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第二話 ウエスタン・アタック

「魔神召喚を行います」

 あの戦いから二日経ち、傷の癒えた法男の部屋を訪れたターニャはそう言った。

 止めるべきだろうか? 法男は考える。

 また失敗し、俺のような人間が召喚されてしまうのかもしれない。失敗して現れた魔神にターニャは殺されてしまうかもしれない。

 だが、成功するかもしれない。

 この前の戦いを思い出す。結果的に勝てはしたが自分も瀕死の重傷を負ってしまった。もし、ジャイアントが二体だったら今頃全てが終わっていただろう。

 自分は非力である。この国を救う事なんて出来はしない。

 この国の者の判断に自分が口を出すなんて出来ない。

「そうか」

 ターニャは法男にどんな言葉を期待していたのだろう? 法男の言葉を聞き、ほうっと息を吐く。そして、ふうっと息を吸い込む。

「あ、あなたをもう、危険な戦いを必要する、いく必要が、もう、あの、えーと……」

 惜しかった。

「条件がある」

 そんなターニャに法男の言葉が降って来た。

「え……?」

 混乱してしまっていたターニャは何故法男に条件を出されなければいけないのか、なんて疑問を持つ余裕が無かった。

「俺も立ち会わせてもらおう」




 青く光る魔方陣。その前で呪文を詠唱するターニャ。少し離れて法男。そして、その隣にもう一人。

 この部屋の管理人、エルフのミレーニュだった。

 今回の召喚に法男が立ち会うと聞いたミレーニュは条件を出したのだ。自分も立ち会う、と。

 法男は隣に立つミレーニュを見る。

 美しい。しかし、その美しさは法男の目には芸術品のそれとしか写らなかった。しばらくその美しさを堪能してから視線を魔方陣に移す。

 青い光は輝きを増す。

 空気が濃密になる。

 ターニャが叫ぶ。

「サラティアの名の下、出よ、魔神!」

 青い光が部屋に満ちる。

 法男もミレーニュも目をつぶってしまう。

 そして、光が消え、二人は目を開ける。

 そこには。

 思わずミレーニュは息を飲む。

 見上げる程に巨大な姿。法男が戦ったジャイアントとほぼ同じぐらいであろう。その体を包むのは鎧か皮膚か。青と銀に彩られ、不自然な程に美しい曲線と直線で形成されている。

 その足は体に対して極端に大きく、前後に車輪のようなものがついている。逆にその腕は細い。片方の腕に奇妙な筒のような装飾がついており、その筒から太いひものような物が背中に伸びており、それが背負っているリュックサックにつながっていた。

 巨体がリュックサックを背負っている。こっけいに聞こえるが、その黒光りしているリュックサックはとても格好良く様になっており、巨体によく似合っていた。

 そして頭部。頭があるべきところには何も無かった。代わりに、なのだろうか、胸の位置に昆虫の目を思わせる黒い半球状の物が付いている。

 あまりにも異様、異質。

 ターニャは確信していた。ついに自分は魔神を召喚する事に成功したのだ、と。しかし、その自分が召喚した魔神に圧倒され、言葉が出ない。

 震える心を必死に立て直そうとする。

 ミレーニュは違和感を感じていた。現れたのは異界の住人ではなく、異界の置物なのではないか、と。

 法男は思った。

(ロボット……)

 巨大ロボ。フィクションの世界ではおなじみの存在。目の前にあるものはそうとしか見えなかった。

 もし、その通りだとしたら確かめなければいけない事がある。

「魔神よ!」

 ついにターニャは言葉を発した。かすれた、それでも精一杯大きな声で。

「我の望みはこの国の危機を払う事。汝の望みを申されよ。そして、我と契約を!」

 応えは、無い。どころか、ぴくりとも動かない。

「魔神よ!」

 なおもターニャは呼びかける。

「ターニャ様……」

 ミレーニュはそんなターニャに声を掛けようと歩み寄る。

 法男も動いた。巨体の方へ。

「ノ、ノリオ」

 その動きに気がついたターニャは不安げに声を掛けた。

 法男は振り向き、力強く頷いてみせる。それだけでターニャは何も言えなくなってしまう。

 不安そうに見つめるターニャの肩にぽんっと優しい手が置かれた。

 ミレーニュも微笑み頷いて見せる。任せてみましょう、と。

 巨体のすぐ足元まで来た法男は見上げる。よく見るとはしごのような物や、足場のような場所があり、胸の半球に繋がっていた。

 おそらく常用されるものではなく非常用のものだろう。

 法男は恐れる様子も見せず、力強く登りだす。

 ターニャははっと息を飲むが、声を出す事はなく見つめ続けた。

 やがて、法男は黒色の半球にたどりつく。近くで見るとそれは半透明になっていて中が透けて見えた。

 人影。パイロットはいたのだ。

 若く見える。若いと言うよりも幼いと言っていいかもしれない。その子供はコックピットに座って寝ているようだった。

 法男はハッチをこんこん、と叩いた。中の男の子が目を開けた。

「う?うわー!上官殿、私はサボっていたのではなく操縦席のメンテナンスをー!……お?」

 少年の焦点がハッチの向こうの法男に合う。

「あれ?えーと……?」

「開けてくれ」

「え?う、うん」

 声も届くようであった。法男が身を離すとハッチは上に跳ね上がる。

 少年の目に見慣れぬ風景が入ってくる。

「あ、あれ?ここは?」

「うむ。ちょっと立ってみてくれ」

「え?」

 何の脈絡も無い言葉だったが、訳も分からず呆然としている少年は法男の言葉に素直に従った。法男はそんないたいけな少年の腰に腕をまわし、肩に担ぎ上げるのだった。

「ちょ、ちょっと?」

 問いかけてくる少年に何も応えず法男は降り始めた。




「どうやら今回も失敗だったようだな」

 法男は呆然と見つめ合う三人に容赦の無い言葉を投げる。

「え?それではこの子もノリオの世界の……?」

「いや違う」

 あっさり否定する法男。

「おい、お前、この子ってなんだこの子って」

「え?あなたの事なんだけど……」

 急に食って掛かってきた少年にターニャは戸惑う。

「おいおい、お前の方が子供だろ!お前いくつだよ!」

「じゅ、十五歳だけど……」

 ターニャは何故だか法男の方をちらちら見ながら答える。

「うっ……ひ、一つしか変わんねえじゃねえか!」

「え?十四なの?……へえ」

 それにしては幼いわねおほほという視線に少年はかちんと来たようだった。

「ば、馬鹿にしてんじゃねえぞ!俺様はサウロス史上最年少で保安官になった男。天才ウォー・ホース乗りと呼ばれたケイン・ウエスト様をなめんじゃねえ!」

「ほう。保安官」

 社会人とは。法男は少年を見る目を変えた。

「おおよ!」

「ウォー・ホースとはあれか」

 巨体を指す。

「おう!あれこそが俺様の愛機、マッド・ダディの最新作、WH-36『エクリオス』だぜ!」

「ほほう」

 感心する様子の法男にケインは気を良くしたようだ。

「おう!聞いて驚け、こいつは可変型W・H(ウォー・ホース)。長距離を走る時には変形し、より速く、サスの効いた快適な乗り心地を実現させたW・H乗り達垂涎の名機」

「ほお」

「もちろん戦闘力も特上!左腕のレイル・ガンはけっこう遠い敵でも撃ち落とし、右腕のアーム・ガンは近い敵を打ち抜くぜ!」

 うんうん。

 法男はかなり興味を持ったようだ。ケインの話を熱心に聞く。

その横で唖然としながら二人の会話を聞いていたターニャだったがそこまで聞いて口をはさんだ。

「あ、あの、あなた戦えるの?」

「戦える?何言ってんだ。保安官が戦えなくてどうすんだよ。日夜荒くれ無法W・H(ウォー・ホース)乗りどもをぎったんぎったんにしてやってるぜ!」

 このエクリオスでな、と親指で巨大ロボを指し、ケインは得意そうな顔を見せる。

「あ、あの、それだったら私達に力を貸してくれない?」

「え?」

 ケインはどういう事なのか分からない。

「ここはお前がいた世界とは違う世界でこの人は強い敵に襲われて困っている。それで、お前の力でそいつらをぎったんぎったんにして欲しいそうだ」

 法男が横から助け船を出した。

「違う……世界?」

「そうだ。この世界のどこにもお前が住んでいた国は存在しない」

「強い、敵?」

「まあ、それは実際見てもらわないと説明し辛い」

「…………」

 呆然とするケイン。

「お願い!私達の国が滅びそうなの!あなたの力を貸して!」

「……じゃねえ」

 ようやく事態が飲み込めたようだ。ケインはぽつりと呟く。

「え?」

「冗談じゃねえ!何で俺がそんな事しなきゃなんねえんだ!俺は保安官だ!サウス地区の平和を守らなきゃいけないんだ!俺は帰る!」

「そ、そんな……」

 激高するケインにターニャは涙目になってしまう。

「うっ……そんな目で見たって駄目なものは駄目だ」

 ケインは少し声を柔らかくして、それでもターニャの望みを突っぱねぷいっと横を向く。

「ね、ねえ……」

 なおもすがろうとするターニャの肩に大きな手が置かれた。

「あまり無理は言うな」

 ターニャはびくっと振り仰ぐが法男の目は優しかった。

「で、でも……」

「彼には彼の事情というものがあるのだろう。それに……」

 法男は扉を指差した。

「あの扉はあのW・H(ウォー・ホース)が出るには小さ過ぎるようだ」

「あっ……」

 ターニャは扉を見つめる。そして、横を向き横目でこちらを伺っていたケインの方を向く。さっと目をそらすケイン。そんなケインを見つめ、やがてはあっ、とため息をついた。

「分かりました。ウエスト、あなたには迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした」

 ターニャはケインに頭を下げる。

「い、いや、分かってくれりゃいいんだよ」

 ケインは頭をぽりぽりとかいて照れくさそうだ。

「それでは許して下さるんですね」

「ああ、ああ、もういいって。済んだ事は気にするな」

 ははっ。

 ふふっ。

 法男とミレーニュも照れくさそうに笑い合う二人を眺め、やさしく微笑む。

 争いは終わった。

「じゃあ、俺を元の世界に帰してくれ」

「えっ?」

「え?」




 コトリ、お茶がテーブルに置かれる。

「ありがとう」

 法男はカップに手を伸ばす。その向かいでケインはぶすっとした表情で腕組みをしている。ミレーニュはそんなケインを気遣いながら自分も座る。

 三人は魔方陣の部屋の隣に位置するミレーニュの部屋に移動していた。周りは本棚で囲まれ、ぎっしりと様々な本が詰まっている。書庫にテーブルとベッドが置いてある、といった印象だ。

 ターニャはベソをかきながら、お父様に報告してくる、と席をはずしていた。

「……呼びつけておいて帰し方が分からないってどういう事だよ」

 ボソっとケインが呟く。さっきさんざん怒鳴りちらしたのにまだ気がおさまってないようだ。

「すみません、ほんっとうにすみません」

 ミレーニュは申し訳なさそうに何度も頭を下げる。

 その様をケインは見てしまい、その美しさに心を奪われ見とれてしまう。そして、顔を上げたミレーニュと目が合ってしまい、頬を赤らめ目をそらす。

「災難だったな」

 法男がなぐさめる。

「いや、お前、」

「おっと、忘れていたな。俺の名前は吉岡法男。よろしく」

 何か言いかけたケインを法男が遮る。

「ヨシオカ?変な名前だな。どっちが名字?」

「吉岡の方だ」

「え?そうだったんですか?」

 ミレーニュは驚く仕草も美しい。

「ああ」

「やっぱり異世界の方なんですね……」

 ミレーニュは感心する姿も美しい。

「いや、ちょっと待って。この世界はどの国も名前が先なんだ?」

「あ、ケイン様の世界では両方あるんですね」

「う、うん。もちろん僕はケインの方が名前だよ」

 美しいミレーニュに話し掛けられ、ケインは赤くなってしまう。が、すぐにはっとして、きっと法男を睨みつけた。

「いや、そうじゃなくて、ノリオ、お前も召喚されたんだろ」

「ああ」

「だったら何で帰れないってここの連中に教えなかったんだよ」

「うむ」

 法男は腕を組み、目を伏せ、難しい顔をして黙り込む。ケインは法男の答えを待つ。が、法男はなかなか口を開かない。

「いや、だから何で言わなかったのか聞いてんだよ!」

 しびれを切らしたケインが重ねて聞いた。

「うん?うーん、聞かれなかったし、」

 法男は視線を宙の何も無い所を漂わせながら答える。

「そんな大切な事は自分から言え!」

「俺は無口なんだ」

「理由になんねえよ!」

「ま、まあ、ウエスト様、悪いのは私達なんですから、そのへんで……」

「いや、別に攻めているつもりは……あ、あの、お姉さん、」

「あ、私はミレーニュ。ただのミレーニュで、ファミリーネームはありません」

「あ、うん。ミレーニュさん、ずっと気になっていたんだけど、個性的な耳ですよね」

「あ、私はエルフで人間じゃないんですよ」

「エルフ?」

「はい、エルフというのは森と自然と音楽を愛する種族で……」

 会議は踊る、されど進まず。

 この部屋に入った理由は帰る方法を探す為、魔法とこの国の歴史に詳しいミレーニュに魔神召喚について詳しい話を聞こう、であった。




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