最終話 コール・ゴッド
あの山の向こう。裂け目みたいな洞窟。詳しい座標はエクリオスに記録されてるぜ。
会議の結論は明らかだった。しかし、それを言い出す者は限られていた。賛成という意志すらほとんどの者が示す事が出来ないでいる。
「じゃあ、俺行ってくるから」
「ま、待て。一人でか?」
いかつい顔が慌てて言った。欲しい発言があったからだ。
「うん」
「いや、俺も行こう」
「えー?俺一人で十分だって」
「洞窟だったな?エクリオスが入れない場所があればどうする?」
「うっ……」
ケインが返しを見つける前に法男は言葉を続ける。
「決まりだな。俺とケインで敵本陣を攻める」
「私も行こう」
アトロスも発言してみた。
「うむ。確かにアトロス殿はとても優秀な剣士だ。しかし、あなたはただの剣ではない。ここに残り、サラティアを支えるべきだろう」
満場一致で却下された。
エクリオスの威力を目の当たりにした者はこういう意見を持つかもしれない。
「あ、あの、ウエスト様の乗り物を倒せる魔物などなかなかいないでしょう。攻めず、守る方が安全なのでは……」
発言した者も分かっていた。しかし、選択肢を消す、という手順を必要だと感じたのだ。
「それでは戦いは終わらない。いや、あの乗り物が壊れでもしたらそれで我々の敗北となるだろう」
一礼して引き下がる。役割を終えて。
サラティアの運命を決断し決定するのはただ一人。
ポトロスが口を開く。
ミレーニュの部屋にいつもの顔が並んでいた。
「敵襲の間隔がだんだん長くなってきて、敵がだんだん強くなってきているのはあの術をやってるからじゃないかな……」
ターニャが難しい顔で言う。
悪魔の刻印。その言葉を出す事すら忌避してしまう古の術。
「ふむ。つまり、早ければ早い程敵の戦力が整っていない、と」
「うん……。そう、だと思う……」
ターニャは自分の考えに自信が無い訳ではなかった。そこから導き出される
結論が怖かったのだ。
「じゃ、明日出発だな」
「うむ」
ターニャもうつむいて頷くしかない。
「ヨシオカ様、ケイン、気をつけて下さいね。決して無理はしないように。危ないと思ったらすぐに引き返すんですよ」
ミレーニュは心配そうな表情で言う。
「む」
「うん、分かったよ、ミレーニュさん。絶対無理はしないって誓うよ」
法男は応とも否とも言い難い微妙な返事をし、ケインはにこにこと頷く。
「そうね、ケイン、そうしてね。ヨシオカ様もですよ?」
「む」
「危ない時には引くんですよ?」
「む」
「無茶しちゃ駄目ですよ?」
「む」
「むー」
ミレーニュは口を尖らせる。
「大丈夫だよ、ミレーニュさん。僕がついてるからさ。敵の親玉をさっさと見つけてさっさとやっつけちゃうからさ。法男なんて見てるだけだよ」
あれ? ミレーニュはケインを見る。
「……ケイン?無茶はやめてって話をしてるのよ?」
「うん、分かった。無茶はしない。俺とエクリオスは無敵なんだぜ?」
にこにこと答えるケインにミレーニュは不安そうになる。
「ケイン、えーと……、何て言ったらいいのかしら……」
「うん!任せて!」
ぐっと拳を握りしめるケイン。言葉を失うミレーニュ。
勝者、ケイン。
まんまとミレーニュの追求を逃れた法男。
ふさぎ込んでいるターニャ。
そして、ノックの音が。
「ポトロス陛下が皆様とお食事をご一緒に、との事です」
アラミアだった。すでにケインとも面識がある。ケインが生活する為のあれこれはアラミアが面倒をみていた。
「お、ご飯」
ケインは食事の言葉にのみ反応し、すでにご機嫌になっている。
「悪いが俺は辞退させてもらおう」
法男の拒絶にもアラミアは動じない。予想していた反応だったのだ。
「ノリオ様が兵舎で取られていた量は軽くご用意出来ますよ?」
「お招きに預かろう」
法男は立ち上がる。
「じゃあね。食べ終わって時間があるようならまた、」
ミレーニュの言葉はケインに遮られた。
「じゃ、行こうミレーニュさん」
「いえ、私は……」
「あれ?アラミアさん、みんな、だよね?」
アラミアは微笑み、頷く。アラミアとケインの仲は良好だった。
「はい。ケイン様。もちろんミレーニュ様も招待されてますよ」
「あ、あの、私は……」
「だってさ、さ、行こう」
なんと、ケインはミレーニュの手を取り歩き出した。引っ張られ歩き出すミレーニュ。なんと、その顔には照れたような笑みが浮かんでいるではないか。
残る三人も部屋を出る。
アラミアは前を行く二人を見て笑顔になる。そして、前を見たまま隣を歩く法男に話し掛けた。
「微笑ましいですね」
「うむ」
「……ノリオ様、私達も手をつなぎましょうか」
「いや」
間髪入れずに答える法男。
「私とじゃ、お嫌でしたか?」
「いいや。俺はケインのような子供ではないのでな」
その答えを聞いてアラミアはくすくすと笑う。
「どうした?」
「ノリオ様、手と手を繋ぐのは子供だけがする事とは限らないんですよ?」
「……う……む」
言葉を詰まらせる法男を見てアラミアはまたくすくす笑う。
そんな二人を少し離れて見ていた最後尾のターニャは顔を曇らせていたのだった。
ポトロス、アトロスが迎える。礼は無用。皆、それぞれ席に着く。豪華な食事が次々と運ばれて来る。ポトロスが短い祈りを唱え、最後の晩餐が始まった。
「ヨシオカ、いつ出発するのか決めたのか」
アトロスが問う。
「うむ、明日だ」
法男の後ろにはワゴンが用意されており、法男の前の皿が無くなるはしから追加されていく。ワゴンの後ろにはワゴンが用意されており、ワゴンが空になり次第交換されていく。
「明日か……。急だな。準備とか大丈夫なのか?」
「その事なんだが、頼みがある。ケインの話によるとエクリオスで半日はかかるそうだ。少し、食べる物と飲み物を用意して頂けるとありがたい」
「分かった。が、少し、でいいのか?」
アトロスは笑う。その目は次々と追加されていく皿を見ていた。
「うむ、言い直そう。出来れば持てるだけ頼みたい」
笑い声が部屋を包む。ポトロスも愉快そうに笑っていた。その視線はケインに移る。笑い、元気に食べている姿に胸を刺される。
「君達には本当に申し訳ない事を頼んでしまったと思っている」
ポトロスの言葉に皆は静まり、注目する。
「気にすんなって」
ケインは陽気に声を掛ける。食事と気楽な雰囲気にポトロス相手でも緊張はせずにすんでいた。
「だが、この国の者ではない、この世界とは違う世界から来ているあなた達に一番危険な役割を負わせてしまった。この国の長として心から詫びを申し上げる」
ポトロスは頭を下げる。
「うむ」
「ああ、任せとけ」
二人は力強く頷いた。
ポトロスは法男とケインの表情を見てふうっと安心したように息を吐く。
「ありがとう、二人とも。しかし、そうは言ってもウエスト殿のような幼き者に危険な場所へ行って頂くというのは心が痛むのだよ。くれぐれも自分の身を第一に、な」
ケインはもう、話に飽きて料理に手を伸ばしていた。
「確かに俺は子供だけどさ、」
え? うん? あら? 三人が動きを止め、ケインを見つめる。もぐもぐさせていた。
「でも、俺は保安官だから」
もぐもぐ。
「とっくに覚悟は決めている」
ごっくん。
「戦えない者の前に立って戦うのは俺の仕事だから気にすんなって。それに俺の事ばっかりだけど、ノリオだって俺と三つしか違わないんだぜ?」
「ええ!」
「なんと」
「ヨシオカ……」
ケインの言葉は三人を絶句させた。
低い唸り声。
「ほう。本当にいたか」
「見つけた者には後で褒美をやらんとな」
凶悪な目が二人を睨みつけている。黒い鱗が不気味な光を放っている。巨大な翼は広げれば二十メートルにはなるだろう。
「従わせる事が出来れば城壁は無いも同然」
「異界の助っ人も飛び越えてしまえばいい。が、それはお前がこいつをねじ伏せられたら、の話だが」
「ふん、やってみせるさ。こいつを倒せば俺は神になれる。これが俺の最後の戦いだ」
ゴブリンキング、メドーシュはワイバーンに向かって突っ込んでいった。
闇色のエルフはその背を静かに見つめる。
エクリオスは城門の横に置かれていた。そのボディは折り畳まれており、コックピットは地面近くにあった。
「気をつけてな」
見送りはターニャ、ミレーニュ、ブラン、アトロス。
「持てるか?」
アトロスは大きなリュックを法男に渡す。見つめるターニャ。その仲にはターニャが作った料理も入っていた。
「ありがとう」
受け取る法男。ケインはハッチを開け、エクリオスに乗り込む。起動させ、立ち上がっていくエクリオス。直立しても動きは止まらず、今度は仰向けに折りたたまれていく。手をついた、と思うとその手首から車輪が現れた。
「おお!こりゃあ、見事だ!」
ブランははしゃぐ。ミレーニュは浮わついた気分になれないようで、じっと見つめていた。
「ノリオ!乗れよ!」
法男は苦もなく登ると、コックピットの横、肩辺りにちょうどいい場所を見つけ座り込む。
「じゃあな!ちょっと行ってくる!」
手を上げるケイン。法男も手を振る。
「死ぬなよ!」
「武運を!」
「気をつけてね!絶対に帰ってきてね!」
ミレーニュの声にケインは答える。
「ああ、約束するぜ!」
エクリオスは快調に走る。
流れる風景。葉を繁らせた木々。元の世界でも見たような、初めて見るような。時折、小動物も顔を覗かせる。狸っぽいものやら狐っぽいもの。自然の美しさは少年達の心を惹きつける。
「のどかだな」
「うむ」
「ここの世界も……」
ケインの言葉はそこで途切れた。法男はケインを見る。遠い目をしていた。
自分を見ている法男に気がつくケイン。真面目な顔で頷いた。
「ああ、分かった、法男」
「うん?」
「メシにしよう」
法男も頷く。
エクリオスの上でリュックの中身が広げられる。
「ここからこっちは俺の分だからな。手を出すなよ」
和やかに昼食を取る二人。
「なあ、ノリオ。お前、元の世界じゃ何してたんだ?」
「学生……、学校は分かるか?」
「ああ、俺の世界にもあるからな。俺はもう、行ってないが」
「ふむ。保安官は大変だな」
「本当に大変なんだぜ……。任務が終わっても訓練、トレーニング、遊び……。勉強と寝る時間なんて無いぐらいだぜ」
「なるほど」
ノリオは微笑む。
「だが、こっちに来てからはのんびり出来ているようだな」
「ああ」
ケインも笑う。が、ふっと表情が消え、ぼうっとして呟く。
「こっちの世界にも学校はあるのかな……」
昼食も終え、エクリオスは再び進み出す。タイヤで進めない場所では手足で登り、障害がある時には直立して壊しながら進む。
そして、エクリオスは歩みを止めた。
目に写るのは裂け目のような洞窟。
法男とケインは顔を見合わせた。
「ノリオ、覚悟はいいか?」
「うむ」
「よし、行くぞ!」
「いや待て」
エクリオスを進ませようとしたケインをノリオは制する。
「なんだよ、いったい」
ケインは不服そうだ。
「ミレーニュに言われた事を忘れたのか?ここは慎重にいこう」
はっとするケイン。
「分かった。何か作戦はあるか?」
「…………なるべく見つからないようにしよう」
「よし、分かった。で、どうやって侵入する?」
「…………あそこから、エクリオスで、なるべく静かに」
「決まりだな」
「うむ」
ケインは操縦桿を握り、声をひそめて法男に言う。
(行くぜ?ノリオ、静かにしてろよ?)
(うむ)
(よし、発進!)
ズシーン、ズシーン。