April~二人羽織編 3~バースデイプレゼント2
やっと、これからが本編かもしれません。
回想は終わり、学園編に突入。
上手く書けるかわかりませんが、どうか暖かい目で。
6
「どしたの?変な顔して」
と、パソコンのマウスをダルそうに人差し指で動かしながら聞いてきた。
「へ?―――あぁ、ちょっとね。十年前のこと思い出してた」
そう答えると、ふーん、などと言ってこちらを横目で見やる。
「なにか思い出した?」
「うーん…あの時から姉さん、嫌な奴だったなぁって」
ふっ、と笑ってから「うっせぇ」と返された。
すると、いまだにオフィスチェアをギコギコしながら感慨にふけっている姉さんが、急に思い出したように引き出しを漁り始めた。
俺はといえば、同じく十年前の出来事に思いを馳せながらコーヒーを入れていた。テーブルに備え付けの電気ケトルから、インスタントコーヒーにお湯を注ぐ。
ふぅふぅと冷ましながら、画面の向こうの彼女を見やる。なにやら、一昔前の音楽プレイヤーを引っ張り出していた。
「なにすんの?」
彼女はニヤニヤして電源ボタンを長押ししている。
「んー?音を聴くの」
「見ればわかる。説明を聞いたんだ。答えになってないよ、それ」
すると彼女はイタズラっぽく笑う。
「ふふーん、聴きたい?」
「別に」
やっと飲めるくらいに冷めたコーヒーに口をつける。
スピーカーから聞こえてきたのは雑音と子供の声―――子供の声?
『―――助けてよ、開花お姉ちゃん!』
「ぶっ!」
なんて情けない声だよ。まぎれもない、自分自身の声だった。
「汚いわねぇ、そんなに驚くこと?」
とは言っても、笑いながらポチポチとリピートをかけている。
「なんでそんなものが残ってるんだよ」
吹き出したコーヒーを拭きながら、睨みつける。そんな俺を見て笑いながら話す。
「あら?覚えてたの?」
「覚えてるも何も、それは俺にとって人生最大の汚点だ」
「ふふーん、そう?私は聞くたびにゾクゾクするけど」
なんて、さっきよりもヤバい笑顔でもう一度再生している。
「なにがゾクゾクするだ。この変人」
変人という言葉に眉を寄せて、意見してきた。
「変人とは失礼な。それに、人が命からがら自分の名前を呼ぶ声なんて素敵じゃない。
それに、私は変人ではなくて天才だ」
「…たく、変人も天才も紙一重だろ」
昔から、彼女の琴線に触れる言葉はどこかズレている。
―――それはともかく、人の悲鳴を喜ぶなんて変人の他、何者でもないだろうに。
「紙一重でも、その二つは全然違うわよ」
彼女は音楽プレイヤーと携帯端末とを繋げながら、そんことを言う。
「違うって、なにが」
残りのコーヒーをグイっと飲み干す。
「変人は世間から認められないもので、天才は認められたものだ。
その点、私は世間から認められている」
「…いつも思うけど、姉さん、アンタいつも何してるの?」
この質問に彼女はいつも一言笑わずに答える。
「内緒」
「あ、そ」
素っ気なく返事をすると、今度は彼女の方から訪ねてきた。
「あれ?気にならないの?」
「気にしても、答えないだろ?姉さんは」
へへっ、と笑って「そりゃそうね」と嘲る。
「だったらさ、よく聞く”認められない天才“てのは、姉さんから見てどうなるんだよ」
携帯端末からコードを引き抜いて、彼女は気だるげに、
「そりゃあ、認められないのならそれは天才なんて言わない。それはただの変人だよ」
というだけだった。
「ならさ、凡人の定義はなんなのさ」
変人だ天才だという彼女の中では、凡人に対してどんな持論を持っているのだろうか。
「はぁ?さっき言ったでしょうに」
なぜか悪態を突かれる。
「だからね、認められているのなら、世の中の大概の人間は天才だよ。無理やり、こじつけて言うんなら―――、そうね、認める事のできない天才ってところかしら」
「なんだよ、それ。認められないのと、認める事ができないっていうのに違いがあるのか?」
そもそも、どちらも変わらなさそうだが。
「認める、認めないだけを言うのは、どちらも人の常識だけよ、開架。認める事ができないってのは、常識で語ることのできないもの。つまりは非常識って事でしょ」
「それは姉さんだけの持論だろ?大体、普通じゃないから天才って言うんじゃないのか」
携帯端末をいじりながら、またも姉さんは皮肉る。
「それは開架の持論でしょ?常識、非常識で天才、凡人を語るなら、天才から見た凡人だって非常識、凡人だって天才になってしまうわ」
「…はぁ。結局みんなが天才だと。そういうことか」
自分の尻尾を追っかけるような話になった。確かに、そう言えば凡人、天才なんて差なんかない。よく聞く、一人ひとりに才能はあると言うのは的を得ているのかもしれない。
「―――でもまぁ、そんなのはやっぱりただの常識で、世間一般の公式的な考えで見たときの話だけどねぇ」
「ん?なにそれ」
「へ?何が?」
あまり意識しないで言っていたらしい。
「だから、今言った公式うんぬんのこと」
「あぁ、別に深い意味はないわよ。世間から見た普通の事、公の、オフィシャルの、簡単に言って公式的思考で考えた結果が、天才だ変人だを産んだってことなのかなぁ、って」
「常識、非常識と違うの?」
その言葉に、いつにも増して気だるげに返す。
「その二つは公式的思考で見たときの話し。だって、常識も非常識も同じ常識でしょ?だったら、二つは常識としての道理は通っているの」
そこまで言って、ため息をつかれた。
「だったら、非公式的思考ってどういうの?」
天井を仰いで、やたら長い黒髪を弄る。いつもの彼女の考えるときの癖だ。
「そーねぇ…公式が人の扱える常識だと言うのなら、非公式は人の扱えない常識ってとこかしら」
ここまで聞いてみたけど、なんともピンと来ない話だった。まぁ、本人も理解してないことを理解することなんかできないのだから。
そもそも、彼女の言葉を理解することが不可能なのだが。
「それで言うなら、開架は凡人かもね」
「は?なんで」
「別に。特に意味はないけど―――開架、アンタには非公式って言葉がにあうなって思ってね」
「人を人外扱いするな」
鼻で笑って、俺の言葉に答える。
「いやいや、そうじゃないわよ。なんていうのかなぁ…常識で言って、開架は認めることが出来ないけど、私は開架が天才だと知っている―――みたいな?」
いつも皮肉でもなんでも堂々という彼女にしては、珍しく煮え切らない口調だった。
「ふーん。でも姉さんは認めているんだろ?」
だけど、彼女は首を横に振った。
「私一人が認めてもダメなのよ。
公式って言うのは世間の考え、私一人が認めても意味がないわ」
やや困った笑顔で、どこか自嘲気味に話し続ける。
「だけど私は、開架のそういうところが気に入ったんだけどね」
この言葉だけは、いつもの彼女のように堂々といった。
7
「で、さっきから何してんの?」
いまだに、携帯端末をいじっている姉さんを見る。
どうも、ロクなことでもなさそうだ。
「あぁこれ?開架のショタボイスを着メロに編集してみましたー!」
「やめてください」
姉さんの十年で変わったことは、変人具合に拍車がかかった、ということを加筆しなければ。
「えっ?なんで?素敵じゃない」
「素敵じゃない。いいから、早く消せよ!」
「うるさいわねぇ。それより、時間。大丈夫?」
時計を見ると、いつもの登校時間から10分は過ぎていた。
「うわぁああっ!朝から頭使う話振ってくんなよ、姉さん!」
聞く耳持たず。もう姉さんはキーボードにかじりついてる。
「ちょっとぉ、私だけの責任じゃないでしょ。朝から過去に浸っていた奴が何を言っているのかしら。気持ち悪ぅ」
「そのネタ振りも姉さんだろうが!」
制服のネクタイだの、授業の準備などで手間取る。
「大声出さないでよー。他のデスクに聞こえるでしょー」
と、自分の心配をしている。無責任だなぁ。
キーボードを打ちながら、またも無責任に事務連絡をしてきた。
「あー、そういえば、近々そっちに顔出すから」
「?別にこっちは問題ないけど」
「別に、開架に用事はないわよ。自分のため」
久々にこの言葉を聞いた気がする。やっぱり、いつ聞いてもムカつくな。
家を出ようと、姉さんの映るパッドを持ち上げると―――。
「あ、でもご飯は作っててよね。期待してるから」
なんて、都合のいいことをぬかしてきた。
「その代わり、着メロは消しとけよな」
苦笑いをして、通話を切った。
ガレージから、開花特別改造マウンテンバイクを引っ張り出す。
「やっぱり、嫌な奴」
独り言をつぶやいて、家を後にした。
チャリで10分、この改造自転車なら7分くらい。すこし小高いところに鎮座する我が母校。東京都市付属分校が見えてきた。
一般の高校よりもふたまわりは大きいが、これでも分校というのが驚きだ。
―――でも、まぁ、規模の大きさという以外に特に目立つところはなく他は普通の高校だ。
しかしやっぱり、普通の高校。遅刻はどこでも遅刻、懲罰の対象になるのが世の教育機関のことわりなのだ。家を出たのがホームルーム五分前、間に合うはずもなく懲罰対象と相成った。
授業を全てスルーし、反省文を済ませる。この反省文がやたらに長く、原稿用紙三枚分。授業時間を潰す、この反省文は学力の低下になってしまうので悪循環だと思うのだが、昔からの学校の方針で変更が効かない。
反省文を書き上げた時には、昼休み。基本昼休みは自由行動の我が校だ。クラスの各々はお決まりのグループに集まったり、学食なんかに移動している。
ちなみに俺は弁当派。唯一の家族の姉さんはほとんど家を空けているので、基本自分で作ることになる。そもそもあの人に料理なんてイメージが湧かない。
鞄から、弁当を取り出す―――
「―――あ」
忘れた。そういえば、朝から姉さんと話し込んでしまい作るのを忘れてしまった。どこまでも迷惑な姉だ。
基本あまり学校では使わない財布を取り出して学食に向かう。
「ここの学食、あんまり美味くないんだよなぁ」
でもまぁ、食べないなら食べないで午後がキツいので行くしかない。
学食までの廊下、後ろから声をかけられた。
「あれ?猫目くん、今日は学食?」
声の主は同じクラスの女子生徒、簪イナだった。後ろにまとめた髪の毛が活発さを印象させるが、そんな見た目に対して落ち着きのある奴だ。そんなギャップからか、クラスでは割と人気があったりする。
「やぁ、簪さん。今日は作る暇がなくてね」
「へぇ、いつも自分で作ってるの?」
自炊に興味が湧いたのか、やや前に乗り出して聞いてくる。
「たいした物は作ってないよ、冷食ばっかだって」
「いやぁ、でも珍しいと思うよ。男子だったら特に」
「家に作るやつなんていないからねぇ。学食だって毎日じゃ厳しいし」
積み重ねてあるトレイを取って列に並ぶ。バイキング式と言えば聞こえはいいのだが、メニューのどれもが健康志向の物ばかりで学生には不人気だ。
「一人暮らしなの?猫目くんって」
同じくトレイを持って、彼女は後ろに並んでいる。
「ほぼ一人暮らしかな。たまに姉さんが帰ってくる」
「猫目くん、お姉さんいるんだ」
「あんまし良い姉じゃないけどね…今日なんか姉さんのせいで弁当作れなかったんだし」
適当に、『今日のオススメ』と書かれた皿を乗せていく。彼女は彼女で、なんかこう、バランスよくとっている。この学食に慣れているようだ。
「朝からお姉さんと何かあったの?」
何かあった、と言うと微妙なところだ。中身のあるようでないような話しだし。
「あぁ、朝からテレビ電話なんかをよこしてきてね。なぜか人間の人となり、みたいな話しになって話し込んでたら遅刻した」
俺の遅刻した姿を思い出したのか、「あぁ」などといって笑っている。
「朝からヘビーだねぇ。面白そうだね、猫目くんのお姉さん」
「面白いもんか。話のほとんどがこっちを馬鹿にした感じだよ」
会計を済ませて適当なテーブルに着いた。するとなぜか向かい側に彼女も座って着た。
「へ?」
なんで?みたいな顔をしていたのだろうか、彼女は答えた。
「え?ダメだった?」
「ダメじゃないけど、どして?」
ダメじゃないけど、こう、向かい合って女子と昼食を食べるというのは気まずいものがある。
「そのお姉さんの話し、もっと聞きたいなぁって」
「別に、面白くもなんともないただの変人だって」
二人、昼食を食べながら今朝あったことを話した。かなり姉さんの変人さを抑えながら。
「公式、非公式ねぇ…」
そんなことを呟いて、彼女はなにやら考え込んでしまった。
「いやいや、別にそう難しい話じゃないさ。昔からなんでもかんでも難しく言う癖があるからさ、姉さんは」
「でも、そういう考え方―――と言うか思考形式っていうのかな。お姉さんやっぱり面白そう」
ニヤニヤして、彼女はなにやらそれっぽく言った。
「思考形式って…別にそんなたいした考えはあの人にはないさ。回りくどく言って相手の反応を楽しんでる節があるんだよ」
「でもさ、即興でそれだけ言える人もそう多くはないでしょ」
「即興でそんなことを言うから質が悪いんだ」
話の中で、どこか姉さんを彼女は気に入ってしまったようだ。悲観する俺にまだ姉さんの話を振ってくる。
「しかしまぁ、そう堂々と自分は天才だと言えるなんてさ、そういうのが天才っぽさが出てるわよね」
「俺からしたら変人の他、何者でもない」
「またぁ」、なんて言って紙コップのお茶をすすっている。
そんな彼女に呆れたのか、こんなことを呟いていた。
「―――でもまぁ、天才、変人。公式、非公式だけで人のことは表せないか」
「お、詩人だねぇ」
かなりクサイことを言ってしまったらしい。彼女に指を指されて冷やかされる。
「あー、今のなしで」
「無理デース」
黒歴史とはこういうことを言うのだと、身をもって体験した。
「それでさ―――」
紙コップをトラッシュボックスに放り込みながら、返事をする。
「なに?簪さん」
「猫目くんのお姉さんの仕事って何してるのかな?」
結局昼休みいっぱい、姉さんの話をしていた気がする。特に隠すこともないので話した。いや、詳しくは俺も知らないんだけど。
「よくは知らないけど、東京の方で研究者みたいなことしてたと思うよ」
一瞬、彼女の表情が曇った気がした。
「へー、やっぱり面白そうだね。猫目くんのお姉さん」
やや小走りで、彼女は学食を後にする。
「―――ほら、5時限目始まるよ」
振り返る彼女の顔はどこか艶やかだった。
次回までに、キーパーソン。テトラを出していければいいと思い、頑張っていきます。