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二-終




 トントン。

 その時、ミレーニュとターニャは分厚い本に向かい、ケインと法男はサラティアのカードゲームに興じていた。

 部屋を訪れたのは一人の兵士。

「ノリオ殿、お支度を」

 法男は頷き、立ち上がる。

「ケイン、悪いが中座させてもらう」

「お?おう。じゃあ、続きは後でな」

 ケインのその言葉は法男の動きを一瞬止めた。

「ああ、また後で」

 笑みを浮かべて答える事が出来た。

 その逡巡の意味を理解するターニャは立ち上がり、出て行く大きな背中に言葉を掛けようとした。

 言葉は、出ない。

「ミレーニュ……」

「はい」

 すでに泣きそうになっているターニャにミレーニュは優しく頷いて見せた。

 ターニャも部屋を出る。

「お、おい、どうしたんだよ!」

 訳が分からないケインもターニャを追いかけ部屋を出た。早足で行くターニャにすぐに追いつき並んで歩く。

「おい、ターニャ、何があったんだよ」

「戦いが始まるの」

「え?あー……」

 ケインは自分がこの世界に呼ばれた理由を思い出した。




「な、なんだよあれ……」

 ターニャとケインは物見台に並んで立っていた。

「ジャイアントが……三体も……」

 一回ごとに強力になっていった敵。予想は出来ていた。

「ジャイアント?あの、でかいのか?」

「うん……」

 しかし、実際に見てしまうと絶望感に押しつぶされそうになってしまう。

「あんなバケモノ、人間じゃ勝てねえだろ……」

「うん……前の時ね、ジャイアントが一体でね、ノリオが倒してくれたの。でも、その時、ノリオも死ぬぐらいの怪我をしてね……」

 涙声になってしまう。ターニャは服の裾をぎゅっと握り、涙がこぼれ落ちそうになるのを必死でこらえた。

「ノリオは……ノリオは絶対に逃げたりしないから……でも……だから……今度こそ……」

 それでも涙はこぼれてしまう。

「お願い!私には戦う力が無いから!でも、あなたには!」

 必死で声を張り上げケインを見つめる。

 いや、見つめようとした。

 そこにケインの姿は無かった。




 階段を駆け下り、廊下を走り、駆け下り、走る。ミレーニュの部屋の前を通り過ぎ、魔方陣の部屋の扉を開ける。

 エクリオスの足元まで来ると息を切らしながら見上げる。法男がかつて登ったルートが見えた。教えられてはいたけど一度も使った事がないルート。落ちたら怪我ではすまないその道を、迷わず登り出した。

 急げ、急げ、急げ。

 コックピットにたどり着いた時にはもうへとへとになってしまっていた。それでも一息つく事なく起動させた。

 ウイーン……。静かなモーター音が部屋に響く。エクリオスは壁に向かって歩き出す。

「ケイン!」

 ケインはビクっとする。エクリオスの足が止まる。後部を映すモニターにはミレーニュの姿。ブランの言葉が蘇る。

 今から自分が壊そうとしているものを大切にしている人がいる。

 泣きそうな顔になってしまう。

 悩む。

 考える。

 歯を食いしばる。

 エクリオスは再び歩み出す。その背に再びミレーニュの叫びが投げ掛けられた。

「そっちはすぐに城壁になってるから!あっち!あっちなら庭になってて門の方に出られるから!」

 ケインはエクリオスの上体を回転させ、直接ミレーニュを見た。指差す姿が心に響く。ハッチを開けた。

「ありがとう!ミレーニュさん!」

 微笑み頷く姿はケインに勇気をともす。

 エクリオスは向きを変え、前傾姿勢になった。タイヤが回る。一気に加速する。腕の外側を前に突き出す。壁が近づく。激しい衝撃。

 エクリオスは飛び出した。




 近づいてくる三つの巨大な影。だが、戦う前から諦める者はいなかった。

「俺が三体とも相手しよう」

 陣の先頭。ノリオとアトロス。

「だが、さすがに三体は……」

「任せろ。この前のような無様な真似は決して見せない」

「ヨシオカ……分かった。だが、我々も出来る限りの手伝いはさせてもらう。皆、いいな!」

 応!親衛隊も力強く拳を突き上げる。

 法男も頷き拳を握りしめる。

 覚悟は決まった。必ず勝ってみせる。絶対に守り抜いてみせる。

 影が近づき、その巨大な姿を見せつけてくる。

 法男は剣を抜く。駆け出そうとした時、サラティア軍の後方からざわめきが聞こえてきた。

 アトロスは振り返る。見えたのは開きつつある城門であった。

「おい!何をしている!」

 アトロスは叫ぶが城門は止まらない。

 そして、姿を現した。

 一歩、また一歩。

 サラティア軍はエクリオスを呆然と眺める。襲撃してきた魔物達も、また。

 法男は足が止まったジャイアント達を見据えつつ、背中から伝わってくる地響きを感じていた。




「おーい、道を空けてくれ!」

 スピーカー音が戦場に響く。エクリオスの前方に位置していた兵士達は慌てて移動する。道が出来た。道の向こうに小さなちょんまげの背中が見えた。

 ケインはニヤリと笑う。

 エクリオスは前傾になり、動き出す。左腕を上げた。銃身が光る。狙いは一番前のジャイアント。発射。連射された弾丸はジャイアントの顔面を貫いていく。崩れる巨体。

 エクリオスはちょんまげの横を通り過ぎる。

「ノリオ、おとなしくそこで俺様の勇姿に見とれてな!」

 法男は笑い、自分を追い越していった背中に頷いた。

 すでにエクリオスは次のジャイアントの懐に飛び込んでいた。鳩尾目がけて右腕を突き出す。当たる瞬間、拳だけが加速した。ジャイアントの体にめりこむ右拳。次の瞬間には元の位置に戻る。そして、また加速して伸びる。

 何度も繰り返される衝撃はジャイアントの体を変形させていく。

 そして、倒れた。

 次だ。ケインはモニターに視線を移す。そこにどアップのジャイアントの顔が映っていた。

「しまった!」

 ケインはエクリオスを反転させる。が、遅い。迫ってきていたジャイアントに組み付かれてしまう。組み合うエクリオスとジャイアント。

 ケインの得意とする戦法はヒット・アンド・アウェイであり、とっ組み合いは苦手であった。とっさに切り抜ける戦法を思いつけず、パワーを上げて押し切るしかない。だが、ジャイアントの筋力はエクリオスのパワーに負けていないようだった。

 タコメーターはレッドゾーンに入る。エクリオスの腕から軋む音が聞こえる。ケインは焦った。

 その時、背中の方からカツーン、カツーンという音が聞こえてきた。

「な、なんだ?」

 思わず出てしまった声とは裏腹に、何が起こっているのかケインには分かっているような気がしていた。次に見えてくるであろう光景も。

 カツーン、その音がすぐ横で聞こえたかと思うとケインの目に空飛ぶちょんまげの姿が飛び込んできた。




 法男は前回の戦いで剣を折られた事を恥じていた。

 確かにジャイアントの体は硬かったかもしれない。しかし、ブランの剣は最高の剣である。折れた原因は己の未熟な腕。

 もっと速く。

 もっと強く。

 もっと正確に。

 ノリオは剣を振り下ろした。




 消えていく圧力。崩れ落ちていく巨体。ケインは目の前で起こった光景に放心してしまう。

「すげえ……」

 地面を転がり、起き上がったちょんまげは振り返り、ケインの方を見た。ニヤリ、とケインに親指を突き出してみせる。

「ちっ、やってくれるじゃねえか」

 ケインも笑い、ハッチを開ける。

「おい、ノリオ、いい所持っていったっていい気になってんじゃねえぞ!これから俺様がもっと活躍してくるから!お前は休んでな!」

 法男は笑って頷く。

 ゴブリンとオーク達の災難が始まる。




「魔神……」

「魔神……か?」

「ヨシオカが連れていた子供だよな……?」

 兵士達は呆然と魔物の群れを跳ね飛ばしていくあまりにも異質な姿を眺めるしかなかった。

「ヨシオカ、あれは……」

 アトロスが法男に近づいてきて声を掛ける。

「うむ。ケインだ」

「あ、ああ。いや、あれは……」

「うむ」

 アトロスすら目の前の光景を飲み込めないでいる。法男は説明する良い言葉が思いつかないので力強く頷くだけだった。




「おお、おお、すげえな、ありゃ。あれがケインが言っていたW・Hか。うっひょー!すっげえー!」

 街を通って行く異様な巨人に驚いた街の人々も城門近くに集まり外で起こっている事を見つめていた。

「ブラン……」

 はしゃぎ、ご機嫌な様子のドワーフに話し掛ける美しいエルフ。

 ブランは振り向くと眩しそうな表情になった。

「久しぶりだな、ミレーニュ。元気してたか」

「相変わらずよ、ブラン。エルフは変わらない。あなたはちょっと老けたかしら」

「そうか?まだまだ若い者には負けねえぜ?ターニャちゃんが招待したあいつらにだってな」

 ブランは城門の外を指差す。

 ミレーニュの顔が憂れいを帯びる。

「魔神召喚は……成功しなかった。あの人が残した魔方陣はあの人以外には使う事が出来ないのかしら……。それとも、長い年月がその輝きを衰えさせたのかしら……」

 遠い目になるミレーニュをブランは暖かい目で見つめる。

「何言ってんだ?ミレーニュ。お前は相変わらず馬鹿だなあ。エルフは本当に変われねえんだな」

 がっはっは。

「え?」

 ミレーニュはきょとん、とブランを見つめる。

「見ろよ、ミレーニュ。あの魔神なんかよりすげえ連中が現れたじゃねえか。ターニャちゃんはレヴィよりもすげえ魔法使いだったってだけの事だよ」

「え……」

 ミレーニュは門の外を見る。

 そして、微笑んだ。

「そうね、ブラン。きっとあなたの言う通りね……」

 間違いねえさ。こうしてお前をあっさり外に連れ出す程すげえ連中なんだぜ?

「さて、そろそろ戦いは終わりそうだ。俺は奴らを迎えに行くとしよう。あれを近くで見たいしな。ミレーニュ、お前も行かねえか?」




 あっと言う間に壊走していく魔物達。戦場にはもう敵影は無い。

「……」

 ケインはコンソールパネルを操作する。エクリオスの背中、リュックの上あたりが開き、何かを発射した。

「ケイン!」

 法男が呼びかけてくる。ケインはハッチを開いた。

「ケイン、お前の勇姿はしっかりとこの目で見届けた。さあ、帰ろう」

 ケインは法男の言葉を聞きながら操作を続ける。

「ああ。先に帰っといてくれ。俺にはまだやる事が残っているから」

「ん?」

 動かないエクリオスに疑問を感じ、法男はエクリオスを登っていった。既に慣れた通路である。

「何をやってるんだ?」

 法男はケインが見ているモニターを覗き込んだ。そこには上空から映しだされているらしい、数体のゴブリンの姿があった。

 ケインはコックピットに突然現れた法男の姿にも動じる事無くモニターを見つめ、手を動かしていた。

「ああ、偵察用の小型ヘリを飛ばした」

「ふむ?」

「敵の本拠地を突き止めるのは戦いの基本だろ?」

「なるほど」

 法男は理解した。

「俺はここでこのまま操縦しなきゃいけないから。先に帰って皆に説明しといてくれ」

「分かった」

 降りようとする法男に声が降ってくる。

「それとな、ミレーニュさんに謝っておいてくれ」

「うむ?」

 それで声は途絶えた。降りながら法男はケインと共に聞いたブランの言葉を思い出していた。

 なるほど。

 遠くからこちらに近づいて来るブランとミレーニュの姿が見えた。

 うむ。事情は説明しておこう。

 しかし、ミレーニュに謝るのはお前がするべき事だな、ケイン。




 お前がミレーニュに怒られるところはとても見てみたいからな。




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