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追放令嬢と逃亡王子の王国再建計画  作者: スパイシーシェフ
第2部:反逆の狼煙は西側に上がる
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第34話:野良貴族、無条件降伏、肩を並べて歩き出す二人

「ベルン君は知っているか? アイゼンハイド侯爵家を」


 港から領主の館へと続く大通り。

 石畳を踏みしめる靴音が、乾いた音を立てて響く。

 バルカスは、さながら自分の庭を散策するかのような足取りで歩を進めていた。

 その背後には、仕立ての良いスーツに身を包んだベルンと、商会の制服を纏った『海鳥』の少女たちが付き従う。


 通りの両脇には、事態を飲み込めずに立ち尽くす住民たちの姿があった。

 彼らは一様に息を潜め、遠巻きにこの異様な一団を見つめている。

 港を制圧し、我が物顔で闊歩する侵略者。

 その佇まいは、戦いの決着を見るまでもなく、既に勝者の風格を漂わせていた。


 バルカスの問いかけに、ベルンは緊張で強張った顔を少しだけ緩め、ため息交じりに応じる。


「知っています。あのアイゼンハイド将軍を輩出した家ですよね」


「そうだ。このランツェベルク家は、アイゼンハイド侯爵家の子飼いだ。西側に睨みを利かせる役割を担っている」


 バルカスは悠然と前を見据えたまま、事もなげに口にする。

 その言葉の意味を咀嚼し、ベルンは顔を引きつらせた。


「うわぁ。こんな辺境のいざこざが、実は将軍との直接対決だったんですね」


 ベルンは歩きながら、親指の腹で人差し指の側面を何度も擦り、落ち着かない視線を彷徨わせた。


「ギルガルド伯爵領、その南に位置するダルトン子爵領、そしてここランツェベルク子爵領。これらにちょっかいを出せば……」


「侯爵家――将軍は黙っていないでしょうね」


 ベルンの指摘に、バルカスは愉しげに口角を吊り上げた。


「そうだ。だがその三家を、将軍が動く前にすべて落とすとどうなるか」


「それは……将軍も頭を抱えるでしょうね。自領を取り戻すために王国軍を動かす? そんなことできるんですか?」


「難しい判断になるだろうな。王国軍が動けばこの西の領地は取り戻せるかもしれんが、そんなに簡単に動かせるものじゃない」


 バルカスの視線は、遥か彼方の王都を見据えているようだった。

 領地争いに王国軍を動員する愚。

 その政治的コストと、迅速に既成事実化される西側の支配。


「ギルガルド伯爵、ランツェベルク子爵を落として、間に挟まるダルトン子爵に選択の余地を与えず服従させる、ですか。悪どいですねぇ」


「はっはっは。それがわかるベルン君も同類だと自覚したまえ」


「これもメリーさんの作戦ですか?」


「いや、これは私の独断だ。必要とあらば私は動くよ」


 さらりと言ってのけるバルカスに、ベルンは天を仰ぐ。


「あとでメリーさんに怒られても知りませんよ」


「キミも同罪だ」


「僕たちは、ジャックさんのように、影に紛れて逃げられないじゃないですか。嫌だなぁ……」


 ベルンのぼやきは、海風に流されていく。

 バルカスは足を止めず、領主の館を見据えて笑った。


「はっはっは。腹を括りたまえ」


     ──────


 領主の館、正門前。

 バルカス一行が到着すると、そこに門番の姿はなく、代わりに二人の『海鳥』が立っていた。

 彼女たちはバルカスの姿を認めると、流れるような動作で敬礼し報告を行う。


「屋敷の中は制圧済みです。ランツェベルク子爵の執務室は二階の角、あそこです」


 少女の一人が指差した先、館の上階にある一室を見上げ、バルカスは短く頷く。


「ごくろう」


 それだけを告げ、バルカスとベルンは躊躇いなく館へと足を踏み入れた。

 背後では、護衛として随行してきた『海鳥』たちが、門を守る仲間に声をかけている。


「おっつー」「交代で休憩しなさいね」


 緊張感の欠片もないやり取りを背に、二人は大理石の階段を上り、指定された執務室へと向かった。

 重厚な扉の前にもまた、二人の『海鳥』が衛兵のように立っている。


「お疲れ様です。子爵様」


「うむ。入れてくれ」


 バルカスの指示に、少女の一人が不規則なリズムで扉をノックした。

 カチャリ、と中から鍵が開く音が響く。

 内側から警戒していた仲間への合図なのだろう。

 少女が扉を開け放ち、バルカスたちを招き入れた。


「やあ、ランツェベルク子爵。息災のようでなによりだ」


 執務室に足を踏み入れたバルカスは、旧知の友人を訪ねたかのような陽気さで声をかけた。

 馬鹿にしているのか、勝者の余裕なのか。

 部屋の中央、執務机の前に立たされていたランツェベルク子爵は、苦々しい表情でバルカスを睨みつける。


「たった今、息災じゃなくなりそうだ。お前のせいでな、ブラッドレイ」


「ふむ」


 子爵の恨み節をどこ吹く風と受け流し、バルカスは部屋のソファへ勝手に腰を下ろした。

 ベルンもそれに倣い、隣に座る。

 すかさず、制圧していた『海鳥』の一人が紅茶を淹れて差し出した。

 湯気の立つカップを受け取りながら、バルカスは顎で対面のソファを示す。


「掛けたまえ、ランツェベルク子爵」


 そう言って、バルカスは組んでいた足をゆったりと組み替える。

 革靴が重厚な絨毯を擦る音が、執務室の静寂に不遜に響いた。

 当たり前に主客が転倒している。

 ランツェベルクは深く息を吐くと、もはや抵抗する気力もないのか、言われた通り律儀にバルカスの向かいに座った。


「一応聞いておく。何のつもりだ、ブラッドレイ」


「わかっているとは思うが回答しておく。アルベルト・アステリアの軍門に下れ」


「まあ、そうだろうな。オルコット辺境伯の力を得てから三年か? 長かったな」


「あれから三年、何も備えてこなかったのか?」


「アレで海から来られてはどうすることもできん。野良貴族のくせに忌々しいやつだ」


 ランツェベルクは窓の外、港に鎮座する黒い巨船の方を親指で示し、憎々しげに吐き捨てた。

 その言葉に、優雅に紅茶を啜っていたバルカスの眉がピクリとも動かないのを見て、ベルンが首を傾げる。


「野良?」


「ああ、本家を持たない下級貴族のことをそう呼ぶ風潮はあるな」


「私から説明しよう」


 バルカスの代わりに、ランツェベルクが口を開いた。

 捕虜の立場でありながら、奇妙なほど落ち着き払っている。


「元々、ブラッドレイ家は、西側一帯を領地とするノルトヴァルト侯爵家の分家だったんだ。ノルトヴァルト家が潰れ、西の守りが崩壊したため、中央から別の貴族が派遣された。それがオルコット辺境伯だ。その辺境伯領なのだが、南北に長い領地の真ん中にできたせいで、南のブラッドレイ領は孤立し、独立貴族になったという経緯があるんだ」


「ノルトヴァルト侯爵家はどうして潰れたんです?」


「経営破綻だと聞いている。何しろ昔の話だからな。正確な原因は不明だ」


「そうなんですね。ありがとうございます」


 ベルンが律儀に頭を下げると、ランツェベルクは鼻を鳴らしてバルカスに向き直った。


「正直、お前のところはすぐに潰れると思っていたよ。お前の代で」


「まあ、領地経営なんかに興味はなかったからな、私は」


「何があった? そんなお前が領地を立て直し、戦争を仕掛けてくるとは思わなかったぞ。そんな野心家だったか? お前」


「……五年前くらいか。港町レグスを勝手に復興し始めた者が現れたんだ」


「勝手に……? それをお前は許したのか?」


 領主権限の侵害などという言葉では生温い。

 ランツェベルクは目を細め、正気かと疑うような視線をバルカスに向けた。


「ああ、しばらく様子を見ていたんだがな、本当に復興しかしないんだ。私に交渉すらして来ずに」


「領主に交渉すらしない……」


「さすがに痺れを切らして会いに行ったよ。舐められないよう入念に調査と準備をし、偉そうにあの船で乗り付けて。……とんでもない人物だった。私の人生観がひっくり返ったよ。……あの時の衝撃は今でも忘れられん」


 バルカスはカップを置き、どこか遠くを見るような目を細めた。

 その瞳には、かつての港町と、そこにいた少女の姿が映っているのだろう。


「それがアルベルト・アステリア元第一王子だった、と?」


「そうじゃない。あのアルベルト王子すら顎で使う傑物だ」


「そうですね。いつもアルさんに、アレしなさい、コレしなさいって指示を飛ばしていましたね。あの頃」


 懐かしむようなベルンの言葉に、バルカスも頷く。


「ランツェベルク子爵のところにも入ってきているだろう。レグスの塩や干物は」


「ああ、女の子のイラストが入ったあれだな」


「そのイラストの人が、先ほどから言っている人物、メリーさんです」


 ベルンがすかさず正解を告げると、ランツェベルクは目を丸くした。


「何? あのイラストにはモデルがいたのか? 何者なんだ?」


「メリュジーヌ・ギルガルド元伯爵令嬢。当時は十歳かそこらだったな」


「ギルガルド伯爵令嬢!? なんだと……」


 その名を聞いた瞬間、ランツェベルクの表情が一変した。

 ただの驚きではない、何か別の衝撃を受けたような顔つきである。


「どうした? 何か妙な心当たりがありそうな顔だな」


「五年くらい前……か? ダルトン子爵から、ギルガルド伯爵の娘を預かってくれないかと話があった。伯爵令嬢なら当家の跡取りとして育ててもいいかと思い了承したのだが、結局その娘は来なかった」


「その娘が、どこで拾ったのかアルベルト王子を連れてレグスを訪れ、今の流れを作った。面白い話だろう?」


「今の西側の経済を作ったのがその娘だと?」


「そうだ」


「その娘、そしてお前の頭脳か。……その復興を近くで見たかったな。さぞかし面白かっただろう」


 ランツェベルクは天井を仰ぎ、想像するような表情を浮かべる。

 敵対していたはずの相手が作り上げた奇跡に、純粋な興味を抱いているようだった。


「実際、楽しかったし充実もしていたよ。もちろん苦労もあったが」


「そうですね」


 ベルンが相槌を打ったその時、執務室の扉が控えめにノックされた。

 許可を得て入ってきたのは、ランツェベルク子爵の執事である。

 彼は主人の前に進み出ると、沈痛な面持ちで報告した。


「ギルガルド伯爵領が、アルベルト・アステリアの手によって落ちたとの報告がありました」


「伯爵領が……これもその娘が?」


 ランツェベルクの問いかけに、バルカスは無言で頷く。

 そしてスッと目を細め、鋭い視線をランツェベルクに向けた。


「情報が入ってくるのが遅いのではないか? 情報は戦力だよ。軽視するのは良くない」


     ──────


「情報も出揃った。それでは本題に入ろう」


 バルカスは組んでいた足を解き、前のめりになってランツェベルクを見据える。

 その瞳には、獲物を追い詰めた猛禽のような鋭い光が宿っていた。


「本題も何もない。要求は無条件降伏だろう。そこの彼は経済担当か? 港と街道の封鎖、関税で締め付ける交渉役だろう」


 ランツェベルクは深く重い溜息を吐き出す。

 もはや抵抗の意志を示す気力さえ削がれているようだった。


「悪どい交渉をせずに済みました。やりたくなかったんですよね、僕」


 ベルンがそう言うが、その言葉は本当は悪どい交渉をしに来た、と雄弁に語っている。


「抵抗も、断ることもできん。言え」


「簡単だ。アルベルト王子の軍門に下れ。そして我々の西側経済圏に参加しろ」


「そんな事でいいのか? 長い目で見れば、私には得しかないのではないか?」


 意外なほど寛容な条件に、ランツェベルクは眉をひそめる。

 敗者から全てを奪うのが常套手段であるならば、この提案はあまりに甘すぎた。


「それは早計だ。アルベルト王子が玉座に届けば、という前提が抜け落ちている」


「お前はそれに全てを賭けている。そうだろう? アルベルト・アステリアではなく、メリュジーヌ嬢に」


「そうだ」


 バルカスの返答に迷いはない。

 その確信に満ちた即答を聞き、ランツェベルクはふと表情を緩めた。


「ならば私もそれに乗ろう。むしろ、なぜもっと前に声をかけてくれなかったのか、とさえ思うよ」


「ふっ」


 バルカスは短く鼻を鳴らす。

 その問いには答えず、ただ口の端を吊り上げるだけで肯定した。


「侯爵には、戦争で負けたと正直に報告する。書類はあとで良いな? まずは何をやる? ダルトン子爵を落とすか?」


 ランツェベルクは既に腹を括っていた。

 その顔つきは、陥落した敗軍の将ではなく、新たな計画に参画する協力者のそれへと変貌している。


「北のダルトン子爵を落とす。ダルトン子爵の身柄を、ギルガルド領を占拠しているアルベルト王子に届ける」


「当家の戦力では難しい……か、……いや、そうじゃないな。戦力ではなく、状況を利用しろと言っているのだな」


「そうだ。ギルガルド領とランツェベルク領は落ちた。この状況でダルトン領に生き延びる術はあるのか? 簡単な話だろう?」


「落とせるな。それはできる。アルベルト軍の武力、辺境伯の脅威、西側からの経済による締め付け、確かに可能だ。問題は落とした後のダルトン子爵の処遇くらいか」


「簡単だ。このランツェベルク領と同じ扱いだとすればいい。アルベルト王子の軍へ参戦、そして西側経済圏にも参加させる。大まかな要求はそれだけだ」


「お前のことだ、今すぐダルトン領へ行くから用意しろと言うのだろう」


「その通りだ。私の部下を十名ほど連れていく。馬車を用意してもらおう」


「わかった」


 ランツェベルクは執事を呼びつけ、短く指示を飛ばした。

 自らはコートを羽織り、帽子を手に取る。

 その背中は、新たな戦場へ向かう戦士のそれであった。


「ベルン君、ギルダ君に指示を。この屋敷を使っていい。交代で港と街を守るように伝えてくれ」


「私の屋敷を勝手に……。それより、ギルダ姉が来ているのか?」


 聞き捨てならない名前を耳にし、ランツェベルクの手が止まる。


「あの船が来ているのにギルダ君がいないわけがないだろう」


「ギルダ姉?」


 ベルンが首を傾げると、ランツェベルクは遠い目をして苦笑した。


「ああ、当家とブラッドレイ家は先代のころからの交流だ。ブラッドレイをいじめてはギルダ姉に殴られる、そんな子供時代だったよ」


「ギルダ君はいまだに独身だ。貰ってやれ、ランツェベルク子爵」


「……その命令、拒否することは可能か?」


「はっはっは」


 バルカスの高笑いが、執務室に響いた。

 無茶な命令に顔をしかめるランツェベルクの背を、バルカスが豪快に叩く。

 文句を言いつつも、その足取りに迷いはない。

 かつての悪友同士、肩を並べて戦場へと歩き出す二人の背中を、ベルンは頼もしげに見送った。



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