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あれから、数週間が経ちました。彼女は日向で笑っています。僕はそれを見て、寂しい気持ちと共に安堵していました。彼女が楽しそうにしていることが嬉しいのではありません。僕が傷付かなくてよかったと安心しているのです。あの日腐っている自分に気付いた僕は、自分の醜さを正直に認めれる正真正銘のクズになっていました。
「よお」
腐った人間には腐った奴が寄ってくるようです。篤が久しぶりにサークルに顔を出しに来ました。
「もう来ないのかと思ったよ」
「それはこっちのセリフだろ?よく避けてる女が居るトコにのこのこ来れるなお前」
「お前こそ、よく未だに女遊び続けれるよな」
「寄ってくるんだから仕方ないだろ」
「あっそ」
篤は相変わらず女遊びを続けている。この時僕はもはや篤の女遊びはRPGだと思うようになっていた。篤は魔王、それを倒しに来る勇者が女たちだ。我ながらひどい考えだと思った。
しかしこのゲームはどうなることがクリアになるのだろうか?それはわからないままだった。
僕は死んだようなまま日々を過ごしていた。ぼんやりと時々考えることは、『彼女に別れを告げなければ。』だった。それが出来ないまま、周囲から聞こえる声の中に『自然消滅』という言葉があった。おそらく彼女は日向の連中たちに今の僕たちの関係を問いただされただろう、そして彼女は『別れてない』と言ったんだろう。でも僕がこんなんだから、周りはそんな噂を立てているんだろうなぁ、なんて妄想していた。
「今日、部室残ってね」
ぼんやりと席に座って本を読んでいた僕の前に、彼女が突然現れて、そう言った。
彼女は僕が返事をする前に、その場から立ち去った。向こうから告げられる、そう思った。
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誰も居なくなり、僕たち2人だけになった部室は、とても静かだった。天文サークルの部室は他の棟から少し離れた位置に建てられていて、今は僕たち以外使う者はあまりいなかった。
僕も彼女も離れた位置に座っていて、お互いの顔は見えない状態だった。ただ、僕の方が彼女より後方に座っていたため、彼女の表情以外の行動は確認することが出来た。にも関わらず、僕は突然立ち上がり少し怒ったような表情をしながらこちらに歩いてくる彼女を見て、恐いと思ったくせになんの抵抗もせず、抱きしめられてしまったのだ。
「え…?あ、え…っと、何?どした?」
僕は何が起こったのか一瞬わからずパニックになりながら彼女に聞いた。
「慶は言葉を信じないでしょう?」
「え…」
「私の言葉だって…あざ笑うでしょう…?だから態度で示してみたの」
「…」
そう言って彼女はゆっくりと、僕から離れた。恐る恐る見た彼女の目には、溢れる寸前の涙がたまっていた。それを見た僕は息を吹き返したのだ。
僕は離れた彼女が残していた手を強く引っ張り、無言で彼女を引き寄せ、抱きしめた。
彼女はその瞬間、ためていた涙をたくさんこぼした。そしてこう言った。
「ダメだね…言葉で言えば、早いのに、伝わるはずなのに…」
「僕が悪いんだ…許さなくて、いいから…ごめん…ごめん…」
彼女もまた、勇者でした。でも、かなり不完全であるとも感じました。僕よりはもちろん性能がいいのは確かですが、通ずるものが確かにある。と、感じました…僕たちは不完全なのです。
僕は彼女と、誰かに謝りました。その誰かが神様なのか、日向のあいつらになのか、彼女の両親や彼女を取り巻く何かなのか、全く持ってわかりませんでしたが、心の底から謝りました。
この人は、少なくとも今、僕を愛しています。僕を想い、この今に至るまでどれ程悩み苦しみ涙を流したことでしょうか?僕は彼女をここにおいてはいけないのに、彼女を突き放すことも出来ず、受け入れることも出来ず、ただひたすら傷付けていたのです。
ごめんなさい、ごめんなさい、彼女に愛されてごめんなさい。
彼女を愛してしまってごめんなさい。
自分が可愛くてごめんなさい、勇気がなくてごめんなさい、それでも変わることが出来なかったその時は…
本当に、ごめんなさい。
こうして僕たちは、再び一緒に居る日々を、重ねた。