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第一話 フロム・ジャパン

「魔神召喚は可能でしょう」

 この部屋の管理人をしているエルフのミレーニュはそう言った。

 魔神召喚。この国に伝わる秘術。約四〇〇年前、一度だけ成功したという。以来、一度も試みられなかったその術は方法だけがサラティア王家に伝えられている。

「しかし、非常に危険です」

 召喚した魔神とは契約を結ばなければならない。魔神が何を代償に求めるのかは分からないし、魔神が気に入らなければそのまま殺されてしまうかもしれない。

「私としてはやはり思いとどまって頂いた方が……」

 ミレーニュはそう言ってくれたが、サラティア王国の王女であり最大の魔力を持つターニャは既に覚悟を決めていた。

 意を決して扉を開ける。

 初めて入るその部屋は薄暗く、部屋の向こう側はぼやけて見える程の広さだった。天井もかなり高い。壁の片側、かなり高い所に小さな明かりとりの窓があった。

 そのか細い光を頼りに中央に進む。

 床にこれまた巨大な魔方陣が青く浮かび上がっていた。

 ターニャはその前で跪き、胸の前で手を組む。目をつむり、心を落ち着かせ、呪文を詠唱し始める。

 呪文が進むにつれ、魔方陣の青い光が強くなっていく。部屋の空気が変わる。何か邪悪な濃密な気配が強く感じられた。それが最高潮に達した時、ターニャは両手のひらを天井に向かって差しあげた。

「サラティアの名の下、出よ、魔神!」

 ターニャが叫ぶと同時に青い光が部屋の中を埋め尽くす。

 そして、光が弱まり邪悪な気配も消えた。

 そこに、居た。魔方陣の上に。

 ターニャは思わず息を飲み込んでしまう。

 そこに現れたものは自分の二倍はあるように感じた。実際にはそこまでではなかったのだが、身長だけでなく広い肩幅や分厚い胸板が大きいという印象をさらに強くさせていたのだ。そして、その巨大な身体を包む服は見た事が無い形をしており、真っ黒であった。中央のボタンだけが金色をしていて不気味に光を放つ。そして、その髪はやはり黒。中央に寄せ、前に突き出しながら後ろに流すという見たことのない異様な髪型は威圧を感じさせられた。

 そこまでだったらただの人並み外れた身長を持つ奇抜な服装の人間と変わらないだろう。

 だが、その目、その顔つき。眉間に皺が一本、彫りの深いその顔にするどい目つき。その目がターニャの方を見た。心の芯まで震え上がりそうになる。

「魔神」というものの恐ろしさをターニャは初めて実感した。

 しかし、ここで逃げ出す訳にはいかない。ターニャは勇気を振り絞った。

「魔神よ!我の望みはこの国の危機を払う事。汝の望みを申されよ。そして、我と契約を!」

 ターニャは決死の覚悟で魔神の返事を待つ。

 魔神は口を開かない。そんなターニャをじぃっと見つめる。そして、何も言わないままターニャから目を離し、ゆっくりと辺りを見回した。その目が再びターニャに戻ってくると魔神はターニャの方に歩み寄って来た。

 ターニャは後ずさりしたいのを必死に我慢して魔神を見つめる。

 魔神はターニャの目の前まで来ると足を止めた。

「もう少し詳しい話を聞かせてもらおう」

 魔神の声は意外と若々しかった。その声にターニャの緊張は少し解きほぐされ、これまでのいきさつを語り出した。




 サラティア王国は山間の小さな国である。魔法が盛んで、そのおかげで大国にも引けを取らない程の力を持っている。城下街は城壁に囲まれ外敵を寄せ付けない。時に魔物も現れたりする事もあったが強力な魔法を持つサラティア軍に簡単に撃退されていた。国は永らく平和であった。

 しかし、それが一変してしまったのだ。

 二週間程前、ゴブリンを中心とする魔物の群れが街を攻撃し始めた。その魔物達には魔法が一切効かなかった。戦いは常に劣勢となった。そして魔物達の攻撃はついに城壁を突破するところまで迫っていた。




「そして、自分達の力ではどうしようもなくなったお前達はここで『魔神』を召喚しようとしたって訳か」

 その言葉に違和感を抱きながらターニャは頷いた。

「お願いです!私達に力を貸して下さい!」

「いいだろう」

 魔神はあっさりと言った。

 ターニャはほっとするが同時に「契約」の事を思い出し気を引き締める。

「それでは、契約を……。あなたの望みを聞かせて下さい……」

 またしても魔神はすぐには口を開かない。自分の胸より低い所にあるターニャの目をじっと見つめる。

 ターニャにとって魔神が口を開くまでの間は死刑宣告を待つ時間であった。

「悪いが契約は出来ない」

「え?」

 ターニャには予期せぬ言葉が聞こえた。

「俺は魔神なんてものじゃなく、ただの人間だからな」




「……?」

 聞こえた言葉が上手く頭の中に入ってこない。

 私は確かに「魔神召喚」の儀式を行い、成功させた。だからこの男がここにいるのではないか。しかも、この男は姿こそ人間と似てはいるが私達とはどこかしら異質だ。その異質さが「魔神」という存在なのだと思っていた。しかも、…………しかも私の願いにうなずいてくれた……。

 扉が開いた。

 ターニャの思考は中断され、そちらを見る。男も同じく入り口の扉を見つめる。

 開いた扉から女の姿が現れた。

 人間にしては華奢過ぎるそのプロポーション。ふわりとさらさらな金色の髪。こちらをうかがうその目は透き通った美しい青色。耳は細く尖っていた。そして貧乳だった。ストンとかペタンとかの擬音がとてもよく似合う彼女は「森の妖精」と称されるエルフであった。彼女は総じて美しいとされているエルフ族の中でも飛び抜けて美しいだろう、見る者の魂を吸い付ける容姿であった。

 彼女──ミレーニュは男の姿を見とめると体をこわばらせたが無事な王女の姿を見てほうっと息を吐いた。

 そして姿勢を正す。

「報告します!外の者より遠話が入りました。敵に正門を突破された、と」




 まず、男が動いた。

「案内しろ」

 そう言いながらも王女を置いて早足で扉へ向かう。ターニャは追いつき追い越す為には駆けねばならなかった。

 ミレーニュは扉を大きく開き道を空ける。

 男はそんなエルフを一顧だにせず扉を抜ける。ターニャは複雑な表情を見せながら小さく会釈しながら駆け抜けていく。

「せっ……」

 成功したのですか?そんな言葉を掛ける暇はなかった。ミレーニュは言葉を選び直した。

「ご無事で!」




 その言葉にもう一度力強く小さな頷きを見せ、ターニャは男を追い越す。

「ただの人間なのでしょう?奴らには魔法は効きません。どうやって戦うというのですか?」

 駆けながら問いかける。しかし、ターニャは男の力を疑っている訳でも見くびっている訳でもなかった。既にこの男はこの状況を打開してくれるのだと確信していた。

「この世界にも剣という物があるだろう?」

 その物言いにひっかかりを感じながらも疑問に対する答えだけを口にした。

「はい!城門を出た所に用意させておきます!」

 ターニャは遠話をどこかに飛ばしたようだ。男はそんな事に対して疑問をはさむ事無く付いていく。

 狭く長い通路。魔方陣の部屋はこの建物、サラティア城の一番奥深い所にあったのだった。長い距離を駆けた後、ターニャは最後の扉を開いた。

 一人の召使い風の女が剣を持って立っていた。ターニャはその女から剣を受け取り男に渡した。

「これをお使い下さい」

 男は黙って受け取る。

「あの……、あなたは剣士なのですか?」

 ターニャはためらいがちに抱いていた疑問を口にした。この男の持つ雰囲気は気軽にものを尋ねる事を躊躇わせるものだったのだ。

「いや、武士(サムライ )だ」

 どこか誇らかしげに、もしかすると照れくさそうに男は言った。




 城門の前はきれいに石畳で舗装された広い一本道だった。遠くに巨大な門が見える。あれが突破されたという正門なのだろう。ターニャはそこを目指して駆けていく。

「あそこか?」

「はい!」

 ターニャは駆ける。男はその背中を見つめた。

「場所は分かった」

「はい!」

 ターニャは駆ける。男は少し困ったようにその背中を見つめた。

「もういい。あとは一人で行ける」

「はい?」

 ターニャは振り向かず、駆けながら答えた。

「お前は戻れ」

「いえ!私も行きます!」

「魔法は効かないんじゃなかったのか?」

 男にはこの少女が魔法以外の力を持っているとは思えなかった。

「はい!効きません!」

「じゃあ戻れ。お前は戦えないのだろう?」

「いえ!戦えませんがあなたの盾ぐらいにはなれます!」

 既に無いと思っていた命。命を捨てて召喚に挑んだはずであったが現れたのはただの人間だったという。しかし、その、ただの人間は助けてくれるのだという。ならば私は私に出来る事、私がこの国の為に、この男の為に出来る事をやりにいこう。たとえ、それが一太刀を防ぐだけの事であっても。

 ターニャは駆ける。男はその背中を見つめる。

 そして、その襟首に手を伸ばした。

「きゃっ!」

 軽々とその体を引き寄せ耳に口を近づける。

「ありがとう」

 男はそう言った。微笑んでいた。その目は優しくターニャの目を覗き込んでいた。ターニャは間近でその顔を見てしまった。胸が鳴った理由は何なのだろう?そう思った瞬間ターニャの体は大きく後方へ投げられていた。

 着地。衝撃を逃がす為にぐるぐると後転する。その動きは俊敏で、なるほど、王女らしからぬ、いちどきりの盾にはなれそうだった。

 立ち上がって自分を投げた男を睨みつけようとしたら視界が真っ黒になっていた。焦った時にはもうその服は自分に覆い被さっていた。服からようやく顔を出した時、

「預かっててくれ!」

 豆粒みたいな背中がそう言った。




 刃と刃がぶつかり合う音。そこには鎧をつけた巨大な獣の集団が剣を振るっていた。

 豚のような鼻を持ち邪悪な小さな目、頭には二つの小さな角。体は人間の倍はありそうなその魔物はこの世界では「オーク」と呼ばれる凶悪な魔物であった。

 その全てのオークの額には黒く十字架の形に奇怪な紋様があった。

 対する人間は一体に対して数人がかりで。しかしそれでもいつなぎ倒されるか分からない程の劣勢。

 男は剣を鞘から抜く。

 一番近くにいたオークは向かってくる男に気がつき剣を向けようとした。

 が、遅すぎた。

 男は間合いに入った瞬間オークの首を胴体から離していた。

 崩れおちる巨体。そのオークと戦っていた兵士達は呆然と男を見る。周りのオーク達や兵士達も男に気づいた。オーク達は新たな敵を一番にやっつけてしまわないといけない存在だと認識したようだった。戦っていた兵士達をはね除け、すり抜け、男に殺到する。兵士達は見慣れぬ姿といきなりの状況にどう判断していいかわからない様子だった。

 オークの剣が男の頭目がけて振り下ろされる。

 紙一重。

 ぎりぎり、という意味では無く必要最小限。かわした先では振りかぶっていた。振り下ろす。それの一番近くにいたオークが真っ二つになった仲間を認識した時には男はその左、剣を持っていない方に移動していた。

 切る。

 次々と斬っていく。

 兵士達は自分達のすぐそばでオークをなぎ倒していく鎧も着けない、見慣れない服を着た巨漢をぼうっと眺めるしかなかった。

 あっと言う間に立っているオークはいなくなった。

「あ、あの、あなたは……?」

 兵士の一人が男に声を掛ける。

「戦いは終わったのか?」

 男が返すとその兵士ははっとなった。今の状況を思い返したのだろう。

「今、私達が戦っていたのはオークという敵の中でも強力な魔物です。そいつらに城門を突破されたのですが門の外ではゴブリンという敵の主力が押し寄せています。別の部隊がそれに応戦中です」

 男は頷き、駆け出す。

 その場にいた兵士達もその背中を追って駆け出した。






 ゴブリン達は数だけは多いものの難敵ではない。十数体のオークを一瞬で撃破した男も加わった事もあって、程なくサラティア軍は敵を壊走させた。

 敵の姿が見えなくなるとサラティアの兵士達は見慣れぬ男の方をみる。助けられた事実とその奇妙な服装、巨大な体、凶悪な顔という自分達とは異なっているという意識が行動を迷わせていた。男の方もそんな兵士達の様子を眺めているだけで自分から話し掛けることも歩みよる事もしない。

 そんな中、一人の兵士がその男に歩み寄って行った。オーク達の戦いの後、男に話し掛けたあの兵士であった。

「ありがとうございました。あなたのおかげでこの国の危機はひとまずは回避できたようです」

 そう言って頭を下げる。男も返礼した。

「私はサラティア軍親衛隊隊長のアトロス。聞きたい事はいろいろありますがまずは城に帰って一休みとしましょう。ご案内いたします」

 親衛隊の隊長アトロスは兵士達に厚く信頼されているようだった。アトロスが男に歩み寄った時から周りの兵士達から不安な色が消え、成り行きを見守るようになっていた。

 アトロスはそんな周囲をぐるりと見回す。

「皆、この戦いは我々の勝利だ!帰還するぞ!」

 おおー、と兵士達は鬨の声をあげた。

 男の事は親衛隊長に任せておけば安心だ、とばかりに皆ぞろぞろと城門へと向かう。

「では、こちらへ」

 アトロスは男を促し歩き出そうとした。その背中に声が掛かる。

「アトロス隊長」

 アトロスは振り向いた。男と目が合った。男は小さな笑みを浮かべていた。

「俺の名前は吉岡法男」

 アトロスにも笑みが浮かぶ。

「よろしく、ヨシオカ」

 手を差し出した。

 差し出された手を握った。





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