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追放令嬢と逃亡王子の王国再建計画  作者: スパイシーシェフ
第1部:野生の伯爵令嬢、野良王子を拾う
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第9話:返品、成金、無人の野を往くが如く

「な、なんだこれは……ッ!?」


 早朝、ヴェーノ本部である丘の上の館に、悲鳴に近い報告が響いた。


 港町レグスを見下ろす高台。

 極彩色で塗り固められた外壁と、過剰なまでに金箔を施された獅子の像。

 その正門前に、三つの物体が幾何学的な等間隔で並べられている。


 昨夜、街へ放たれたはずの刺客たちだ。

 だが、その形状は異様だった。

 両端の二つは、肩から上が消失している。血液の流出はなく、高熱で瞬時に溶解したのか、断面がガラス細工のように滑らかな光沢を放っている。

 中央の一つは、外傷こそ見当たらないが、糸の切れた人形のように四肢を投げ出し、完全に沈黙していた。

 共通しているのは、所持金、武器、靴に至るまで、換金可能な物品がすべて剥ぎ取られ、ただの肉塊としてそこに在るという事実だ。


 死体の中央には、どこかの商店から拝借したであろう紙片が一枚。

 『粗大ゴミにつき、返却します』

 端正で育ちの良さを感じさせる筆跡が、逆に見る者の神経を逆撫でする。


 「ふ、ふざけるな……! 誰がこんな……!」


 門番たちが、ジリジリと足音を立てて後退する。

 喉が鳴る音が静寂に響く。

 死の事実そのものではない。それを成した手口の不可解さと、自分たちを物品として扱う徹底した冷徹さに、眼球が釘付けになって動かない。


 その時、館の重厚な扉が内側から乱暴に開かれた。


 「退けぇッ!」


 蝶番が悲鳴を上げ、扉が壁に激突する。

 幹部ボロフ。

 身の丈ほどもある巨大な戦斧を片手で提げ、丸太のように太い首に青筋を浮かび上がらせている。

 彼は玄関前の階段を駆け下りると、門番たちを怒鳴り散らした。


 「舐め腐りおって……! 余計な挑発をしやがって! どこの馬の骨とも知れんガキが、ヴェーノに喧嘩を売ってただで済むと思っているのか!」


 ボロフは苛立ち紛れに、並べられた死体の一つを蹴り飛ばした。

 ドサリ、と濡れた音を立てて転がるかつての部下。彼にとって、機能しなくなった手駒は路傍の石と同義だ。


 「俺が直々に叩き潰してくれるわ! どこだ! そのふざけたガキはどこにいる!」


 ボロフが血走った目で坂の下を睨みつける。


     ──────


「おや。わざわざお出迎えとは、感心な心がけですこと」


 坂の下から、少女の声が響いた。

 朝日が照らす石畳の道を、一定の歩幅で登ってくる一行がいる。


 日傘を差したメリーと、黒服のジャック。その斜め後方、顔色を失ったアルが続く。


 「……ジャック。あれが拠点のようですわね。外観の統一感が皆無です」


 メリーは館を見上げ、日傘の柄を握る指先をわずかに動かした。

 壁面を埋め尽くす過剰な金箔、様式の異なる尖塔、極彩色の外壁。

 在るべき調和を無視し、欲望を鍋にぶち込んで灰汁も取らずに煮込んだような配色がそこにある。


 「成金趣味ですな。色彩の調和という概念が欠落している。あの装飾を見るだけで、家主の知性が知れるというものです」


 「ええ。美意識の欠如は、組織運営における致命的な瑕疵となり得ますわ」


 好き勝手な品評。


 坂道の両脇に展開していた数十人の構成員たちが、武器を握り直す。

 重心を前へ傾け、足に力を込める。

 だが、動かない。


 ジャックが視線を走らせる。

 ただそれだけで、構成員の一人が喉を鳴らし、瞳孔を開いたまま固まる。額から汗が流れ、石畳に染みを作る。


 静寂の中、アルの存在だけが不協和音として響いた。

 不規則な足音。整わない呼吸。

 自身の帯びた剣が鞘走り、金具と触れ合ってカチ、カチと乾いた金属音を撒き散らす。

 彼は前の二人の背中を見失わぬよう、もつれる足を叱咤してついていくのがやっとだった。


 「ひ、……ッ」


 誰かが手斧を取り落とした。

 カラン、という音が響く。

 それを合図に、包囲の輪が左右へ割れた。

 恐怖に突き動かされた群衆が、見えざる壁に押されるように道を開ける。

 メリーたちは視線を左右に振ることなく、その中央を直進する。


     ──────


「貴様らか……ッ!」


 正門前、ボロフの咆哮が大気を震わせた。

 握りしめられた戦斧の柄が、常軌を逸した握力によって軋みを上げ、今にも圧し折れんばかりに悲鳴を上げている。


 「よくもノコノコと顔を出したな! その減らず口ごと、ミンチにして豚の餌にしてやる!」


 問答無用。

 名乗りも、交渉の余地もない。

 吐き出された殺意は、即座に物理的な破壊行動へと変換された。


 ボロフが巨体を躍らせ、地面を蹴り砕く。

 敷石が飛散し、質量そのものが砲弾と化して突進を開始した。

 振り上げられた戦斧が風を巻き込み、台風ごとき暴威を纏ってメリーの頭上へと迫る。

 それは武術の理など不要とする、ただ圧倒的な「重さ」による処刑であった。


 対するメリーは、歩調ひとつ変えない。

 頭上から迫る死の影に対し、日傘を差したまま、退屈そうに睫毛を伏せるのみ。


 「野蛮ですわね」


 呟きと共に、空いた右手が指揮棒を振るうように滑らかに空を撫でた。

 指先から迸ったのは、夜闇よりも深く、鮮烈な蒼紫の炎。

 揺らめく火焔は瞬時に三本の「爪」の形状を成し、ボロフの巨体を正面から薙ぎ払う。


  一閃。


 爪で空間ごと引き裂くような、鋭利な軌跡が走った。


 鋼鉄の戦斧が、熱量の暴走によって飴細工のごとく溶解し、原型を留めずに千切れ飛ぶ。

 蒼い爪は勢いを殺さず、そのままボロフの上半身を深々と引き裂いた。


 断末魔は置き去りにされた。

 斜めに走った切断面から、鮮血は一滴も流れない。

 代わりに、体内にねじ込まれた熱量が逃げ場を求めて炸裂し、傷口から猛烈な勢いで蒼紫の炎が噴き出した。

 目、鼻、口、あらゆる開口部から火焔を溢れさせ、ボロフという生命体は内側から焼き尽くされていく。


 崩れ落ちる巨体。

 肉が焼ける湿った音と、炎が酸素を喰らう轟音だけが残響する。

 かつて幹部と呼ばれた物体は、噴き出す業火に包まれながら、無様に石畳の上へ転がった。


 周囲を取り囲んでいた構成員たちの喉から、呼吸を忘れたような乾いた音が漏れる。

 最強を誇った暴力が、指先一つで、あまりに淡々と処理された。

 眼前で起きた現象は、彼らの理解の範疇を超え、戦意という概念そのものをへし折った。


 誰かが取り落とした剣が、硬質な音を立てて石畳を叩く。

 それが合図となった。

 全員が我先にと背を向け、逃走を開始する。

 正門から離れ、脇道へ、あるいは斜面の下へ。

 もはや組織の規律など存在しない。あるのは、この不可解な化け物と同じ空間にいたくないという、原初の生存本能のみ。


 館の前には、波が引くように唐突な静寂だけが残された。


     ──────


 「……汚い」


 メリーは、足元に転がるボロフの残骸を一瞥し、ハンカチで鼻を覆った。

 鼻をつく脂と鉄錆の臭いを避けるように、彼女はスカートの裾を摘み、汚れ一つない靴で正門を跨ぐ。


 「ジャック、掃除の手配を。この匂い、耐え難いですわ」


 「承知いたしました。後ほど、逃げ遅れた下っ端を捕まえてやらせましょう」


 指示を出し終えた直後、メリーの足が止まった。

 彼女は日傘をジャックへ手渡すと、ふぅ、と小さく息を吐き出す。

 戦闘態勢の緊張が解けたのか、無防備に両腕を上げ、凝り固まった背筋を伸ばすように大きく伸びをした。


 「ん、んん……っ」


 衣擦れの音と共に、小動物のような華奢な肩が上下する。

 ふわり、と力が抜け、口元が緩む。

 張り詰めていた空気が霧散し、年相応の少女としての無防備な隙が垣間見えた。


 背後で、アルが間の抜けた息を漏らした。

 彼は剣の柄を握りしめたまま、カチコチと音をさせていた手の力を忘れたように緩める。

 眼球が、転がる肉塊と、無防備に体をほぐす少女の間を往復する。

 喉の奥で言葉が詰まり、ただ呆然と立ち尽くすことしかできない。


 「行きましょうか。……アル、口が開いていますわよ」


 メリーは何事もなかったかのように背筋を正し、再び一定の歩調で歩き出した。

 溶解した死体を障害物のように跨ぎ、三人は開け放たれた扉の奥へと足を踏み入れる。


 館内は、不気味なほどに静まり返っていた。

 構成員たちが逃げ去った後のホールは、微かな風の音だけが空洞に響いている。

 視界を埋めるのは、無秩序な豪奢だ。

 床には毛足の長い真紅の絨毯。壁には金箔を貼られた武具や、脈絡のない巨匠の絵画が所狭しと飾られている。

 金に糸目をつけず、手当たり次第に高価な品を並べ立てた空間は、博物館というよりは墓荒らしの倉庫に近い。


 「……品性の欠片もありませんな。この壁紙と絨毯の組み合わせ、正気を疑います」


 「ええ。内装の総入れ替えが必要ですわ。この空間にいるだけで、美的感覚が摩耗します」


 敵の本拠地を歩いているというのに、二人の会話は物件の査定に終始している。

 アルだけが、脂汗を拭いながら視線を巡らせていた。

 物陰に潜む刺客、あるいは罠。騎士としての訓練が、この異常な無人状態に警鐘を鳴らし続けている。

 だが、襲撃はない。

 ただ自分たちの足音が、虚飾に満ちた廊下に吸い込まれていくだけだ。


 階段を上り、最上階へ至る。

 廊下の空気が変わった。

 それまでの成金趣味とは一線を画す、重苦しい圧迫感。

 突き当たりに鎮座するのは、黄金の装飾が施された巨大な両開きの扉だ。

 無駄に厚みのある黒檀の材質と、過剰な彫刻。

 その向こう側に、この街を牛耳る暴力の頂点が待っている。


 アルの喉が鳴った。

 肌を刺すような殺気と、扉の向こうから漏れ出る重圧に、足がすくむ。


 メリーは扉の前で足を止め、軽く服の皺を直した。

 顎を引き、深呼吸ひとつ。

 少女の表情は消え、慈悲なき「交渉人」の仮面が貼り付く。

 彼女は静かに、その扉へ手をかけた。


 「さて。経営権の譲渡交渉と参りましょうか」


 重い音と共に、扉が開かれる。


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