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初めまして ?

 『さんふらわぁ』

 土手を途中で下りて、横道に入った下町の商店街。その商店街をしばらく歩いて行くと、大きな向日葵のイラストが描かれた看板が見えてきた。向日葵バックの看板の中央には、ひらがなで『さんふらわぁ』と書かれている。

「ここだよ」

 翔は、じっと看板を見上げているボクにそう言うと、自動ドアを踏んで中に入っていく。あ、待って! ボクも慌てて翔の後に続く。ボクの体重じゃ自動ドアは開かないからね。 中に入った途端、香ばしくて甘い香りが漂ってきた。頭上には棚が並び、色んな種類のパンが置かれていた。さっきコロッケを食べたばかりなのに、ボクのお腹はまた空いてきて、ヨダレがこぼれそうになる。あっ、焼きたてウィンナがパンの上に乗ってる! いちごジャムの美味しそうな香りもしてくるなぁ〜。ボクはキョロキョロしながら、首を伸ばして上を見上げる。

 そうかぁ、翔の家はパン屋さんなんだね。

「翔! お店から入っちゃダメでしょ──」

 突然、奥の方から女の人の声がした。

「あっ! 猫! 野良猫が入ってるよ!」

 エプロンをつけたおばさんが、手を上げて叫びながら駆けてくる。ウヒャ、恐い。ボクは身をすくめた。

「母さん、この子拾ってきたんだ。飼っていいでしょ?」

「拾ってきた?……」

 翔のお母さんは振り上げていた手を下ろし、ボクの真上に来てジロジロとボクを見下ろす。

「桃子が犬か猫飼いたいって言ってたよね。父さんに言ったら飼っても良いって言ってたし……」

 翔は上目遣いにお母さんを見ながら、ポリポリと頭をかいた。

「ねえ、父さん! 猫飼っていいでしょ?」

 翔はお母さんから視線をずらし、店の奥に向かって声をあげた。

「何? 猫だって?」

 しばらくして、白い帽子をかぶった翔のお父さんが出てきた。翔の目をもっとたれ目にした優しそうなおじさんだった。

「おお、黒猫か。おいで、おいで」

 おじさんは、ボクの姿を見つけたとたん満面笑顔になった。手招きするおじさんの方に、ボクは甘えた声を出して近寄って行く。のどをゴロゴロ鳴らして、おじさんの足に体をすりつける。おじさんは猫好きみたい。思いっきり甘えて愛想よくしとかなきゃ!

「あなた! 触っちゃダメよ!」

 横からおばさんの大きな声がした。おじさんは、慌てて手を引っ込める。おじさんに飛びつこうとしたボクは、カクッと前につんのめる。

「素手で猫に触っちゃダメでしょ。パン作ってるんだから」

 床に倒れたボクに冷たい視線を送りながら、おばさんは言った。

「あぁ……そうだったな」

 おじさんは少し残念そうだ。翔が、おじさんの代わりにボクを抱き上げてくれた。

「良いでしょ? 世話は僕と桃子がするよ」

 ボクを胸に抱いて翔が言う。

「良いんじゃないかい?」

 おじさんは、おばさんの顔色をうかがいながら言った。

「……そうねぇ」

 おばさんは思案顔でフーと息を吐き、ボクの顔をじっと見つめる。と、その時、お店の自動ドアがブーンと音を立てて開いた。

「ただいま〜!」

 それと同時に、賑やかな明るい声がお店に響き、ゴロゴロという大きな音と人の歩く足音が聞こえてきた。振り返って見ると、そこには赤い縁の眼鏡をかけた白髪のおばあちゃんと髪の長い若い女の人と、中学生くらいのおさげ髪の女の子が立っていた。

「母さん、お帰り。ヨーロッパ旅行はどうだった?」

 翔の父さんは、白髪のおばあちゃんに聞く。彼女は、翔のお祖母ちゃんのようだ。

「最高に楽しかったよ! 近いうちにまた行くつもりさ」

「夏休みに行こうよ! 桃も行きたいな」

 大きなスーツケースをゴロゴロ引いていた女の子が言った。

「私もお供するわ。今年は夏休みとれそうだし」

 茶色い髪の若いお姉さんも言う。

「あ、ノラ、僕の家族が揃ったから自己紹介するね」

 急に人間が増えてキョトンとしていた僕に、突然翔が言った。

「え〜と、こっちが僕のお祖母ちゃん、京子ばあちゃん。それから、お父さんの豊にお母さんの久美子。お姉ちゃんの茉莉子に妹の桃子。茉莉子姉ちゃんはOL二年目で、妹の桃子は中学一年」

「……ちょっと、翔。猫に自己紹介なんかして、この猫分かってるの?」

 茉莉子姉ちゃんは、チラッと横目で翔を見る。普通の猫には分からなくても、ボクには分かるんだよね。ま、ちょっと五人の名前をいっぺんに覚えるのは、自信ないけどね。ボクは茉莉子姉ちゃんに頷いて見せるけど、彼女は気付かなかったみたいだ。

「おやおや、かわいい猫ちゃんねぇ」

 京子お祖母ちゃんは、ボクの方に近寄って来て、ジーッとボクの顔を見た。そして、ボクの頭をなでなでする。お祖母ちゃんも猫好きみたいだ。よし! もっとかわいいとこ見せとかなきゃ。ボクは喉をゴロゴロ鳴らし、ニャ〜ンと飛びきり甘えた声を出した。

 京子ばあちゃんのたれ目が、もっと下がって細くなる。お祖母ちゃんも翔と同じくたれ目だ。親子三代たれ目の家系みたい。

「名前は何て言うの?」

「う〜ん、一応ノラって呼んでた」

 と翔。

「ノラじゃちょっとねぇ……」

 京子ばあちゃんは、ボクの黒い毛を撫でながら考える。

「品が良くておしゃれな猫じゃないかい」

 ボクは何も着ていないんだけど……お洒落なのかな?

「パリの雰囲気がするねぇ」

 パリ?……。あ、京子ばあちゃん、ヨーロッパ帰りなのか。

「そうだ、パリのギャルソンに素敵な青年がいたんだよ」

 京子お祖母ちゃんは、旅を回想するかのように、楽しそうにニコニコと笑う。

「確かフランソワって言ってたっけ……あんたの名前もフランソワにしようかね。うん、決まり、今日からお前はフランソワだよ!」

 半ば強引に、京子ばあちゃんはボクの名前を決定した。

 フランソワ……ボクってフランス猫? ま、いいか、名前なんてなんだって。と言うわけで、ボクの名前は、クロからノラ、そして、フランソワへと変わった!

そして、フランソワという名前がついた瞬間、ボクは榎本家の家族の一員となった。お母さんの久美子さんは、ちょっと不服そうな顔してたけど……そのうち仲良くなれるかな?

 ボクは野良猫やめました。今日からボクは、榎本フランソワです! 宜しく。




 

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