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一-終

「敵襲ーーーー!」

 見張りの声が響き渡る。

 サラティア軍は陣容を整えつつ出撃する。もう、この前のようにこの城門をくぐらせるような事はしない。そう誓いながら。

 親衛隊は先頭に立ち、難敵を探す。

 他の隊にはかなりの数の志願兵が混じっている。俺達が一番の強敵に当たるんだ。それは命令ではなく、親衛隊全ての隊員の意志であった。なによりも率いるアトロスの、俺がこの国を守る、という強い思いがあった。

 そのアトロスは先頭に立つ。サラティア軍の一番前だ。そしてその隣には鎧もつけず腕まくりをし、ちょんまげ姿の法男が立つ。

 遠くに人影が見えた。一体だけ。迎え撃つ兵士達は違和感を覚えた。

 それは大きさだった。

「ジャイアント……」

 どこかから呟きが聞こえた。近づいて来るに従って敵は一体ではなく、その足元に多数の見慣れた魔物達がいる事が分かった。前回城門を破っていったオーク達、も。

 兵士達に動揺が走る。目に脅えの色が浮かんだ兵士もいたかもしれない。

 それも無理のない事であっただろう。

先頭に立ち、大股で近づいてくる凶悪な顔、巨大な身体。額に奇妙な十字が浮かぶその身体は通常の人間の十倍はあったであろう。何人でかかろうが人間の力ではとても歯が立たないのはこれまでの経験で分かっていた。

 魔法が効けば──そんな思いをここにいる兵士達の何人の胸をよぎったであろう。

 アトロスはぎりっと歯を噛みしめる。妹の顔が浮かびそうになる。拳をぎゅっと握りしめる。落ち着いた声が聞こえる。

「俺があいつをやろう。他を頼む」

 はっと隣を見た。脅えも動揺も一切感じさせない横顔があった。

 法男は剣を抜き放つとそのままジャイアントに突っ込んでいった。アトロスは制止しかけた手を止め、号令を放った。

「ジャイアントはノリオ殿が倒す!我々はオーク共を片付けるぞ!。一匹たりともここを通すな!」

 その声が響いた瞬間サラティア軍から動揺が消えた。次々と剣を抜き敵に突っ込んでいく。

 戦いが始まった。




 ジャイアントが法男の方を見た。咆吼をあげる。最初に叩きつぶす敵だと認識したのだ。法男は間合いに入ろうと突っ込む。そこに拳が唸りを上げて迫ってきた。その巨大さからは想像も出来ないスピード。紙一重で見切るなんて二メートル四方はありそうなその拳相手では無理な話であった。

 ノリオは間一髪横っ飛びに避ける。ものすごい風圧が体を横切っていく。体勢が崩れた法男に次のパンチが飛んでくる。後ろに下がるしかなかった。ジャイアントは巨大な一歩で易々とノリオを射程に捕らえると拳を放って来る。

 法男は転がり避ける。前に向かって。

 俊敏に立ち上がるとそこにはジャイアントの巨木のような足。必殺の剣を横に一閃──かきん。乾いた音がした。それだけだった。足が持ち上がる。法男は頭上から落ちてくるそれを必死で避けた。




 周りで戦っている兵士達にも法男の劣勢さは一目瞭然であった。しかし、兵士達の心に絶望は迫ってこない。

 なんと、あの男はジャイアント相手に戦っている。

 一人で。

 我々は隊長の指示に従い、我々の敵を倒そう。

 そして、あの男の加勢に……。

 その兵士達の意気を嘲笑うかのような魔物の数であった。




 法男は覚悟を決めた。

 逃げているだけでは突破口は開けない。

 俺が握っているのはブランが作ってくれた剣だ。

 ジャイアントが咆吼する。次に繰り出してくる拳は気合いが乗ったものだろう。

 凄まじい風を切る音と共に迫ってくる巨大な拳。

 法男は避けない。

 法男も裂帛の気合いと共にブランの剣をその拳に叩きつけた。




 アトロスは裂帛の気合いと共にその剣をオークに叩きつけた。

 崩れ落ちる巨体。

 次の敵、探そうとした時、金属が折れる音が聞こえた。




 折れる剣。止まらない拳。

 二メートル四方の塊が体にぶつかってくる。

 肉の潰れる音。

 骨が砕ける音。

 自分を後方に持っていく力に逆らわないようにしてても。

 法男は吹き飛んだ。

 地面に叩きつけられる。

 体は動かない。




 この世界、魔法と言えば攻撃魔法である。治癒魔法は存在しない。遠話等、補助的なものは少数存在したが、特別な魔法と言えば特別な者しか使えない召喚魔法のみ。戦いにおいて役に立たなくなったこの国の魔法使いは裏方にまわり、雑用をしていた。

 飲み物を冷やし、部屋を涼しく保つコールド系の魔法使い。

 風呂を焚き、肉を焼くファイヤー系の魔法使い、など。

 今では自分達を守ってくれている大切な存在となった剣を持って戦う魔法を持たない兵士達のサポートをしていた。

 そして。

 魔法を使う戦いにおいて最強の存在、最強の戦士、ターニャは物見台にて戦いを見つめるしかなかった。

 この戦いが始まって以降、常に先頭に立って戦う兄の姿を見続けてきた。

 見るだけしかできない。

 今日も、また。

 肉弾戦においては人間では決して勝てないジャイアントが現れるところも。

 その巨体に向かっていく小さなちょんまげ姿も。

 剣が折れ、ちょんまげが吹き飛んでいく様も。

 何も出来ない。

 見ているだけしかできない。

 何も。

 見てるしか。

 ターニャは悲鳴を上げた。




 ジャイアントは確認しない。

 なかなか攻撃が当たらなかったが結局はいつも通り。

 自分の拳をくらった相手がどうなるのかなんて分かりきっている。

 さて、次は。首をめぐらした時、近くで意外なものが見えた。

 動かない物が動いたのだ。いや、立ち上がったのだ。

 こちらを向いている。両手には何も持たずに。

 ジャイアントは動揺しない。

 今までなかった事が起こった。それだけの事である。

 戦いを続ければ、いい。




 意識は、無い。

 いや、ある。

 よく分かりません。

 体が動かなくなった、そう認識した時、走馬燈のかわりにひとつの言葉が浮かんだ。


「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」


 言葉の意味なんて知らない。

 侍なんて見た事ない。

 だけど。

 だから、立ち上がっていた。

 拳を握りしめて。

 巨大な塊が迫ってきていた。どう動けばいいのか分かっていた。体が動く。

 渾身の力を込めて自分の拳をぶつけた。

 空気が軋む。

 次元だってゆがんでいたかもしれない。

 片方の手がつぶれていく。

 もう片方の手は押し込んでいく。

 悲鳴らしい咆吼が上がる。

 進む。

 足が見えた。拳を振り上げ叩きつける。巨大な存在が沈んでいく。

 近づいてくる巨大な顔。

 咆吼を上げたかもしれない。叫んだのかもしれない。

 よく分からなかった最後の一撃。

 戦いは終わった。




 ゴンッ。硬い物がぶつかり合う音が戦場を揺らした。

 戦っていた手が止まり、そちらを見る。

 巨大な拳と小さな拳がぶつかり合っていた。肩を引いたのは巨大な体の方。拳を押さえ、体をのけぞらせ悲鳴をあげる。ありえない光景だった。何が起こったのか、目に見える光景が頭の中に入ってこない。

 ふらっと小さなちょんまげがふらつき巨人の足元に入る。手をついた、かのように見えたがその手は固く握られていたらしい。再び巨人の悲鳴が上がり、巨体が崩れる。ちょんまげは落ちてくる顔めがけて構えている。

「サムライ・パーーーンチ!」

 良い声が戦場に響いた。

 続いて大きな破壊音。

 ちょんまげのアッパーカットがジャイアントの顔面に炸裂していた。

 ジャイアントは倒れ、動かなくなった。その横でちょんまげも倒れ、動かない。

 まわりは唖然としている。アトロスは目の前の大きな隙を見せているオークを斬り捨てると法男に駆け寄る。数人の兵士がそれに続く。

「ヨシオカ!」

 法男の手がピクッと動いた。ふうっと息を吐くアトロスであったがそのまま法男が立ち上がろうとするのを見て慌てた。

「お、おい。無理するな。お前らノリオ殿を城に……」

「戦いは終わったのか?」

 アトロスははっと周りを見渡す。剣戟の音があちこちで聞こえる。

「ああ、俺はすぐに戦に戻るがヨシオカは城へ……」

「無用だ」

 片膝をついたまま立ち上がれないでいる法男は強い眼差しでアトロスを見た。

「ヨシオカ……」

 アトロスは言葉を出せなくなってしまう。

 法男は周りの兵士達を見回し、言う。

「俺の剣は折れてしまった。すまないが誰か剣を貸してくれないだろうか」

「こ、これを……あっ……」

 一人の兵士が剣を渡そうとし、その渡そうとした剣を見て躊躇いを見せる。

 その剣はボロボロだった。刃は欠け、血糊に塗れ、ジャイアントを倒した勇者に渡すのは躊躇われたのだ。

「い、いや、誰かもっといい剣を」

「それを貸してくれ」

 大きなボロボロの手が差し出された。

「あ、ああ」

 ボロボロの鎧を着けた兵士が剣を渡した。

「ありがとう」

 法男はその兵士に微笑みかけた。そして、その剣を支えに立ち上がった。

「この戦い、勝とう」

 二メートル六センチが声を掛ける。

「ああ、絶対に」

 アトロスの顔が再び戦士のものになる。

「おう。そして、皆で凱旋だ」

「すぐに終わらせてくるぜ」

「帰って皆でうまい酒でも飲もうぜ」

 兵士達も口々に答える。

「いくぞ!お前達!サラティアの強さを見せてやれ!」




 ジャイアントが倒れた事は魔物達に動揺を与えた。

 そして、そのジャイアントを倒した男は倒れたジャイアントの傍らに胸を張って立ち、こちらを睨みつけてくる。

 魔物達に脅えとひるみが生まれる。

 対してサラティアの兵士達の士気は最高だった。

 ジャイアントが現れた時点で負けはほぼ決定していたのだ。それをあの異世界から来た男が相打ちに持ち込んでくれた。残った敵は俺達だってなんとかなる。なんとかしてみせる。あのちょんまげの犠牲を無駄にしてはならない。

 法男の弔い合戦に兵士達は奮戦した。




 最後の敵の影が消えた。

 アトロスは法男目指して走る。他の兵士達も。

 法男の目の光が弱くなっていた。集まってきた兵士達を法男は見回し、その男を探す。

 見つけた。

 法男に剣を渡した兵士もまた、生き残り駆けつけていた。

 法男は男に剣を返す。

「ありがとう。とても良い剣だった」

 男は受け取った。法男はそのまま前に倒れ込む。男の空いていた方の手と横から伸びて来た大勢の手で巨体を支える。

「お、おい、ノリオ殿を急いで城へ!」

 いつもならアトロスの命令にすぐに従う兵士達もこの時ばかりは命令の前に行動していた。

「急げ-!」

「死ぬんじゃねえぞ!」

「手が空いてる奴ぁ先行って薬と酒を大量に用意しとけー!」

「料理もな!」

 兵士達は法男をかついで城に駆けていく。


 戦いは終わった。






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