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終ー終

赤い裂け目のような細い目が下を向いた。そこには闇色のエルフが。

 目と同じ色の口が動く。奇怪な言葉が聞こえてくる。神経を竦ませるような声であった。

 アーメスはジャラビオウと同じ言語でそれに答える。

 ジャラビオウの顔に邪悪な笑みが浮かんだ。

 ブランはその巨大な悪魔を見上げるエルフの顔に見覚えがある事に気が付いた。

「アーメス? アーメスじゃねえか!お前、何してんだ?」

 ブランが叫ぶ。アーメスはゆっくりとブランに顔を向ける。

「ブランか……。見ろ、俺はついに偉大な力を手に入れた。……世界は俺が守る」

「お、おい、何を言って……、世界はとっくに救われただろ!」

「今度は!他の誰でもない!この俺が守ってみせる!」

「世界を守る為に世界を壊す力を手に入れたってか?やれやれ、どいつもこいつも……。レヴィ、お前が蒔いた種だろ。お前がなんとかしてくれよ」

 ブランの言葉は途中からは聞こえない程の小さな声になっていた。

 そのブランにゼルリオスからケインが声を掛ける。

「おーい、ブラーン、つまり、あいつを倒せばいいって事だな」

 ブランはゼルリオスを振り仰ぐ。

「ああ。そうだな。その通りだケイン!」

「よし!」

 ゼルリオスはヒート・ガンを構え、前に出る。ジャラビオウはそれを見ていた。

 ケインは撃つ。数発続けざまに撃った。赤い火の玉は黒い皮膚に弾き返される。ケインはソーラー・ブレイドに持ち替えた。滑るように前に進む。その足は宙に浮いていた。ジャラビオウが火の玉を吐いた。ゼルリオスはスーっと横に滑って躱す。次々と飛んで来る火の玉をケインは見事に躱して間合いに入った。

 横薙ぎに払おうとした。光の刃は黒い胴体の中に入っていかない。ケインの攻撃はジャラビオウに傷一つつける事は出来なかった。次の手を考えるケインに火の玉が迫る。ケインは刃を消し素早く離れた。

 ジャラビオウが笑っていた。

 法男も近づこうと走った。

 火の玉をいくつかかいくぐる。しかし、悪魔の手が伸びて来た。避けきれない。殴り飛ばされ、床を転がされた。倒れた法男めがけて火の玉が飛んで来た。

 火の玉が人の影に隠される。

 両手を広げたターニャだった。

 一回きりの盾。

 出来る事。

 ターニャは火の玉を見つめる。

 法男は体中の力を振り絞った。ターニャの腰に手を回し、全身で横に放り投げた。ブランが受け止める。

 法男の体が火に包まれる。

 黒い影が崩れていく。

 火が消えた。跡には何も残らない。

「ヨシオカーーーー!」

 ターニャの絶叫が部屋に響く。

 魔方陣が青く光り出す。

 部屋を青い光が埋め尽くした。










 闇。


 自分の体が認識出来ない。感覚がまるで無い。


 しかし、見える。


 角を生やした巨大な鬼の姿。恐ろしい形相のそれは裸で逞しい体には黒っぽい色の奇妙な模様が入れ墨のように浮かび上がっている。


「よう、ヨシオカ・ノリオ」


「お前は誰だ?」


 法男は声を出せたかよく分からない。しかし、鬼には伝わったようだった。


「俺は魔神だ。そして、ここはどこでもない場所。悪いな、帰る途中で引き止めちまって。でも、な。もう一回あの世界に戻ってみたくはないか?」


「うむ」


 間髪入れずに答える法男。


「じゃあ、俺が連れて行ってやるよ。だがな、戻ってもあの悪魔の王様は倒せないぜ? あいつの体はあの世界のどんな物でもどんな方法でも傷をつける事は出来ない。だが、俺なら、お前が望むのなら、あいつを切る力をお前にやる事が出来る」


「……」


「だが、俺は魔神だ。ここからは契約の話になる。お前があいつを切る力を得たいのなら、お前は俺の望みを叶えなくてはいけない。どうする? このまま自分の世界に戻る方がいいかもしれないぜ?」


「……」


 今度は法男は即答しなかった。


 魔神の顔を見つめる。考える。


 そして、答えを出した。


「条件がある」


 魔神は眉を寄せた。


「条件だと? ……言ってみろ」


「お前の名前を聞かせて欲しい」


 その言葉を聞いた瞬間、魔神の表情が。


 怒り、悲しみ、喜び、望郷、愛情、恋慕、嫉妬、憎悪、侮蔑、寂寥……。


 様々な感情が浮かんでは消えていく。もしかすると、それらの感情を思い出していたのかもしれない。


 最後に残ったのは笑みだった。爽やかな笑み。


「俺の名前はレヴィ・サラティア」










 青い光が引いて行く。

 影が見えた。飛び抜けた長身、リーゼント、膝まである変形学生服。手にはブランの剣が握られていた。

「ヨシオカ!無事だったのか!」

 ブランは驚きより喜びが勝っているようだった。

「ブラン、お前の胸当てのおかげで助かったようだ。礼を言う」

「そんな訳ねえだろ!」

 ターニャは法男に飛びついた。

「ヨシオカ!」

 自分に抱きつく小さな少女の頭をそっと撫でる。

「ターニャ、お前はお前のやるべき事をしなければいけないな」

 ターニャは赤い目で法男を見上げた。

「え……?」

「お前は魔法使いなのだろう? あいつの額にはあの十字架が無いようだが」

 法男は指差した。その先にはこちらを面白そうに見ているジャラビオウがいた。

 ターニャの顔が引き締まる。戦士の顔に。

 ゼルベリオスがこちらに滑ってきた。

「お、どうした? 着替えに戻っていたのか?」

「ケイン、俺をあいつの近くまで運んでくれないか」

「よし、あいつに向かって投げつければいいんだな」

「いや、もっと安全な方法でいこう」

「サウロス史上最高のW・H乗りと言われた俺を信じろって」

「いや、」

 それ以上言う前に法男はゼルベリオスに掴み上げられていた。

 振りかぶる。

 見事なモーションで法男は投げられた。

 飛ぶ法男。剣を引き付け前に突き出した。剣の先ではジャラビオウがきょとんとした顔をしていた。

 見事に額に突き立てる。法男は足で踏ん張り、そのまま剣にぶら下がった。

 一直線に斬り裂いていく。

 ジャラビオウの体に傷を付ける事が出来た。だが、巨大な体にはあまりにも小さな傷。ジャラビオウ自身も何が起こったのか分からず、あっけにとられていたぐらいの。

 そのせいだろう。

 上から落ちて来るゼルベリオスに対して反応が遅れたのは。

 ケインはソーラー・ブレイドを振り上げ、飛びあがっていた。法男のつけた傷を正確になぞる。振り下ろした時、ジャラビオウの体は真ん中から大きく開かれていた。

 ケインは転がっていた法男を掴み横に滑る。

 ターニャが杖を頭上に振りかぶっていた。

 呪文が完成した。

「プリンセス・バスター!」

 ターニャは叫び、杖を振り降ろす。杖の先から白い光りが溢れ、真っ直ぐに飛んで行く。

 ジャラビオウは光りに包まれた。

 砕けていく。崩れていく。

 光りが消えた後には何も残ってなかった。

 戦いは終わったのだ。




 ゼルリオスは法男を地面に降ろす。法男はゼルリオスのコックピットを見上げた。

「あ」

 法男が声をもらす。

「ん?どうした?」

 ケインが応える。

「契約を果たさなくてはいけないのを思い出した」

「へえ?そうなんだ?……おっと、そういえば俺もやらなきゃいけないことがあるんだった」

「ふむ?そうか、では」

 法男はそう言うと床を見下ろした。魔法陣が静かに青く光っていた。剣を突き刺した。走り出す。魔法陣が切り裂かれていく。

「ノ、ノリオ!?」

 突然の法男の行動にターニャとミレーニュは息を飲む。ブランはおっという顔をしていた。

 ケインは法男の行動を見てゼルリオスを動かす。剣を突き刺し走る法男のそばに近づき腕を伸ばす。キャッチ。そしてそのまま、法男が剣を突き刺したまま、魔法陣の上を縦横無尽に移動させる。魔法陣はあっと言う間に粉々になっていく。

「よーし、このぐらいかな?」

 ケインはゼルリオスを止め、法男を肩に乗せた。そしてソーラー・ブレイドを振り上げ、魔法陣に振り下ろす。魔法陣は粉々になり光を失った。

 ターニャとミレーニュは茫然としている。ブランはニヤニヤしながらゼルリオス達に近寄っていく。ゼルリオスの肩から法男はコックピットのケインに声を掛ける。

「ケイン、お前は何て事をしでかしたんだ」

「やばいかな?」

「うむ、怒られるぐらいじゃすまないだろう」

「やっべ、逃げなきゃ」

「うむ、急いだ方がいい」

 法男は笑顔でそう言った。ケインも笑顔。ゼルリオスは変形。ガシャンガシャン。飛行形態。浮かぶ。

 「おおい!行くつもりか!」

 近寄って来ていたブランが慌てて叫ぶ。

「うむ。あ、そうだブラン、レヴィからの伝言があった」

「ああ!?レヴィだと!?」

「うむ、後は任せた、という事だ」

「なっ……!?」

 ブランは絶句した。ゼルリオスは浮かんでいく。

「くっそ、レヴィめ!ヨシオカ!ケイン!ありがとうよ!達者でな!」

 ブランは色々言いたい事はあったが時間の関係でそう叫んだ。それを聞いたターニャとミレーニュは我に返る。

「ヨシオカー!!ありがとうございましたー!!」

 ちょっと涙目なターニャが叫ぶと法男は微笑み手を上げてそれに応える。

「ケイン!話したい事があるから!またいつでも戻って来て!元気でね!」

 ミレーニュが生きてきた長い年月の中で一番いい笑顔でそう言った。ケインは照れくさそうに笑いながら頭を下げる。

 ゼルリオスは壁にぽっかりと空いた穴目掛けて飛んでった。皆がそれを目で追う。静寂。最初に動いたのは闇色に染まったエルフ。アーメスは膝から崩れ落ちる。ようやくそこに残された敗北者の存在に皆が気づいた。

「ああ……」

 ブランは気まずそう。掛ける言葉が見つからない。だけどミレーニュはそんな哀れな闇色のエルフに近づいて行っていた。笑顔で。

 手を差し伸べる。

「久しぶりね、アーメス。どうしたの肌。そんなに黒くなっちゃって」

 顔をそむけるしかないアーメス。そんなアーメスにミレーニュは容赦ない追い打ち。

「帰ろう、森に。私もちょっと長く離れ過ぎていたみたい。ね、一緒に帰ろう」

 アーメスの目から涙。溢れて止まらない。見えていなかったからなのだろう。

 アーメスの手は差し出された手を握ってしまっていた。

「皆無事か!?」

 大声が部屋中に響きわたった。扉からアトロスがすごい勢いで入ってくる。親衛隊も引き連れて。

 ブランが、ターニャが、ミレーニュが、アーメスが、アトロスを見る。

 戦いは終わっていた。

 

 

 

 ゼルリオスは飛ぶ。

「なあ、終わったなあ」

 ケインは話し掛ける。

「うむ」

 法男は応える。

 帰る手段はある。この世界にいる理由はない。

 だけどさ。

 だけど。

 もう少し。

 こいつと。

「これからどうしよっか?」

「うむ、日が暮れる前に野宿出来そうな場所を見つけるべきだな」

「野宿できそうな場所?何それ?どんな所?」

「うむ、えーっとだな……。……うむ、ケイン、お前に任せた」

 ケインはククッと笑った。

「よし!任せろ!しっかりつかまってろよ!飛ばすぜ!」

「おう!」

 ゼルリオスは飛ぶ。

 

 

 

 こうして法男とケイン、二人の冒険が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 完



――二年F組の教室で。

――朝のH・Rが始まる前の時間に。




「おはようー」

 佐々本祥子はいつもより少し早い時間に登校していた。

 挨拶しながら目で探す。いた。

 窓際の一番後ろの席。ずば抜けた巨体が顔を伏せて目を閉じている。

 彼に用がある。息を吸う。近づく。

 近づくにつれ湧き上がる感情。恐怖。知るか。私にはそんな事関係無いから。

 しかし、実際に近づいてしまったら動悸が早くなってしまう。大きな背中を見ながら自分に言い聞かせる。

 落ち着け私、頑張れ私、勇気を振り絞ってサムライ・アタック。

 その瞬間ーーー

 彼の輪郭がぼやけた。と、消えてしまった。

 祥子は目をパチクリさせた。

「え?」

 と、思ったら普通に彼はそこにいた。何が起こったのか分からなかった。けれど計画を実行しなければ。少しぼんやりしながらも祥子は彼の肩を叩く。

「ね、ねえ、吉岡君?」

 法男はぴくっと体を動かす。

 ゆっくりと目を開ける。右を見る。左を見る。そして、一時の間を置いて祥子を見た。

「うむ」

 落ち着いた声でそう言った。

「え、えっと、あの、」

 祥子は落ち着かない。けど、頑張って用意していた台詞を言わなければ。

「あ、あのね、吉岡君、修学旅行欠席って届出したんだってね?で、でもね、経済的とかそんな理由じゃなくてね、クラスのみんなとなじめないから行かないって理由なんだったらね、そんなの気にしなくっていいから、行ったら切っ掛けになるかもしれないし、ひとりぼっちになんかなりっこないし、みんなと一緒が慣れてなくても怖がらなくてもいいし、絶対に楽しいから!ねえ、修学旅行、行こうよ!」

 法男はポカンとした。記憶を探る。修学旅行?行かない理由?……苦笑いが浮かんでくる。

「ああ。すまない。行くよ。修学旅行」

 法男ははにかんだ笑顔で言った。行かないのはいつもしているトレーニングのメニューがこなせなさそうだからだっけ?……下らない理由。どうでもいい理由。

「え?」

 祥子はポカンとした。あっけなく返ってきた言葉。こんなに簡単に思い通りになるシチュエーションはイメージしていなかったから。

「じゃ、じゃあ、私から担任の西村先生にに伝えとくね!」

 手を振りながら後ずさる。その姿に法男は声を掛ける。

「ああ、すまない、頼む。修学旅行ではお前と同じ班になりたいものだな」

 さわやかに言い切りやがった。

 祥子は法男のその台詞を言う顔を直視してしまっていた。胸がさっきまでと違う高鳴りを始めていた。なんでかさっきまで思ってもいなかった台詞が口から飛び出す。

「あ、あはは、私も吉岡君と同じ班になれれば嬉しいな」

 さっきまで全く思ってもいなかったのにもかかわらず全く嘘の無い言葉。素直な言葉。

 祥子は手を振りながら教室を出て行く。

 法男は見送る。見えなくなり、気が付くと自分が教室中の注目の的になっている事に気がついた。その視線一つ一つに目を合わせていく。全部の視線が離れ、いつもの自分の環境に戻る。

 ああ、なんという。

 いつものように誰とも関わらないでいた教室で。

 あのような勇気のある人と出会った。

 法男はそこである少女を思い出し、微笑んだ。

 俺も。

 ここに、この俺が存在している。

 やりたい事が変わっていた。法男は物思いにふける。

 今からでも部活に入れないかな……いや、体育会系じゃなくても……部活じゃなくても……。

 法男は考え込み、ふと、自分の頭に手をあてた。

 ポマードで固められたリーゼント。

 法男は苦笑した。

 

 

 

 今日の帰り、床屋に寄らなくっちゃな。

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