくね」

「殺す気かよ」

 ほとんど手作りバイクに、それも姉さんが作るものに乗るのは恐怖だ。彼女が手を加えたものは異常な程に性能が向上する。例に俺が毎朝乗っている自転車も本気で漕げばかなりのスピードがでる。

「開架、アンタ最近乗ってないでしょ。ペーパードライバーなんてもったいない。何のために免許とらせたのよ」

 そういえば―――俺は十六歳になったその日に半ば強制的に免許を取らされた。しかし学生の内に乗る必要もないので放ったらかしにしていた。

 まさか今日のために取らせたのだろうか。

 彼女は空になった缶コーラを俺に押し付けてからすぐに作業に没頭してしまった。


 時刻はもう八時過ぎ、テレビでは朝同様軍事ニュースが話題になっていた。何度も報道するあたり、結構な事件なのだろうか。

 うつらうつらとしてテレビを眺める俺の頭に軽い衝撃。

「―――いてっ」

 見上げると上だけツナギを脱いだ姉さんがいる。

「なに寝てんの。早く着替えてバイクに乗って」

「え、なに。もう出来たの」

 呆れた感じで彼女は肩をすくめる。

「出来たからこうして起こしてるんじゃないの」

 イラついたのか、急かしているのか。俺の額にゲシゲシとチョップを連打してくる。

「わかった、わかったからやめてくれ」

 フラフラと二階に着替えにいった。

「あんまし、乗り気じゃないんだけどなぁ」

 ため息をついて動きやすい服に着替える。簪さんの件で少しまいっているのか姉さんの命令に嫌気が差しているのか、全然やる気が出ない。

 上着のポケットに癖でナイフをしまってからガレージに向かう。

 そこには、夕方までバラバラだった黒いバイクがある。

「出来るだけ走りまわってね。多くデータが欲しいから」

「なにこれ、学習機能でも積んでるの」

 冗談でそんなことをほざいていると、彼女は笑ってから答える。

「お、察しがいいわね。

 乗ってればだんだん走りやすくなるから」

「マジかよ…」

 ほんとに何かの漫画の代物だ。しかし彼女の態度からして嘘でもなさそうで、才能の無駄遣いという言葉の象徴だと思った。

「じゃあ、行ってくる。―――鍵は?」

「あぁ、それ音声キーだから」

「こだわりすぎだろ…」


さすがに音声キーと言うのは冗談だったが、それ以外の機能は異常だった。

スピードを上げる程にパリパリと音を立てて回転するホイール。ギアでなく電流の大きさでスピードが上がっているのが分かる。

「―――っ!廃車だな、これじゃ」

 二十分程走って、近くのコンビニに立ち寄る。慣れない風圧でフラフラしている。このバイクが馴染むまでここまでかかった。

 これだけ走れば十分だろう。こんなところを知り合いに見られたらかなわない。

 そう思い立ち上がってから空を見上げると、チラリと光るものが見えた。

「なんだ、アレ?」

 もうすっかりと暗くなっている空に目を凝らすと、二色の光が渦巻いている。銀と緑のその光は互いにぶつかったり、離れたりしながら山に落ちる。

 その落ちた山は姉さんの管理地である二人羽織山。確認して姉さんに知らせたほうが良さそうだ。

 バイクにまたがりトップスピードで山を目指す。

 そんなに離れていなかったので三分ほどで山の入口に着いた。

 十年前と何も変わらない、鉄格子と有刺鉄線だけの無骨な門。そこに掛けられている錠にポケットから取り出したカードを差し込む。

 甲高い電子音と共に門が開いていく。闇夜に染まった森は十年前にそっくりで、ゾクリとする。バイクはこの山道では動けないので置いていった。


 しんと静まり返っている森に、突然轟音が鳴り響く。その直後に断続して聞こえる乾いた破裂音。

「―――銃声、なのか…?」

 ドラマのように勇ましい音ではないが、他に例えがない。

 音の鳴る方へ足を速める。

 すると―――

「なんだよ…これは…」

 肌を照りつける熱風、炭になってしまった木々、20メートル程えぐられてできているクレーター。

 あまりの状況に止まっている思考、それに反して加速している冷たい思考―――自分がいる。この感覚も十年前に似ている。

―――自分が、自分で無くなるような感覚―――

 『理性』に奪われる前に我に帰ろうと目を開いて現状を把握しようとする。自分が受け止めれば問題ない。


 クレーターの中央、舞い上がる粉塵が季節ハズレになりつつある春風にさらわれる。

「―――なん、だ…あれ」

 自分が受け止めた現状。それはどうも現実離れしすぎていて受け止めていいものじゃない。

 姿を現したのは、一つの人型。

 水銀のように煌く長い銀髪、手には同じように銀色のガトリングガン。

 人形(ひとがた)ではあるが異形のそれは、普通じゃない。

「ホント―――これは、非公式…」

 俺の理性はこの異常になぜか歓喜する。


―――俺が受け止めたのは、こんな非公式な現状(せかい)だった。

 次からこの話のメインであるテトラが書けます。バトルシーンがうまく書けるか分かりませんが、精一杯頑張ります!

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