第三章 静かに狂いはじめた歯車
今思えば、きっかけは子育てがひと段落した頃だった。
長男が小学校に入学し、次男と長女が幼稚園に入園してバス通園が始まった頃。家の中に少しだけ余白が生まれたそのタイミングで、妻は「運動がしたい」と言い出した。
夜に一人で走るのは危ないと思い、僕は近くのジムに通うことを勧めた。それが、すべての始まりだった。
通い始めた頃の妻は、家に帰ると楽しそうにその日の出来事を話してくれていた。誰と話したか、どんな運動をしたか、些細なことでも笑いながら語っていた。
だが、少しずつ変わっていった。
ジムで仲良くなった人と出かけるようになり、夜に家を空ける日が増えた。最初は僕も「友達ができて良かった」と思い、快く送り出していた。
しかし、出かける頻度は増え、帰ってくる時間は遅くなっていった。
それと比例するように、夫婦の会話は減っていった。以前のようにその日の出来事を楽しそうに話すことはなくなり、家の中には沈黙が増えていった。
僕も不安にはなっていた。それでも妻は「不倫だけは絶対にしない」と言っていた。
妻の母は、妻が子どもの頃に不倫で離婚している。そのことを妻自身がとても嫌っているのも知っていた。
だからこそ、僕は信じていた。
まさか自分の家庭で同じことが起きるなんて、少しも疑っていなかった。
違和感は、ある日突然やってくるものではなかった。
会話が減り、目が合わなくなり、スマホを見る時間が増えていく。問いかけても「疲れているだけ」と返され、それ以上踏み込めなかった。
僕は信じる方を選んだ。疑うより、家族でいることの方が大切だったからだ。
だが、信じることと見ないふりをすることは違う。その違いに、当時の僕は気づけなかった。




