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一-3

「でけえな、おいっ」

 そう言った男は丸かった。年老いたドワーフ。名をブランという。ここ、サラティアの王都サラティスで古くから鍛冶屋をしている。

「こんにちは、ブランさん。この人は……」

「ああ、知ってる知ってる。ターニャ王女が魔神と間違って召喚しちゃったんだろ?町中その噂で持ち切りだよ」

 ど、どこから……? と、アラミアは焦ったが、ターニャが魔神召喚の儀式をやるのでは、とは前々から至る所で囁かれていた事だ。突如出現した巨大な、異様な服装をした男を見れば憶測だけで容易に到達する推論だった。

「いやあ、しかし、ターニャちゃんが魔神と間違えたのも無理無いね。こりゃ、初めて見た奴は間違いなく魔神だと信じ込んでしまうだろうよ」

 ブランの遠慮の無い率直な悪口にアラミアは焦り、なんとかごまかそうとあわあわと手を動かす。しかし、ブランの口は止まらない。

「そうだ、国が正式な声明で『王女の召喚は成功し、巨大な魔神が現れました』と言えばみんな信じるよ。帰ったらポトロスにそう言っといてくれ」

 わっはっは、ブランは楽しそう。

 あわわ~……、アラミアは慌てる。おそるおそる振り向くと、法男は苦笑していた。

 ほっとしたアラミアはブランをきっと睨みつける。

「ブランさん、いい加減にして下さい!温厚な私もしまいには怒りますよ!」

 ごめんごめん、全く悪びれない態度でブランは謝った。しかし、それで満足したアラミアは用件の方を切り出した。

「こちらの、ヨシオカ・ノリオ様に合う剣と鎧を作って欲しいのですが」

 ふむ。予想はしていただろうその言葉を聞いて初めてブランは表情を引き締めた。腐っても年老いてもドワーフとしては変わり者だったとしても現役の鍛冶職人である。仕事に向かう時は常に真剣であった。

「ヨシオカ」

「うむ?」

 法男は察し、アラミアの前に出る。アラミアも邪魔しないよう法男の影に入る。

「こちらの剣を使ったそうだな」

「うむ」

「使い心地はどうだった?」

「軽い」

 ぷっ。ぶあーはっはっはっはっは。ブランは笑う。

「そりゃまあ、その体じゃあねえ。この国のどの剣も軽く感じるだろうよ。三本ぐらいまとめて握ればちょうど良かったんじゃねえか?」

 わっはっはっはっは。

 大丈夫。こんな態度であったとしても不真面目だったとしても口は悪かったとしてもふざけていたとしてもブランは真剣である。例え真剣じゃ無かったとしてもなんとかなる。

「後は?」

「柄の部分が短い。俺が使っていた剣術では両手で、離して、握る」

 こう、こんなふうに。法男はエアー竹刀を握り、ブランに示す。

 ほう。ブランは興味を引かれたようだ。長い木の棒を取り出して来て法男に渡す。自分が持ち易いのはどの長さだ? 扱いやすい重さはどれぐらいだ? ブランは今から作る剣のイメージを具体的にしていく。




「三日くれ」

「ありがとう、ブランさん!」

 結局、法男用の剣の製作にめどはついた。なんとかなった。アラミアも不安が消え、ほっとした様子だった。

「じゃあ、次は鎧ですね」

「えっ?」

「え?」

「いや、待ってくれアラミアちゃん。今から今まで作った事が無いような剣を作るんだ。鎧までは神経がまわらねえ」

 ちっ。

 使えねえ。なんてアラミアは思うような女性では無かった。

「はあ……、しょうが無いですね。剣を作り終えるまでは他を当たってみます」

 肩を落とし、心底がっかりした様子を見せ、相手にプレッシャーを与えるような女性だった。

「わ、悪いな。きっちり剣を仕上げたらその時また鎧の方にも取りかかせてもらうからよ」

 締めの言葉はもちろん本人だ。

「感謝する、ブラン」




 サラティスは城塞都市である。城壁で囲まれた街の中にまた城壁で囲まれたサラティア城がある。

 いきなり戦時中となったこの状況下。避難する者もいたが、まだまだ少数に止まっていた。いつでも隠れ、逃げれるように備えてはいても通常どおりに店を開いてる者の方が多かった。

「この街で一番大きい武器屋がここなんですよ」

 法男はアラミアとのランデブーを満喫していた。街行く人々は巨大な身体の法男をぎょっとしたり目を丸くして見つめるが法男は気にならないようだった。慣れているのだろう。元の世界でもそうだったのだから。

「やっぱりサイズ、無いですね……」

 この世界の身長分布はほぼ現代日本と同じぐらいである。通常、二〇六センチの身長に合う鎧なんて作られる事は無い。

「一応、何件か回ってみましょうか」

 法男は頷く。このランデブーの間、ほとんど法男は喋っていない。無口なのは法男がこの世界に召喚される前、日本で高校生として暮らしている時から同様であった。

 巨大な身体。剣の道を極めるという己の定めた目標の為、鍛錬に明け暮れ、同級生と関わりを持たない、寄せ付けない日常。剣道部にも所属せず、山の中で熊や猪相手に木刀を振い剣を磨いてきた。

「どうします?代わりになるものでもさがしましょうか?」

「いや、鎧はもういい。それより頭に巻く布か何かあるとありがたい」

 アラミアははっと法男の無造作に垂らされた髪を見る。そして、頬を赤らめる。そして、ほっとしたように頷く。

「それでしたらいろいろ揃っているお店を知っています。こちらへ」

 二人でランデブ-。

「ノリオ様、」

「うむ?」

「ノリオ様がいらした世界とはどのような世界だったのですか?」

「ああ、」

「はい」

「魔物なんていない、平和な世界だったな」

「はい」

「戦う事なんてほとんど無かったな」

「はい」

「だが、争いはあった」

「……はい」

「それで、魔法なんてものは無い」

「はい」

「その代わりの、道具がいろいろあった」

「どのような?」

「遠くの人と、魔法を使わず話す道具とか」

「へえ、道具で」

「空を飛んだり」

「それは……魔法でも出来ませんよ。ノリオ様のいた世界、こことは全く違う世界なのですね」

「いや、こことあんまり変わらないさ」

「……ノリオ様がいた世界、何と言う名なのですか?」

 法男は少し考えた。しかし、少しだけだった。

「日本」




 ターニャは昼食後の時間を自室で過ごしていた。

 広々とした部屋に女の子らしい装飾。その壁の一角にこの部屋に似付かわしくない真っ黒な巨大な服がかかっていた。

 椅子に腰掛け、法男から預かった変形学生服をぼうっと眺める。

「……」

 自分に出来る事。何だろう?

 ターニャは考える。

 ……あの人はどこから来たんだろう?

この国の事の為に出来る事を考えようとしてるのに浮かんでくるのはあの男の事ばかりだった。

 立ち上がり、壁に掛けてある学生服に近寄る。服をめくった。裏地には奇妙な文字のようなものが白い糸で刺繍されていた。ターニャには読む事が出来ないその紋様は法男がやってきた世界を感じさせられるものであった。

 ……どんな世界なんだろう?

 ターニャは法男と法男の世界に思いを馳せた。




「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」




 夕食は兵舎で取った。法男は親衛隊に所属とはいえ、一介の兵士ではなく王家の賓客扱いをされている。食事も兵舎ではなく自室で取る事も出来たのだが法男が希望したのであった。王家の者用に用意された食事は豪華であろうが法男には量が不安だったのだ。大勢の集まる場所であったら好きなだけ食べられるだろうというイメージからだ。希望は叶い、満足した法男はすぐに自室には戻らず、中庭の片隅で筋肉トレーニングを始める。腕立て、腹筋、背筋、スクワット。並外れた量をこなしていった。

 汗にまみれた法男は夜空を見上げる。

 元居た世界と同じく輝く星々。しかし、見た事のない配置が異世界である事を実感させた。

 そして、これまた同じくまあるいお月様。

 この世界の月の表面ではウサギが餅をついているようだった。




「ちっ」

 店に入ったとたんに舌打ちの音が聞こえた。

「いらっしゃい、でかいの。今日はかわいいアラミアちゃんは後から来るのかな?」

「いや、今日は俺一人だ」

 これ見よがしに肩を落としため息をつくブラン。

 そんなブランに法男はかまってやるそぶりも見せず、用件を切り出す。

「頼んでいた剣はもう出来ただろうか」

 そんな法男をかまってくれよとかノリ悪いんじゃねえのとかそういった目でちらりと見た後、ブランは苦笑をもらす。

「ああ、これだ」

 自分の身長よりも大きな剣をふらつきもせず法男に渡す。

 自分の鳩尾ぐらいの長さのその剣を法男は受け取ると握り具合を確かめる。

「良いようだ」

「振ったりしないのかい?おっと、やるんなら店の外で、だけどな」

「ああ。気に入った」

「そう言ってもらえると苦労した甲斐があるってもんだ。その剣は俺が作って来た中でも渾身の一振りだ。大切にしてくれ」

 ブランは少し嬉しそうだ。

「約束しよう」

「頼むぜ。戦で使ったりせず、床の間で大事に飾っておいてくれよ」

 がっはっは。

「いや、それは出来ない」

 はっは……。

「はあ、お前を見てると俺達を思い出すぜ……」

「うん?」

 法男には言葉の意味が分からない。

「ああ、俺達ドワーフの事だ」

「なるほど」

 まだ分からなかったが分かったふりをする。

「俺達ドワーフは、な。酒と鉄と沈黙を愛する種族なのさ。寡黙で変化を好まず、ただただ自分の技量を磨く」

 目の前の男には全く当てはまらないな、と思ったが法男はあいづちを打つ。

「人間が嫌いでね。泣いたり笑ったり怒ったり忙しい連中の近くにいると落ち着かねえ、って。穴蔵に籠もっているのさ」

「似てるか」

 俺が。

「うーん?」

 ブランはニヤニヤと笑い、法男の顔を覗き込む。

「いや、やっぱり似てねえか」

 お前も俺が愛する人間の一人に間違いねえ。




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