第七章 優しすぎる自分が嫌いになった頃
家族という形が、音もなく崩れていった日だった。
家族という居場所を失ったあと、僕の中に強く残った感情があった。
それは怒りよりも先に浮かんだ、「優しすぎた自分への嫌悪」だった。
相手を思うあまり本音を飲み込む。
ぶつかるより我慢を選び、正しさより空気を守る。
家族のためだと思って続けていたその姿勢が、いつの間にか自分自身を削っていた。
無理をして笑い、傷ついても平気なふりをする。
周囲から見れば優しい人間でも、自分の中では少しずつ壊れていく音がしていた。
「どうしてもっと強くなれなかったのか」
「なぜ嫌われる勇気を持てなかったのか」
裏切られたあと、真っ先に責めたのは相手ではなく、自分だった。
優しかったから守れなかった。
信じすぎたから壊れた。
そう思うほど、あの頃の自分が嫌いになっていった。
それでも今なら少しだけ分かる。
あの優しさは弱さではなく、必死に家族を守ろうとした証だったのだと。
完璧じゃなくても、不器用でも、あれは確かに僕の生き方だった。
そして今、僕は思う。
傷ついたからこそ、誰かの痛みが分かる。
裏切られたからこそ、簡単に人を切り捨てない強さを持てる。
優しさは失うものではなく、鍛えるものだ。
昔のように無防備に与える優しさではなく、自分を守りながら、それでも人を思いやる優しさ。
誰かを信じることをやめない。
人に冷たくならない。
壊されたからといって、自分まで壊れた人間にはならない。
それでも僕は、強く、そして人にやさしく生きていくと決めた。




