終-2
洞窟の中はパニックになっていた。逃げ惑う大小様々なゴブリン達。オークやジャイアントの姿は無かった。
「作戦は失敗かもしれないな」
「うむ。作戦を若干変える必要がありそうだ」
「どうする?」
「親玉を探そう」
「よし。悪魔だったな」
ケインは周りをきょろきょろと見回す。広い空間が奥へと続いており、そこかしこに枝道が見える。枝道はエクリオスでは入れそうにない広さのものが多い。
「エクリオスで行けるとこまで行ってみるか」
「うむ」
ケインはライトを点けた。光が洞窟を照らす。
「行くぜ」
エクリオスは闇に向かって歩き出す。
「いやあ、見事な大穴だった」
「すごかったのよ?こう、ギューンって、バーンって」
ブランにお茶を出したミレーニュは、身振り手振りで説明する。
本を抱えたターニャはそんなミレーニュを見てくすりと笑う。ターニャがここにいるのはもちろん、ケイン達の帰還の手がかりになる物を探す為である。彼らが自分達の為に戦ってくれている。それならば自分は彼らの為に出来る事を精一杯やろう。ターニャはそう強く思っていた。
「それで思い出したがあの時の、ケインがミレーニュに謝ってる姿ときたら本当に……」
くっくっくっとブランは笑った。
「ちょっと、ブラン?あなたのせいでしょ。ひどいじゃない、子供を騙すなんて」
「いやあ、俺は本当にそう思ってて、親切に忠告したつもりだったんだがなあ」
「違うわよ。私が大切にしてるのはあの部屋じゃなくて……」
ミレーニュの言葉はそこで途切れた。ブランも続きを促そうとはしない。
「魔方陣?」
ターニャが口を挟んでしまった。
「え?え、ええ、まあ、そうね……」
ミレーニュは口ごもりながら、何故かブランを見た。
「四〇〇年前はあの魔方陣を使って魔神を召喚出来たんだよね……」
ブランもミレーニュを見た。
二人は思い出していた。あの戦いを。勝利に導いたあの男を。
狭くなっていく洞窟。
エクリオスが身を縮めだし、法男がそろそろ単独行かと思い始めた時、急に広い場所に出た。上から太陽の日差しが差し込む。見上げると天井が無かった。どうやら火口のような場所らしい。そして、入って来た所以外に出口は無かった。
そこに、いた。
巨大な翼を持つ竜。それにもたれ掛かるように寝そべる巨大なゴブリン。少し離れて座り込んでいる真っ黒いエルフ。
その、三つの存在は眠りこけていた。
法男はケインを見る。頷くケイン。法男はエクリオスを降りていく。
地面に着いた時、闇色のエルフが目を覚ました。
彼は目に写る法男とエクリオスを認識し、ニタリと笑った。
「ほう……?お前らが異界の人間か。これはこれは」
「お前が悪魔か!?」
ケインが叫ぶ。アーメスは視線をコックピットに上げた。
「おや、そっちが本体か。違うよ、かわいい戦士さん。私はただのエルフだよ」
ケインの声に残りの二体も目を覚ました。メドーシュは大きく伸びをし、ワイバーンは大きな欠伸をした。
「うーん……良い朝だ」
「メドーシュ、もう昼を過ぎているようだ。お客さんも来ている」
「ほう?珍しい。何の用だ?」
メドーシュは二人を、エクリオスを見ても動じない。
「悪魔を探しているらしい」
「へえ……」
メドーシュは笑う。
「知っているのか!?」
再び問うケイン。
「……知っているんだろ、アーメス。どこにいるのか教えてやれよ」
「ふふ……、ここにいるよ」
「何!」
ケインはエクリオスの左腕を上げ、周りを見回す。もちろん、他には何者もいない。
「騙したな!」
レイル・ガンの照準を笑っているアーメスに合わせた。
「聞きたい事がある」
それまで黙って成り行きを見つめていた法男が口を開く。
「……何だ?」
「そこの魔物の額にある模様は誰が付けた?」
アーメスの目がすうっと細くなる。メドーシュがすうーっと静かに息を吸う。
「……私だ」
抜刀した法男が一気に距離をつめる。アーメスに迫った法男にメドーシュの拳が唸りを上げて襲い掛かる。躱す法男。レイル・ガンが発射された。風が巻き起こる。ワイバーンが巨大な翼で二人を庇っていた。翼には傷一つついていなかった。
「君達は悪魔に用があるのだろう?」
アーメスはまだ笑っていた。
「彼なら君達の後ろにいるのに」
「騙されないぞ!」
ケインが叫ぶと同時に背後から爆発音。モニターには唯一の出口が塞がっていく様子が映し出されていた。
「……ちいっ」
ちょっぴり焦ったケインはレイル・ガンを乱射した。アーメスとメドーシュは躱しながらワイバーンの背に乗る。近づこうとする法男をワイバーンの爪と尻尾が邪魔していた。
凄まじい風圧と共にワイバーンは浮かび上がる。
「お客様のお相手をしてあげたかったのだが、我々にはする事があるので失礼するよ」
「客人!まあ、そこでゆっくりしていってくれ!」
上昇していくワイバーンにケインはレイル・ガンを発射するが撃ち落とす事は出来なかった。
「くそ!」
ケインは崩れた出口を見た。左腕を構える。
「法男!急いで追い掛けるぞ!」
頷く法男。レイル・ガンが発射された。
激しい音を立てて崩れていく周りの壁。出口はさらに固く閉ざされてしまった。
地道な作業が続く。石を一つ一つ取り除いていく法男とエクリオス。
「あのエルフが悪魔だったのかな、黒かったし」
「お前の世界の悪魔は黒いのか」
「そうそう。黒くてつるつるピカピカしてる。ま、想像の中の存在だけどな」
「ふむ。俺の世界の悪魔も空想上の産物だな。蝙蝠のような羽があったり緑色をしていたり動物だったり。形はいろいろらしい」
「それなら僕はそっちの子の世界の悪魔に近いって事だね」
全身が総毛立つ。この世ならぬ邪悪。精神を凍らせる原初の恐怖が二人を襲う。
法男は振り向く。そこには朧な影が。背中を冷たい物がつたう。
ケインは後部のモニターを見た。何も写ってない。慎重にゆっくりとエクリオスを反転させる。そこにいるものを刺激したくなかのように。そして、その目に影が写しだされる。震える膝。
「ハッ!全然つるつるピカピカじゃねえじゃねえかよ!」
レイル・ガンをその影目がけて数発撃ち込んだ。影は消え、少し向こう側に再び現れる。
「ひどいな、いきなり撃つなんて。僕らはこの世界じゃない世界から召喚された仲間じゃないか」
「何!」
「あの、エルフにか」
ケインも法男も少しづつではあるが目の前の影に対する恐怖を克服しつつあった。
「そう。あの、アーメスに」
「それで契約したんだな」
ケインは照準を合わせつつ問う。
「いや。僕ら悪魔は契約なんてしないよ。彼が面白そうだったんで協力しただけさ」
影は愉快そうに揺らめく。
「……どういう事だ?」
「いやあ、傑作なんだよ。彼は僕を召喚しといて、こんな小物しか出せないなんて、とか言いながら落ち込んでるのさ。だったら僕の世界の王様を呼び出せばいいじゃないか、と。その為の力をあげたのさ。僕の『魔』をね」
「お、お前は小物なのか」
「そうだよ。悪魔の中でも小さな力しか持ってないか弱い存在だよ。しかも、アーメスに僕の中の『魔』をほとんどあげてしまったから、ここにいる僕なんて残りかすみたいな物だよ」
ゆらり、ゆらり。
「だからね……」
影がはっきりしてくる。
「君達にも……」
真っ黒いサンショウウオが二本足で立っていた。
「僕を殺す事が出来るかもしれないね」
その体が膨らむ。顔の部分は他の所よりもさらに大きく膨張していく。瞬く間にエクリオスの倍ほどの大きさになった。巨大なオタマジャクシが二人を見下ろす。
法男はその足目がけて剣を叩きつけた。ゴムのような感触。衝撃は吸収され、剣を弾き返す。足が持ち上がる。法男は後ろに飛び退いた。
ケインはレイル・ガンを発射した。結果は法男と同じ。まったく効果が無かった。オタマジャクシの口が開いた。真っ赤な空間。そこから火の玉のような物が撃ち出されてくる。
「ちいっ!」
ケインは必死で避けようとする。しかし、エクリオスは前後の動きは俊敏でも横移動はそこまで早くない。火の玉はエクリオスの肩をかすめてしまう。そして、撃ち出された火の玉は一発ではなかった。
エクリオスの膝を破壊した。腹を穿った。腕をもいだ。
コックピットを貫いた。
叫ぶ暇もなかった。
見る影もない姿になってしまったエクリオス。
ぐらり。
倒れるかと思ったエクリオスは薄れ消えてしまった。
法男は駆ける。エクリオスが、ケインがいたその場所に。
何も、無い。
「へえ?不思議な現象だね」
悪魔の声が聞こえる。
「君達はかなり遠い世界の人間だからかな」
ケインはもう、いない。
「知ってる?召喚ってね、世界と世界をつなぐトンネルを開けるような物なんだ。とっても大変でね、たいていは近い世界に小さいトンネルを開けるのが精々なんだよ。ここからは、魔神と呼ばれる連中がいる世界とか僕らの世界ぐらいが一番近いかな。それが、四〇〇年前は短いけど巨大な穴を。今回は本当に小さなわずかな穴だけど果てしなく長いトンネルを。多分、小さ過ぎて遠過ぎたんだろうね。だから、不完全な召喚になってしまったんだろう。よく分からないんだけど、もしかするとあの子は自分の世界に帰ったのかもしれないね」
ケインは自分の世界に無事に帰ったのだろうか。
それなら。
泣く必要はないだろう。
悲しみを感じる必要はないだろう。
自分がやるべき事を果たすのみ。
「君も自分の世界に帰りなよ」
法男は飛んで避けた。自分が居た所に大穴が出来る。次々と飛んでくる火の玉。それを避けながら悪魔に近づいていく。
斬りつける。結果は変わらない。
落ちてくる巨大な足。避けると同時に剣を突き立てる。むなしく弾き返された。そこにもう片方の足が飛んでくる。法男は蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられた。
激痛。うまく体を動かせない。真っ赤な口が開いていくのが見えた。