5
そして現在。僕も彼女も何とか無事就職することができ、学生の頃のように会えることは減った。彼女は基本的に愚痴らしい愚痴は言わない人で、メールや電話、たまに会った時も、楽しい会話以外はあまりしないようにしているようだった。本当は辛いことも嫌なこともたくさんあるだろうに、それを隠すのだ。
しかし仕事を楽しんでいることに嘘はないようで、充実した毎日を送っている印象を僕は持っていました。僕もそれは一緒で、仕事はそこそこ楽しいと思えるようになってきていたところでした。
「早く着いちゃったか」
待ち合わせ時間より30分程早く着き、車から降りて待つことにしました。場所はあの日、僕が逃げ込んだ公園でした。こんなところに呼び出されて、僕は更にフラれるであろう未来がいっそう怖くなりました。
そんな時、携帯が鳴りました。僕はビクリとして恐る恐る携帯の画面を見ると、懐かしい名前が表示されていました。篤でした。
「はい」
「よお、久しぶり」
「うん。卒業以来だな」
「仕事どうよ?」
「そこそこ。お前は?ヒモやってんの?」
「そうそう元気に楽しくヒモを~…ってバカ、んなわけねーだろ!」
「ははは、冗談冗談。」
「俺結婚するから」
「は?」
「一生一緒に居たい女見つけちった」
「軽っ」
「まーまー、そう言うなよ、本気なんだからさ」
「お前がねぇ…何?どんな人?」
「いい女」
「わからん」
「俺が初めて好きになった女。そう言ったらわかるか?」
「…まぁ少なくとも、お前にとってはとびきりのいい女なんだろうなってことはわかった」
「俺、あいつのこと玩具だなんて思ってないんだぜ?」
「それが普通の人ってもんだろうよ」
「お前やっぱすげーな。その通り、あいつは俺のこと人にしてくれたんだ」
「!」
その時、篤が変わったことが一瞬でわかりました。彼はもう僕の知っている彼ではなくなっていたのです。
「俺、お前のこと別に好きでも何でもねぇって思ってたはずなんだけど、お前の顔浮かんだんだ、だから電話した。」
「…僕も、今の今までお前のことなんか忘れてたけど、お前と話してるとやっぱ落ち着く」
「キモいな俺ら」
「本当にな」
「じゃあな親友」
「きめぇ」
僕がそういうと、笑いながら改めて『じゃあな』と言い、篤は電話を切りました。
僕は独り言を言いました。
「RPG…クリア」
これがゲームの結末でした。人は、変わる。良くも悪くも。
僕は、あの頃に比べて変わったでしょうか?昔より、怖いものは減ったような気がしています。自信も少し着いた気がしています。大人になれたはずなのです。でなければ今こうしてのこのこ彼女にフラれるために嫌な思い出の場所になど来れてはいないでしょう。
そろそろ彼女をあちらに帰してあげなければいけない。僕を見つけさえしなければ彼女は日向で幸せに生きていけていたのです。彼女は自由な人なのです。どこへでもいける人なのです。日向に居ることを彼女は望んでいました。きっとようやく望みが叶ったのでしょう。
裏切りは怖い、僕はそう思っていました。今も思ってます。
しかし、愛というやつでしょうか、彼女が幸せで居られる場所に行って欲しいと、今の僕は他のどんな感情より先に思うのです。
そんなことを考える自分を疑いましたが、どうやら本当のようで、その時僕は自分のことを少し誇らしく思えたのです。
本当によく似ているなと篤のことをまた思い出して、少し吹き出し、思いました。
『僕も、彼女に人にしてもらえたんだ』
と、そう思った瞬間、いきなり涙がこぼれてきました。焦って僕は涙を袖でごしごしと拭いました。その時
「慶?」
「…波?」
いつの間にか待ち合わせの時間になっていました。彼女は僕が泣いていることには気付いてないようで、不思議そうに僕の方を見ていました。光の弱い電灯に助けられました。
「どうかしたの?うつむいて…」
「いや、目がかゆくてさ」
我ながら下手くそな嘘だなと思いました。が、気を使ってか天然か、彼女はそれ以上その話には触れず、あの日のように僕の隣のブランコに座りました。