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第五章 壊れていく現実
ある日、家に帰ると、部屋が静まり返っていた。
いつもの音がない。子どもの声も、生活の匂いも消えていた。ただ空っぽの部屋だけが残っていた。
連絡をしても返事はない。電話もつながらない。違和感は一瞬で確信に変わった。
机の上には、妻の携帯電話が置いてあった。電源を入れると、すでに初期化されていた。その隣には貯金通帳があり、預金はほとんど引き出されていた。
悪い夢を見ているようだった。
実家に連絡しても、そこにも妻はいなかった。
警察にも相談した。しかし返ってきた言葉は冷たかった。
「その件はこちらで把握しています。捜索願は受理できません。」
それだけだった。
子どもに会えない。
今まで心の支えだった存在に、突然、触れることすらできなくなった。その現実に、頭がおかしくなりそうだった。
なぜ、こんな仕打ちを受けなければならないのか。
僕は今まで、家族のために頑張ってきたつもりだった。
それなのに、すべてが消えた。
僕の生きる理由だったものが、全部なくなった。
もう嫌だ。
辛い。
消えたい。
終わりにしたい。
そのとき、僕は初めて思った。
人は「死にたいから死にたい」のではない。
生きる理由を、すべて失ったときに、そう思ってしまうのだと。




