終-3
赤い口が赤と金に彩られた背中に遮られ見えなくなる。
連続して聞こえてくる爆発音。黒いオタマジャクシが倒れていくのが見えた。
「……?」
法男は目の前で起こっている光景が飲み込めない。
赤と金に彩られたW・Hが振り向いた。
「よう、ノリオ、久し振りだな!」
聞こえてきたのは懐かしい声だった。
懐かしい?いや、初めて聞く声だった。
コックピットがスライドして開いていく。見えたのはケインによく似た男。しかし、ケインではないのは一目瞭然だった。その男はケインよりも背が高く、精悍で大人びていた。
「ケイン!」
しかし、間違いなくケインだった。
「どうだ?このゼルリオスは。かっこいいだろう?」
そのW・Hはエクリオスよりも曲線が増え、丸みを帯びたデザインだった。
足にあった特徴的なタイヤは無くなり、噴出口のようなものがいくつか付いて
いる。両肩には盾のような物が装着され、腰には円筒の武器らしき物がぶら下
がっていた。そして、両腕でバズーカのような武器を構えていた。
「……俺はエクリオスの方が格好いいと思う」
「マジかよ!こいつは最新式だぜ?」
「うむ。性能はともかく見た目はエクリオスの方が上だな」
「ちっ……。お前にはセンスってものが無いって事がよく分かったよ」
背後で黒い影が蠢き、立ち上がっていく。
「おっと、話は後だな。ちょっと、俺の仇を取ってくる」
コックピットは閉じられ、向き直る。
「お、お前、さっきの子供か……?」
悪魔の表面の傷が塞がっていく。
「おう!三年前はよくもやってくれたな!」
ゼルリオスは抱えた武器を発射する。そこから出て来たのは赤い火の玉。悪魔の口から出た物とよく似ていた。
火の玉は悪魔の表面を溶かし、穿っていく。
「どうだ!ヒート・ガンの威力は!お前のよりすげえだろう!
「うがああああああ!」
悪魔は咆吼し、真っ赤な口を開けた。
ゼルリオスはヒート・ガンを腰に着け、もう一方にあった円筒を握った。その先から光の刃が現れる。振りかぶるそれの長さは悪魔を軽々と超していた。
真っ直ぐに振り下ろす。
一閃。
真っ二つになる悪魔。
「どうだ!ソーラー・ブレイドの味は!」
「ふっ……。僕を倒すとはやるね……。しかし、もう、僕たちの王、ジャラビオウがすぐそこまで来ているよ……ふふふ……」
悪魔は塵となった。
「そいつも倒してやるさ!」
ゼルリオスは折り畳まれ、形を変えていく。最後に翼が生えた。
「ノリオ、乗れよ!」
「うむ」
法男はエクリオスの時と同じ場所、肩辺りに登った。そこには背もたれと取っ手がついていた。背もたれには法男が読めない字で何か書かれている。
しかし法男には何と書いてあるのか分かるような気がした。
笑みがこぼれる。
「しっかり掴まってろよ!」
「おう!」
ゼルリオスは浮き上がる。機首が持ち上がっていく。空が見え、一気に加速した。
「敵襲?昨日の今日でか。……あいつらのいない隙を突かれたか」
ミレーニュの部屋で報せを聞いたブラン、ミレーニュ、ターニャ。
「でも、こんな早くじゃあまり強力な魔物はいないかもしれないよね……?」
ターニャは心細げに呟く。
「ああ。勿論大丈夫だろう。アトロスが残っている。心配はいらねえさ」
ブランはターニャの頭を優しくなでる。しかし、身長が同じくらいなのであ
まり様にはなっていなかった。
「それに、もしもの時には俺が守ってやる。ミレーニュ、武器を用意してくれないか。できれば斧がいい」
「分かったわ」
ミレーニュは部屋を出る。
「ドワーフの若き獅子王の異名を持つ俺に敵う奴なんていねえよ」
そう呼ばれたのは四〇〇年前でしょ!ミレーニュは部屋に戻ってそう言いたかったのだが、大人なので武器の調達を優先させた。
二人はいない。しかし、その事はサラティアの兵士の士気を下げなかった。むしろ、燃え上がっていた。
先頭に立つアトロスは前方を見据える。敵影が見えてきた。ゴブリンの集団。ゴブリン以外の魔物はいない。アトロスは剣を抜いた。
しかし、遠くに見えるゴブリン達はなかなか近づいて来ようとしない。
「……?」
いつもとは違う魔物の動きにアトロスは訝しむ。こちらから突撃をかけようか、そう思った時、兵の一人が空を指差し叫んだ。
「おい!あれは!」
皆が一斉に見上げる。その先には翼を広げるワイバーンの姿があった。そして、その背に二つの影が。
アトロスは緊張してワイバーンを待った。剣を握る手に力がこもる。
しかし、ワイバーンは降りて来ない。
「しまった!」
アトロスが敵の意図に気づいた時にはもう、ワイバーンは城壁を越えていた。
ワイバーンの背にはアーメスとメドーシュ。
「おい、何だあの穴は?」
「あれは例の魔方陣がある辺り……?行ってみるとするか」
ワイバーンは降下していく。穴をくぐり、部屋に降り立つ。
広い部屋の中央に浮かび上がる青い魔方陣。
「ふふ、手間が省けたな」
「これがお前が言っていた魔方陣か。なるほど、見事なものだな」
メドーシュは魔方陣の中央に歩いていく。
「ここでいいのか?」
「ああ。始めるぞ」
アーメスは目を閉じ、呪文を詠唱していく。
ミレーニュが斧を抱えて戻って来た。
「大変よ!ワイバーンが城内に入って来たって」
ブランの顔が引き締まる。
「様子を見て来る。お前達はここにいろ」
ミレーニュから斧を受け取った。
「もう、若くないんだから無茶しちゃだめよ」
ブランは苦笑して頷いた。
廊下に出た時、魔方陣の部屋から物音が聞こえた。慎重に近づく。扉を開けた。
鋭い鉤爪が飛んで来た。
斧をぶつける。見事に弾き飛ばしたが衝撃はブランを後方に転がした。
起き上がり部屋の中を見る。爬虫類の凶悪な顔が見えた。
その向こうに魔方陣が赤く輝いているのが見えた。
この戦いの敵がそこにいるのだろう。何かを召喚しようとしているのだろう。それはきっと大いなる災いをもたらすものに違いない。あの時のような。ここには俺しかいない。ならば、俺が止めるしかない。
ブランは斧を握りしめ、突進した。
またしても爪が飛んで来る。今度は横に受け流す。部屋に入れた。人影が二つ見えた。そこに行こうと走り出す。視界に巨大な尻尾が現れた。
「死んだと思った瞬間目が覚めたんだ」
「うむ」
「そこはエクリオスのコックピットの中で召喚された時と同じだった。降りて皆に話し掛けたら俺がいなくなった事に気づいた奴は一人もいない。さぼっていた事も気づかれてなかった。時間が経ってなかったらしい」
「それは幸運だったな」
「まあな。で、俺は何が何やら分からなくて、マッド・ダディに相談したんだ」
「うむ」
「そしたら、世界移転装置を作ってくれた」
「……うむ」
「そうそう、帰りの切符、お前の分も持って来てるから。死ななくていいぜ」
「帰りの切符?」
「俺がもう死ぬのは嫌だと言ったらマッド・ダディが作ってくれた」
「……マッド・ダディはすごいんだな」
「ああ。ダディがいる十年は一世紀分の文明が進むって言われているぐらいだからな」
「ほう。どんな人物なんだ?」
「ちょっと変わってるけどいい人だよ。俺の親友さ」
ケインだけが使える、一度しか使えない世界移転装置を三年かけて作ってくれるぐらいの。
「なるほど。戻ったらよろしく言っておいてくれ」
「おう!……さあ、見えて来たぜ」
「うむ」
尻尾はブランを弾き飛ばした。転がり、壁に叩きつけられる。しかし、すぐに起き上がった。
ワイバーンを倒さなければあそこには近づけない。ブランは突進した。
前足がブラン目がけて落ちて来た。ブランはひらりと躱すと地面を叩いたその手に斧を振り下ろす。砕ける音。ワイバーンが悲鳴を上げる。次の攻撃に移ろうと斧を持ち上げたブランをワイバーンの尻尾が襲う。飛んで避けようとしたがかすめてしまった。
宙を舞うブラン。
鋭い牙が並ぶ大きな口が迫って来る。
風を切る音。
赤い塊がワイバーンの土手っ腹にブチ当たる。仰け反るワイバーン。赤い塊から何か飛び出した。ちょんまげ。
剣を振るう。
ワイバーンの首が舞った。
それらを空中で呆然と見ていたブランは落下して行く。地面に激突する直前に何かに掴まれる。
ゼルリオスの手はブランをそっと地面に降ろした。その目の前にちょんまげが降って来てブランの方に転がって来た。
ブランは受け止める。
「ブラン、感謝する。が、お前は鍛冶職人なのだろう?戦うのは俺達に任せておけ」
ブランはあまりの事に法男の軽口に返す余裕は無かった。
「……ヨ、ヨシオカ?あれは?」
「うむ。ケインの乗るゼルリオスだ」
「よう!ブラン。相変わらず丸いな!」
ゼルリオスから聞こえる声はブランに違和感を与えた。
「ケインの声に似てるが……?何か……?」
「声変わりしたのだろう。それより、」
法男が魔方陣に意識を向けた時、赤い光が三人を包む。
メドーシュとアーメスは同じ部屋で起こっている戦いに全く気を取られる事無く儀式を進めていたのだ。
ケインと法男は間に合わなかったのだ。
赤い光が消え、邪悪な空気が濃密になる。
メドーシュの体が膨らんでいく。
アーメスは確かに優秀な魔法使いであった。しかし、それでもちっぽけな悪魔を召喚する事しか出来なかった。その足りない魔力を召喚した悪魔から貰った「魔」とメドーシュをこちらの世界の媒介とする事で補った。
そして、悪魔王「ジャラビオウ」をこの世界に召喚する事を成功させた。
メドーシュはその身体にジャラビオウを顕現させる。もし、メドーシュの意識がジャラビオウに勝つ事が出来たら悪魔王の力を手に入れ、自我を保てただろう。しかし、それは蟻が象に挑む戦いだった。メドーシュの精神は儀式が終了した瞬間、消滅した。
膨らみ続けるメドーシュ。黒く変色しながら。
大きさはあの悪魔よりやや大きいぐらい。首が無く、胸に顔がついてるようである。先にいくにつれ、細くなっている手は地面に届きそうであった。逆三角形に手足を付けた様な姿は圧倒的な威圧感を放っていた。