第2話:思考と視界と死
少し開いたドアは、押せば開く軽いドアで、風が強い日や、誰かが通っただけでも揺れるようなドアだった。
「中野くん」
俺の名前に聞き覚えのある声。
「北川さん?」
持っていたデッキブラシでドアを押すと、そこには北川さんが血だらけで立っていた。
「だ、大丈夫ですか?」
デッキブラシを置いて駆け寄ったのが失敗だった。
よく見ると北川さんの右手には血で染まったナイフが見え、左手には女の人が襟元を掴まれ、血だらけでぐったりとしていた。
俺が全てを理解したと確信したのだろう。
持っていたナイフが俺の顔面を切り裂いた。
頭から左目に真っ直ぐ振り下ろされたナイフは、俺に致死量の血を確実にさせた。
「うぐがあぁあぁぁ」
言葉にならない痛み。
両手で押さえるけれど、血は止まらない。視力を失なった目から温かい血と涙が溢れる。
よたついた揚げ句、自分から溢れ出た血で滑ってしりもちを付いてしまった。
北川さんは半笑いで俺に歩み寄ると、ナイフ持ち替えた。
それはめった刺しをイメージさせる持ちかたで、北川さんは腕を持ち上げた。
「止めて!!」
俺の声も空しく、抵抗を試みた右手ごと心臓にナイフは突き立てられた。
「げべぅえぇんぅぅ」
やはり言葉に出来ない。
この痛みは永遠に感じることは出来ないだろう。
俺はそのまま動けなくなった。
頭ごとごとりと落ちた俺は、その後の北川さんを見続けた。
血だらけになった上着を脱ぎ、いつからしていたのかゴム手袋を取り外し、履いていたスニーカーの底を外し、持って来たのと付け替えた。
そして新しい上着に着替え、窓を開けると、ペットボトルの注ぎ口側を切り取った不思議な形の物を二つ取り出し、上着、ゴム手袋、靴の底、ナイフを二つに平等に詰めるとガムテープで封をした。
窓の外は川になっていた。北川さんは楽しそうに鼻歌を口ずさみながら作業を続けた。
おももろにハンカチを広げ、顔に手をやると、顔にひびが入った。
ぼろぼろと零れる能面は、顔にかかった血を吸い取り汚い色になっていた。
あ、意識が無くなる。
自分でも分かる。全てが動かなくなっている体。
俺死ぬんだな。
ハンカチの上に能面を落としていく北川さん。
昔に殺された名も分からないお客さん。
今の息絶えようとしている俺。
最後に北川さんの素顔を見ようと目を凝らしながら俺は息絶えた。