幕間 仲間
最近、よく喋る後輩がいる。
境遇は、どこか自分とよく似ていた。
数年前に結婚し、子どもが生まれ、
そして――妻に不倫され、離婚した。
もともと明るく、よく笑うやつだった。
けれど、その出来事を境に、日に日に元気がなくなっていった。
笑ってはいる。
でもその奥に、どうしようもない疲れが滲んでいた。
人生に、どこか見切りをつけてしまったような顔だった。
きっと、もう限界だったんだと思う。
僕は、何度か心療内科に行くことを勧めた。
最初は渋っていたが、何度目かの時、ようやく彼は通院を始めた。
薬をもらうようになってから、
彼に小さな変化が起きた。
少しずつ、笑う回数が増えた。
ただ――その笑いは、どこか不思議だった。
時おり、少し狂気じみたことを、
まるで世間話のように軽く口にするようになった。
「もし全部壊してやったらどうなるんすかね」
そんなことを、天気の話でもするみたいに笑って言う。
普通なら、少し怖いはずの言葉。
でも彼は、それを“やらない”と分かっている。
分別があるから、踏み越えない。
だからこそ思った。
彼は壊れたんじゃない。
壊れそうになった先で、バランスを取り直したんだと。
良識のある狂人。
分別のある変人。
そんな言葉が、妙にしっくりきた。
そして気づいた。
――それは、どこか今の自分と重なっていた。
だからだろう。
距離が縮まるのに、時間はかからなかった。
二人きりのときは、
少し頭のおかしい雑談で笑い合い、
時には、あの頃の辛い話をして、また笑った。
普通なら、笑える話じゃない。
でも僕たちは、笑った。
あの痛みを知っているからこそ、
笑える瞬間がある。
お互いに飲んでいる薬の種類まで、なぜか同じだった。
「お揃いっすね」
そんな軽口から、いつの間にかドラッグトークに花が咲く。
「あの薬、けっこう効きますよ」
「マジで?ちょっと先生に相談してみようかな」
周りから見れば、きっと異様だったと思う。
冷めた目で、あるいは少し心配するような目で見られていた。
でも僕らにとっては、それがただの日常だった。
そんなある日、彼と遠出する機会があった。
運転は僕。
助手席に後輩。
そして3列シートの真ん中に、若い男性職員が一人座っていた。
最近、彼女ができたばかりのやつだ。
正直、最悪のフォーメーションだったと思う。
両サイドに、離婚と不倫を経験した男が二人。
その真ん中に、まだ幸せの途中にいる男が一人。
逃げ場はない。
案の定、会話は自然とそっちの話になった。
助手席と運転席から、淡々と過去が語られていく。
バックミラー越しに見えた彼の表情は、
最初は少し引いていた。
無理もない。
聞きたい話ではなかったはずだ。
けれど――
しばらくすると、彼も口を開いた。
「でも…どうなんすかね、結局、女の人って…」
気づけば、会話に混ざっていた。
むしろ途中からは、一番前のめりになっていたかもしれない。
三人の会話は、妙に盛り上がった。
笑いながら、どこか歪んだ現実を語り合う。
普通じゃないはずの空間。
でもそのときの僕らには、それがやけに心地よかった。
そのときだった。
一台のコンパクトカーが、いいスピードで横を追い抜いていった。
一瞬見えた車内には、男女が乗っていた。
その瞬間、助手席の彼が何気なく言った。
「あー、きっと不倫っすね」
前触れのない一言。
車内に一瞬の静寂が落ちて――
次の瞬間、僕らは大笑いしていた。
話を聞けば、彼の元妻も、
似たような車で不倫していたらしい。
どうしようもない現実なのに、
なぜか笑えてしまった。
――いや、違う。
笑うしかなかったのかもしれない。
でも、その時間は確かに温かかった。
ああ――
こうやって人は、
壊れたままでも、誰かと並んで笑うことができる。
そしてきっと、そんな時間に救われている。
友達とは違う。
同僚とも、また違う関係。
きっと、こういう関係というのを人は「仲間」と言うんだろう。




