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二-2





「まあ、サウロスではW・H(ウォー・ホース)に乗れるかどうかが何より優先されるからな」

「でも、あなたみたいな幼い子供が……」

「子供じゃねえって!……そういえば、ミレーニュさんの歳っていくつなんですか?」

「あ、六二八歳です」

「うえっ!?」

「意外だな」

「お前が十七だって事の方が意外だったよ!」

 トントン。

 ノックの音がした時の議題は「サウロスの社会制度とミレーニュの個人情報について」であった。

「あ、どうぞ」

 常に議題に入っていたミレーニュが答える。ドアが開き、しょんぼりとしたターニャが入ってくる。ミレーニュは元気づけようと声を掛けようとしたが、続いて入ってくる人影に気づいた。それは、難しい顔をしたアトロスだった。そして、アトロスに続いて王冠をつけた威厳のある壮年が入って来る。

「ポトロス陛下!こんなところまでわざわざ……」

 ミレーニュは慌てて立ち上がる。ケインはもちろん座ったまま、ポカンとポトロスを見ている。法男もケインに便乗して座ったままポトロスに一礼した。

 ポトロスはその法男に頷き返し、ミレーニュに言う。

「いや、ミレーニュ殿、お構いなく。あなたはこの国の大切なお客様だ。私に対しての礼は無用」

 そうは言われてましても、と椅子を引き、ポトロスに着座してもらう。そして、お茶を入れますね、と隣の部屋に消えた。残るターニャとアトロスは座らずポトロスの後ろに立つ。このテーブルは四人掛けだった。

 その時、ケインはすばやくさっきまでミレーニュが座っていた席に移動し、法男の肘をつつく。

「うん?」

(お、おい、この人陛下って……もしかしてこの国の王様?)

 ひそひそ声で法男に尋ねる。

「うむ。このサラティア王国の君主、ポトロス王だ」

(げ、なんでそんなえらい人がこんなところに?)

「さあ?しかしここはサラティア城の一室。同じ屋根の下に住むポトロス王がここに来てもおかしくないかもしれない」

(そういう問題かよ!)

 目の前で交わされる内緒話にポトロスは苦笑する。後ろに立つアトロスの顔からも深刻な色は消えていった。ターニャはうつむき、居心地悪そうにしていた。

「おほん」

 ポトロスがわざとらしい咳払いをするとケインはさっと黙り、背筋を伸ばした。

「初めましてウエスト殿。私はこの国の王であり、あなたをここに呼び寄せたこのターニャの父親です」

「え?ターニャって王女様なの?」

 思わずケインは後ろでうつむいてるターニャに声を掛けてしまう。ターニャは声を出す事無く小さく何度も頷いて見せる。

「話を続けても良いかな?」

 すでにポトロスは王の顔から柔和な普通の人の顔になっていた。

「は、はいっ、すいません!」

 さっと背筋を伸ばすケイン。

「いや、あなたもミレーニュ殿と同じくこの国の民ではない。私にそういったかしこまった態度を取る必要は無いよ」

 ポトロスは微笑みながらケインに言う。

「はいっ。……あ、いや、お、おう、分かった」

 ケインは喋り辛そうだ。

 そこにティーカップを三つのせたお盆を持ってミレーニュが戻って来た。ミレーニュは一つ空いている席と立っている二人を見て困った顔になる。

「あ、あの、アトロス様、どうぞお座り下さい」

 実は王位継承権はターニャが第一位でアトロスはかなり下の方であった。サラティアでは血とともに魔力の大きさが王を継ぐ条件となっていたのだ。しかし、この場では地位よりも個人が大切なようにミレーニュは感じ、アトロスを立てたのだった。それに、よくこの部屋に訪ねてくるターニャの事は友人に近い感情を持っていた。

「ミレーニュ殿、お気遣いありがとうございます。ですが、私達はお茶を飲みに来たのではありませんから」

 どうぞお座り下さい、と空いた席を手の平を上に向けて指し示す。

「でも……」

 なおも躊躇うミレーニュにポトロスも声を掛ける。

「そのお茶はそちらのお二人に。さ、さ、どうぞどうぞ」

 ポトロスにこうまで言われては仕方ない。ミレーニュは諦めて席に着く。

 まともな人が出席し、踊り続けた会議もようやく進み出す。




 かがり火。

「魔方陣がまたしても発動したようだ」

 暗い洞窟を照らす。

「……魔神が?」

 巨大な影。

「いや、その気配は無い」

 細身の影。

「なら、また失敗か」

 見た目はゴブリン。しかしその大きさは通常のゴブリンの五倍はあったであろう。

「しかし、先の失敗ではジャイアントを屠る男を出現させている」

 ほっそりとした身体に尖った耳。エルフ。闇色に染まったエルフ。

「ならば次はジャイアント三体だ」

「大丈夫か?連戦は必要無いとはいえさすがに三体はきついんじゃないのか?」

「誰にものを言っている?」

 闇色のエルフは笑う。

「失言だった。お前は神になる存在だったなメドーシュ」

 ゴブリンキングは立つ。

「行くぞアーメス。貴様こそ術を失敗させないよう心しろ」

 ゆらり、何も無い所で影が揺れた。




「過去、魔神以外の存在を召喚した例を記述した物はありません」

 進んだ会議はすぐ壁にぶち当たる。

「魔神が元の世界に帰る様子を詳細に書いた文献も残っていません」

 あの人が召喚した魔神もいつの間にか消えていた。……あの人と共に。

 ふっ、とミレーニュの目が遠くなっていく。

「ふうむ……」

 ポトロスの顔が渋くなる。

 ケインは自分の事が話し合われているというのは分かっていても、話の内容が分からないので他人事のような気分で適当に頷いている。

「召喚、という魔法を詳しく調べ研究し、帰す為の術を新しく考案するしかない、か……」

 ポトロスはしばらく沈黙し、考えをまとめる。

「ミレーニュ殿、申し訳ないがあなたにその役を頼めないだろうか」

 ミレーニュはおだやかに一礼する。

「結果をお約束する事は出来ませんが全力を尽くしましょう」

「ターニャ、お前はその手伝いを」

「は、はい!」

「アトロス、ウエスト殿がこちらでの生活に困らぬよう手配を」

「はっ」

「ノリオ殿、あなたはウエスト殿と立場を同じくする者。ウエスト殿の力になって頂きたい」

「承知した」

 え? こいつが? と、ケインは不満そうな顔を見せるがポトロスの言葉に口答えなんて出来る訳がない。

 かくして、会議は閉幕する。




「よう、人がせっかく作った渾身の一振りを真っ二つにした魔神さん。まさか、たった三日後に全く同じ剣を作らされるとは思いもしなかったぜ」

「儲かったな」

「毎度~……じゃねえよ!俺は商売人じゃなくて職人だ!」

「ふむ。代金を預かって来ているのだが必要なかったか」

「毎度~」

 法男はブランの店を訪れていた。

「うお!丸!」

 小さな少年を連れて。

「ん?なんだそのガキは?」

「ガキじゃねえ!俺様は……」

 かつて聞いた台詞が並ぶ。法男は聞いた事があるやりとりを聞き流した後、ブランに代金を支払った。

「毎度~。お得意さんになったお前にプレゼントをやろう」

 ブランは手の平サイズの丸っこい金属プレートに皮のベルトを取り付けた物を法男に渡す。

「これは?」

「胸当てだ。お前、結局動き辛いってわがままな理由で鎧を着けない事にしたらしいじゃねえか。せめてそれで心臓を守るぐらいはしとけ。気休め程度のお守りぐらいな物だがよ」

 ブランはちょっと照れくさかったのかもしれない。

「ありがとう。次の戦いが終わったら、この胸当てのおかげで命が救われたと礼に来る事を約束しよう」

「てめえは未来を予知でも出来るのかよ!」

「適当過ぎるだろ!」

 笑いながらそう言って法男を叩いたブランはじいっと法男の顔を覗き込んだ。

「お前、えらいノリが良くなったな。一回死んで人が変わったか?」

「いや?変わってないと思うが?」

「ふむ」

 ブランは法男を見つめ、それからその隣のケインを見る。

「な、なんだよ?」

「いいや、別に」

 ブランもケインを見る目が変わったようだった。

「お前にも何か作ってやろうか」

「はあ?俺はW・H(ウォー・ホース)乗りだって言ってるだろ!エクリオス以外必要ねえ!」

「そのW・Hとやらがよく分からねえんだが」

 ブランは首を捻る。

「ケインと共に召喚された武器だ。俺の十倍ぐらいの大きさで、召喚された部屋から出せないでいる」

 法男が横から口を挟む。ちなみに、二メートル六センチの法男に対し、エクリオスは約十五メートルであった。

「ほう、ヨシオカの十倍の大きさの武器……。見てみてえが部屋から出せないんじゃあな。まさか壁をブチ破るわけにもいかねえし」

「お、その手があったか」

 ケインはぽんっと手を打つ。

「やめとけやめとけ。お前そんな事をしたらミレーニュに殺されるぞ」

「うえ!?そ、そうなの?」

 たじろぐケインにブランは大きく頷いて見せた。

「ああ。あの部屋をミレーニュはかなりの思い入れを持って大切にしてるからな」

「知り合いだったか」

「何!お前、ミレーニュさんとどういう関係だよ!」

「んー?気になるのか?」

 ブランはニヤニヤとケインの顔を覗き込む。

「もちろん!」

 ケインはぐぐっとブランに迫る。

「なあに、ただの昔の旅の仲間だよ」

 ブランはニヤリ、ケインの肩を叩く。

「よし!」

「それにいい事を教えてやろう。あいつな、今、付き合っている恋人はいねえ」

「おお!」

 ケインの目が輝く。

「エルフに年の差なんて言葉は存在しない」

「うんうん」

「お前みたいないい男なら頑張れば手が届くんじゃないか?」

「おう!ノリオ、俺は用事を思い出したから先に帰る。じゃあな」

 シュッと手をかざしケインは店を出て行った。

 法男はケインを見送るブランを見る。その目には子供をからかっているだけのものではない、真剣な気持ちも混じっているような気がした。




 法男がミレーニュの部屋を訪れた時、ミレーニュとターニャは分厚い本を難しい顔で読みふけっており、ケインは床に寝っ転がってお絵描きをして遊んでいた。

 法男に気がついたミレーニュは立ち上がろうとするが、法男はそれを制した。

「悪いが、俺も勝手に寛がせてもらってもいいか?」

 ミレーニュはちらりとケインを見て微笑み、頷く。ミレーニュが再び本に向かうのを確認し、法男は本棚に向かった。その中の一冊を抜き出し、開く。

 読めない文字で埋まっている。

 パラパラとめくる。

 挿絵があるページがあった。奇怪で不思議な見慣れない絵。文字を読めなくても挿絵を眺めるのは楽しかった。法男はパラパラ、パラパラと挿絵を探しながらページをめくっていく。

(お、おい、お前、この文字が読めるのかよ)

 いつの間にか隣に来ていたケインがひそひそ声で話し掛けてきた。

(いいや。絵を眺めていた)

(なんだよ、びっくりさせるなよ)

(お前も読めないのか)

(当たり前だろ?違う世界にいたんだ。読めなくて当然)

 馬鹿な訳じゃないぜ? と、ケインはあごを上げる。

(ふむ)

 そんなケインを見つめ、法男は考えに沈む。

(おい、どうかしたか?)

(いや、それにしては言葉が通じるのは不思議だな、と)

(あっ……あ~、ほら、俺って天才だろ?聞いた瞬間言葉を理解して無意識のうちにこっちの言葉を喋っていたんだよ、うん)

(なるほど、お前についてはそうなのかもしれない)

(だろ?)

(だが、俺の頭の方はあまり……)

 法男は学校での成績を思い出していた。それはとても残念なものだった。

(なるほど、不思議だな)

 ケインはとてもいい笑顔になった。




「ターニャ様、これを……」

 緊張をはらんだミレーニュの声が聞こえ、法男とケインはそちらを向く。

 そこにはミレーニュに差し出された本をターニャが見つめている姿があった。読み進めるうちに、みるみるターニャの表情は険しくなっていく。

 法男とケインは静かに歩み寄り、そっとターニャの読んでいる本を覗き込んだ。挿絵が見えた。奇怪な文字が十字を作っている。

 法男には見覚えがあった。

 魔物達の額に浮かんでいたあの模様。

「その本によると……」

 法男達に気がついたミレーニュが説明してくれる。

 悪魔の刻印(デビル・スタンプ)

 そう呼ばれていた太古の術だという。その術を受けた者は術者の言うがままになり、魔法を一切受け付けない身体になる。術は受ける者の額に手を当て、術者の内にある魔を直接注ぎ込むというものだった。

 魔。

 魔法とは全く異なる物。その魔を注ぎ込まれる者は発狂するほどの苦痛を感じるという。受ける者に非常な苦痛を与える非道な術。それは今では存在しないはずの「悪魔」と呼ばれた種族にしか使えない術であった。

「ふむ。敵は悪魔か」

 法男の言葉にターニャが青ざめる。

「そ、そんなはずは……。悪魔なんて伝承にしか残ってない、今では存在しない種族なんだし……」

「俺達はその伝承にすら載ってない存在なのだろう?だが、こうして確かに存在している。なあ、ケイン」

「え?うん、そうだね」

 ケインは本に書かれていたのが自分の帰還とは関わりが無い、よく分からない話だったので既に興味を失っていた。




 その夜。

 トントン、ノックの音がした時、法男はテーブルを窓際に移動させて月を見ていた。

「どうぞ」

 入って来たのはケインだった。心なしか元気が無いように見える。

「どうした?眠れないのか」

「うーん……そんなとこかな」

 ケインもテーブルの向かい側に座り、窓の外を見る。

 まあるいお月様。

 ケインは頬杖を突いて月を眺める。

「なあ」

「うむ」

 法男も視線を月に戻す。

「ここ、俺が住んでいた世界とは違う世界なんだよな」

「うむ。実は俺はこの世界の事はあまり知らず、お前の世界の事は全く知らない。もしかしたら俺の思い違いだったかもしれない」

「いやあ、悪い。俺の世界の世界地図にはこんな国も召喚も魔神もいない。違う世界なの間違いないんだ。でもな、」

「うむ」

 二人は同じものを見ていた。

「月は同じなんだ」

「うん」

「不思議だな」

「ああ。文字は読めなく言葉が通じるのも、お前がお前だけでなくエクリオスも一緒に召喚されたのも」

「そうか、それもそうだな……」

「ケイン、お前は寝ている間に召喚されたんだよな」

「ああ、そうだったな」

「俺は起きていた」

「覚えてるんだ?召喚された瞬間の事」

「うむ。俺はその時、座っていた」

 二年F組の教室で。

 朝のH・Rが始まる前の時間に。

「うん」

「ふっと変な感覚に襲われたと思った次の瞬間俺はこの世界で立っていた」

「うーん……。よく分かんねえな」

 法男の方を向くケインの口元に笑みが浮かんできた。それはどんな笑みだったのだろう。

「うむ。俺にはこう感じられた。あまりにも都合が良過ぎる、と」

「うん、まあ、そうかな」

 法男もケインの方を向いた。

「なあ、ケイン、俺達は本当にこの世界に来ているのだろうか」

「え?どういう意味?」

「うーん……。よく分からんが……」

「分からねえのかよ!」

「そうだな、帰る方法なんだが……例えば……」

 ケインは再び真面目な顔になる。

「例えば?」

「死ねば元の世界に帰れる、とか、」

「なるほど。よし、ノリオ、試してみろ。そして、本当に帰れたかどうか教えてくれ」

「うむ、断る」

「けち」

 ケインは笑っている。

 法男も口元が緩む。ケインがいつものケインだったから。




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