アバンタイトル
1
「――――はぁ…」
7月、東京都市付属高校、学生寮地区、付属高校特別寮。
私は、ここの最上階―――404号室の前に来ていた。
ここに来るといつも、感嘆でも感動でもない、悲観としてのため息をついてしまう。
理由というと、かなり長くなる話なのだが、簡単に言ってしまえばここの住人、猫目開架と私、猫目キリカとの関係がちょっとアレなのだ。―――なんだか、あいつのことを考えるとイラッとしてきた。
まぁ、今から会うのに、もうイライラしていても始まらない。
私は八つ当たりがわりに、猫目開架と刻まれたネームプレートをパシリと指で弾いた。
部屋に入るやいなや、やたらに広い室内全体を装飾しているアンティーク調の室内が目に飛び込んでくる。
べつに、アンティーク自体に私は興味も感慨もないけど、こう華やか過ぎると、つい、おののいてしまう。
「装飾過多でしょ…これは…」
つい、独り言を言ってしまう。
ここは、付属高校の特別寮。それも最上階のワンフロア使った大部屋だ。華美なのはわかるけど、これをただの学生に与える高校って、いったい…。
なんて、考えるだけ無駄なことを考えて、奥の部屋へ進んでいく。
部屋に入ると、この部屋がやけに似合わない男が話しかけてきた。
「やぁ、来たね」
「呼んだのはアンタでしょ、開架」
まあね、なんて言って、これまたアンティーク調のカップに注がれた紅茶をすすっていた―――だから、似合ってないって。
また少し、イライラしてきたところに、抑揚の少ない透き通る声の銀髪の美少女、テトラが訪ねてきた。
「キリカさん、紅茶は飲みますか?」
「んー、いやアイスティーにしてよ、今日は暑かった」
「わかりました」
このテトラという少女もまた、開架との訳あり。というか猫目開架にとっての事の発端である。
私が彼女と出会ってから二ヶ月。私からみた彼女というものはどうも不思議な感じだ。
なんというか、彼女はひどく事務的なのだ。簡単に事務的という言葉を持ってきてはみたけど、これもどうも違う。事務的というほど無感情でもないし、かと言って、事務的というほど打算的にものを考えるようなやつじゃあない。
一言で言えば、そう…感情のあるロボットみたいな感じか。よく考えてみると、ロボットというのは言い得て妙か。
これが、私が二ヶ月間でテトラに抱いた感想である。
逆に、彼女と私に深く関わっている男、猫目開架はひどく打算的なやつだ。と言うか、計算高い男だ。
相手の全ての行動を予測してくるこいつは気味が悪い。細胞レベルまで同格のこの私でさえ、行動が読めなかった
たぶん、なにか別のものがこいつにはあるのだろう。本人もそれが何か理解はしてないみたいだが。
猫目開架に関しては、一言で言い表すのは無理だ。私も私でこいつを理解できるほど、まだ信用してはいないのだから。
考え込んでいる間に、アイスティーは出来上がっていたようだ。目の前にはコースターに乗って、結露をにじませているアイスティーがあった。
ポーションミルクを垂らして、グラスの中でゆっくりと広がる姿をソファに沈み込んで眺めながら、今回の招集の内容をきいた。
「で?今日はなんの用事よ」
「そうそう、今日は客人を呼んでるから。それが用事」
はあ?答えになってないよ。それ。
「だから、その用事の内容だって」
「ええと、それも兼ねての今日の招集かな」
「へぇ、今回はそれだけ込み入った案件なの?」
おそらく、メールで説明するより話したほうが効率がいいのだろう。
「込み入った、と言うより今の俺らの現状に関係するのかな」
「今の現状、―――ってことは、例の辻斬り事件か」
辻斬り事件、これは三ヶ月前から今もなお続いている東京都市付属高校内の猟奇殺人のことだ。
高校内といっても、そもそも東京都をまるまる教育機関に作りかえてできた、ここ東京都付属高校のその広さは町といって変わりない。
そんなところで起こる事件なんて、冷めたことを言えば当たり前なことだけど、その中の一つである、この猟奇殺人に関しては別だ。
注目すべきは一点、その関連性だ。詳しくは知らないけど、開架いわく、テトラに関連した殺人らしい。
「てことは、今日はその辻斬りの犯人と開架、それにテトラと私の関係の説明ってこと?」
「お、察しがいいね」
あんまりにも軽く言うので、鼻で笑ってしまう。
「はっ、そりゃあね。いい加減私も聞きたかったしさ。
そもそも、なんにも聞いてない。…ほら、早く話しなよ」
いまだもって、まだ自分の現状を理解できていない。だからか、つい急かしてしまう。
「どこから話したものか、ね」
ね、のタイミングでこちらを見てくる。
「面倒くさいなぁ、もう。―――ほら、じゃあこっちから質問するから開架はそれに答えてよ」
そう言うと、開架はうなずいて「それは、いいな。効率的だ」なんて言う。
「じゃあ、そうだな。―――開架とテトラの関係ってなんなの?」
アイスティーの氷を指で回して、口をつけながら私はそういった。
時計を横目で見ると、丁度四時。グラスを置くついでに開架の方を睨むと、同じように時計をみていた。
2
「―――開架とテトラの関係ってなんなの?」
と、彼女は気だるげに聞いてきた。
「少し長くなるけどいいか?」
今から話すのは、俺らが調べている”辻斬り事件“の基盤になる話だ。事件が起こり始めてから今日までの、三ヶ月間のことをまとめて話すので、一応彼女に聞いてみた。
「私はいいけど…、まずそのお客はいつくるんだよ」
今日はそれも考えて彼女に招集をかけたのだ。
「話が終わる頃には」
そう答えると彼女はソファに仰け反って、「だから…それ、答えになってないって」なんて言う。
「二時間後くらいかな。一応六時に来てくれって言ってきた」
「そんなんで、すっぽかされないのか」
いまだに仰け反りながら、彼女はそう言った。
「いや、彼女が会いたがっている。むしろ今までの三ヶ月間探し回っていたみたいだ」
「彼女?女なのか、来るのは」
「うん」
「ふーん、三ヶ月も探し回ってたのか。気味が悪いな、それ」
「気味が悪いって…さすがに言い過ぎだろ、それは」
「いやいやいや、気味悪いだろ。お前なんかに用があるなら、それはよっぽどな恨みがあるのか、ただのメンヘラの可哀想な娘でしょ」
相変わらず彼女の言葉の選ばなさはひどいなぁ、辛辣ささえある。彼女のほうがよっぽどな精神疾患者だろうに。
アイスティーをストローも使わず、ぐっと飲み干して彼女は話を続ける。
「三ヶ月ってことは、辻斬りが始まってからすぐか?」
「いや、なんというか。同時進行とでも言っておこうかな」
「なにそれ。今日来るその女って、辻斬りが始まるのを最初から知ってたのか」
「うーん…知ってるっていうよりも…」
はにかみながら、そう言うと彼女は何か察したようだ。
彼女は、首を起こして呆れ顔をこちらに向け、
「―――まさか、なあ」
こちらも、その呆れ顔をみながら、
「そのまさか、ねえ。
だから、今日の客人は俺らに関係しているんだ。
―――さあて、話そうか。この三ヶ月間に俺らに起こった顛末を」
気合を入れて、物語調にこう言うと、「あー、はい。乙乙」と、またもや気だるげに、ソファの背もたれに後頭部を埋めた。