表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放令嬢と逃亡王子の王国再建計画  作者: スパイシーシェフ
第2部:反逆の狼煙は西側に上がる
33/55

第33話:出航、悪事の経歴、勝負下着の対価は金貨一枚

「来ました! ギルガルド伯爵を討ち取ったとの報告です!」


 静寂を破る叫びと共に、『海鳥』の連絡係が執務室へと飛び込んできた。

 港町レグスの朝、海鳴りだけが響いていた空間が、一瞬にして熱を帯びる。

 報告を受けたバルカスは、弾かれたように座席から立ち上がった。

 その双眸に宿るのは、待ちわびた好機を逃さぬという強烈な意思である。


「よし! 行動開始だ!」


 バルカスはハンガーに掛けてあった薄手のコートを掴み取ると、スーツの上から翻すように羽織った。

 躊躇いなく歩き出し、部屋を後にする。

 廊下を進み、階段を降りていく背後には、いつの間にか商会の制服を纏った少女たちが付き従っていた。

 足音すら立てず、影のように主人の背を守る『海鳥』の一団である。

 一階の食堂を通り抜ける際、バルカスは足を止めずに声を放った。


「バズ君、予定通りだ。私は出る。後は任せたぞ」


「承知」


 短く応じたバズの声音には、バルカスへの絶対的な信頼と、留守を預かる者としての覚悟が滲む。

 バルカスは頷くこともなく、そのまま出口へと向かった。

 待機していた馬車に乗り込み、港へと急ぐ。

 やがて、港に到着した一行の眼前に、圧倒的な質量を誇る黒影が立ちはだかる。

 規格外の排水量を誇るガレオン船が、主の到着を待ちわびるように鎮座していた。

 船体は闇夜を煮詰めたような漆黒に塗られている。

 船腹に並ぶ無数の砲門は、沈黙を守りながらも、その破壊力が飾りではないことを雄弁に物語っていた。

 マストには、この領域を支配する者の証である旗が、風を受け誇らしげにはためいている。

 桟橋では、ベルンがバルカスの到着を待ち構えていた。


「すぐに出航できます。旗艦メリー・ローズ号に搭乗してください」


「いい名前だな。メリー・ローズ」


 バルカスは船体を見上げ、満足げに口元を綻ばせた。

 ブラッドレイ家の紋章に、新たな彩りが加えられている。

 鮮烈な蒼紫の薔薇が、黒き巨躯の上で異様な存在感を放っていた。

 タラップを上がり、甲板へと足を踏み入れる。

 そこには、武装した船員たちと、ブラッドレイ子爵家の兵たちが整列していた。

 歴戦の猛者たちが放つ張り詰めた空気を切り裂くように、ギルダが歩み寄る。


「来たね、バルカス。旗艦以下中型船4隻、出港準備はできてるよ。号令を出しな」


「出港! 目的地はランツェベルク子爵領!」


 バルカスの号令が、海風に乗って轟いた。


     ──────


 旗艦メリー・ローズ号、作戦会議室。

 波の音だけが響く室内で、バルカスは琥珀色の液体が揺れるグラスを傾けていた。

 対面の席には、どこか居心地の悪そうなベルンが座っている。

 そこへ、商会の制服を纏った少女が音もなく現れた。


「港と、ランツェベルク邸には『海猫』と『鴎』を潜入させています。我々が港へ到着するのを合図に、作戦行動を開始します」


「よろしい」


 短く応じたバルカスに対し、ベルンが深いため息をつく。


「なんで僕まで一緒に乗ってるんでしょうね」


「はっはっは。何を今更。キミは私の右腕じゃなかったのかね」


「僕は商人です。戦争は専門外ですよ」


「それこそ今更だ。辺境伯領を経済という戦争で絞め落としたキミが言うべき事じゃない」


「そんなことになってるんですか? あれをやったのはメリーさんと子爵なのに」


「はっはっは」


 バルカスは愉快そうに笑うが、ベルンの表情は晴れない。


「笑い事じゃないですよ。僕にこんな格好させて……。ランツェベルク子爵との交渉に同席させる気マンマンじゃないですか。そんなことは支部長にやらせてくださいよ」


 彼はいつもの商人の格好ではなく、仕立ての良い上質なスーツを着せられていた。


「ヒルデガルド君はもう支部長じゃない。銀葉商会から独立して、領都の名を冠した『ヴォルデン商会』の代表だ」


 バルカスは愉しげに目を細め、手元のグラスを揺らす。

 唐突な事実に、ベルンが目を丸くした。


「え? 聞いてませんよ、僕」


「まだ手続きの最中だ。中央からの締め付けで、王都の銀葉商会本部との関係は切れたからな。馬鹿な連中だ」


 切り捨てるような言葉と共に、バルカスは酒を喉へ流し込む。


「自分の首を絞めて何が楽しんですかね? 中央は」


「はっはっは。キミが味方でよかった。その感性は貴重だよ」


「僕に悪どい交渉をしろという事ですよね? 僕は大商人を目指しているのに、大悪人として名前が売れるじゃないですか……」


 ベルンは慣れないスーツの襟元を、居心地悪そうに弄りながら恨み言を漏らす。


「商品も名前も、売れるのは良いことじゃないか」


「おもしろくないですよ、それ」


 ぼやき続けるベルンをよそに、扉が勢いよく開かれた。

 入ってきたのは、船長帽を被ったギルダである。

 彼女は空いている席に腰を下ろすと、『海鳥』の少女が差し出した酒を煽った。


「順調だよ。波も風も問題ない。予定通りだ」


 ギルダは空になったグラスをテーブルに置くと、満足げに大きく息を吐き出した。


「それは重畳。昼までには到着できるな」


「始まったんだねぇ。いまいち実感わかないけど」


 ギルダは天井を見上げ、非日常へ足を踏み入れた浮遊感を確かめるように呟く。


「ああ、始まった。実感なんぞ、あとから勝手についてくる」


「あの王子様はどこまで行けるかねぇ」


 ギルダの問いに、バルカスはグラスを置いた。


「メリー君があきらめない限り、行くところまで行くさ。私たちはメリー君を支える」


「あんたもそうかい?」


 矛先を向けられたベルンが、少しだけ背筋を伸ばす。


「そうですね。僕もメリーさんを支えたいと思っています。彼女に見出してもらったから今がある。恩なのかな? そうじゃないような……」


「メリー君の生き様に中てられたんだろう」


「あの子供がねぇ……」


 ギルダはそれきり口を閉ざし、グラスに残った氷をカランと鳴らした。

 肯定も否定もせず、ただ静かにグラスの底を見つめている。

 バルカスもまた、何も言わずにグラスを傾けた。


 ベルンは二人の姿を交互に見やり、小さく息を吐いて椅子に深く背を預ける。

 言葉は不要だった。

 それぞれが、それぞれの想いでメリーの背中を思い出している。


 波の音と、船体が軋む音だけが響く穏やかな時間。

 嵐の前の、奇妙なほどに優しい静寂がそこにはあった。


 だが、その静寂は唐突に破られる。

 慌ただしい足音が廊下を駆け抜け、勢いよく扉が開かれた。


「艦長! 陸が見えました! ランツェベルク子爵領です!」


 その報告を聞いた瞬間、ギルダの纏う空気が船乗りのものへと切り替わった。


「よし、行くか! 『海鳥』に信号を送れ! 本艦を中心に横一列の隊列!」


 指示を飛ばしながら艦橋へと向かうギルダに続き、バルカスも立ち上がる。


「甲板に出るぞ、ベルン君。『海鳥部隊』も甲板に整列」


     ──────


 領都の港、昼下がり。

 平穏な日常は、水平線に現れた影によって破られた。


「おい、なんだあれ」

「商船じゃないぞ! 軍艦だ!」


 港にいる住民たちが、次々と海を指さし騒ぎ始める。

 視線の先には、巨大なガレオン船を中心に、中型船が四隻。

 その船影は威圧的で、物々しさはどう見てもこれから戦争を始めるようにしか見えない。


「領主様に知らせろ!」

「あの紋章は……ブラッドレイ子爵か?」

「ブラッドレイ子爵が攻めてきたぞ!」

「あのピンクの旗はどこの紋章だ?」


 困惑と恐怖が波及していく中、ガレオン船は減速することなくぐんぐんと近づいてくる。

 船体の木目までが目視できる距離に達しても、止まる気配はない。

 港の秩序など知ったことかと言わんばかりに、彼らは強行接岸の構えを見せていた。


「警備兵はどうなってる!」

「港湾警備の事務所が燃えているぞ!」

「なんだって!?」


 黒煙が上がる事務所を見て、群衆のパニックが臨界点に達する。


「これは……戦争だ!」

「逃げろ! 港から離れるんだ!」


 これは本格的にまずいと直感した住民たちは、蜘蛛の子を散らすように港から街中へと逃げ出した。


     ******


 領主の館、門前。

 息を切らせた住民が、警備の門番に詰め寄っていた。


「戦争です! 戦争が始まりました!」


「落ち着け、誰と誰が戦争なんだ」


 門番は冷静に問い返すが、住民の瞳孔は恐怖で開いている。


「軍艦……、港に軍艦が……」


「軍艦だと? どこの軍かわかるか?」


「ブラッドレイ子爵です! すぐに領主様に……」


 その名は、門番の表情を一瞬で硬直させた。


「ブラッドレイ子爵だと? わかった。領主様への取り次ぎはこちらでやっておく。お前たちは港に近づくな」


 住民を追い返すと、別の門番が慌てて館の中へと走る。


     ******


 領主の館、執務室。

 急報を受けた侍女が、血相を変えて飛び込んできた。


「領主様! ブラッドレイ子爵が攻めてきました! 港に軍艦で乗り付けたようです!」


「なんだと!? ブラッドレイが?」


 執務机にいたランツェベルク子爵は、椅子を蹴るようにして立ち上がり、慌てて窓から港のほうを見る。

 港からは黒煙が上がり、巨大な船影が鎮座していた。


「港へ行く。兵を集めろ」


「は」


 主人の命を受け、執事が慌てて部屋を出ていく。

 ランツェベルクは窓枠を強く握りしめ、呻くように呟いた。


「何のつもりだブラッドレイ……」


「何って、戦争に決まってるじゃないですか」


 不意に背後からかけられた声に、ランツェベルクは振り返る。

 いつの間にか、部屋の中には侍女が四人も佇んでいた。

 先ほど報告に来た侍女が、無言で部屋の鍵を閉める音が響く。


「……お前たち、当家の侍女じゃないな? 何者だ?」


 鋭い問いかけに対し、侍女たちは呆れたような視線を交わした。


「気づくの遅すぎ。鈍感? 鈍感です?」

「ブラッドレイ子爵の手の者に決まってるわよね?」

「この状況で理解できないとかありえなくない?」


 恐怖など微塵も感じさせない彼女たちの態度。

 一人の侍女が、自らの服をつまみ上げた。


「この侍女服が悪いんじゃない? 着替えましょう」


 その言葉を合図に、神業のような早着替えが披露されるのかと思いきや――彼女たちは、いそいそと侍女服を脱ぎ始めた。

 白磁の肌が露わになり、部屋の中が異様な空気に包まれる。


「あーっ! 見てます。見過ぎです」

「いやだ。目つきがいやらしい」

「敵兵から目を逸らすわけにはいかないだろう。何を言ってるんだ君たちは」


 ランツェベルクは困惑しながらも、警戒を解かずに反論する。

 下着姿となった彼女たちは、互いの装飾を見せ合うように話し始めた。


「その下着、蒼紫の薔薇の新作?」

「私もそれの色違いよ」

「ドーン! 私のは勝負下着バージョンでーす」

「何の勝負よ?」

「女にとっては毎日が戦いなのよ」


 彼女たちは緊張感のない会話を続けながら、もたもたとレグス商会の制服に着替えていく。

 ランツェベルクは、その奇怪な儀式が終わるのを律儀に待っていた。

 やがて着替えを終えた四人が、商会の制服姿で整列する。


「もういいかね。君たちがブラッドレイの兵であることはわかった。私をどうするつもりだ」


「ひとまずこの部屋から出ないでもらいます。それと……」


 リーダー格の娘が、ランツェベルクを見据えた。


「私たちの下着姿を見ましたよね? 無料じゃないですよ」

「一人金貨一枚にまけておいてあげます」


「……」


 ランツェベルクは沈黙した。

 しかし、逆らうことの無意味さを悟ったのか、あるいは奇妙な律儀さがそうさせたのか。

 彼は自分の執務机に座り、引き出しから金貨を取り出すと、机の上に四枚並べた。


「すぐに私の兵が駆けつける。ふざけていられるのも今だけだ」


「まいどー」

「あざーっす」


 金貨を受け取り、手際よく分配する『海鳥』たち。

 彼女たちは金貨を懐にしまうと、憐れむような視線を子爵に向けた。


「兵が来られるわけないです。そんな状況なら私たちはここにいません」


「なんだと!? 何をした」


「処したに決まってます」

「そりゃ処すわよね」

「処しますよ」


 淡々と告げられた「処理」という言葉。

 それが何を意味するのか、理解した瞬間、ランツェベルクの膝から力が抜けた。


「何という事だ……」


 彼は椅子の背もたれにもたれかかり、絶望に染まった瞳で天井を仰ぐ。


     ******


 強行接岸したガレオン船から、タラップが降ろされる。

 そこから武装した兵士たちが次々と降り立ち、迅速な動作で港に整列していく。

 遠巻きに見ている住民たちは、何事かと興味の目を向ける者、怯える者など様々だが、誰も近づこうとはしない。

 本来駆けつけるはずのランツェベルク家の兵も、港湾警備隊も、一向に姿を見せなかった。

 全ては『海鳥』の仕掛けによる沈黙である。


 静まり返った港に、ギルダ、バルカス、ベルン、そして護衛の『海鳥』たちが降り立つ。

 ギルダは鋭い視線で周囲を一瞥すると、腹の底から声を張り上げた。


「港を封鎖! 近づく船は容赦なく沈めろ!」


「「「は!」」」


 兵士たちの野太い返事が港に響く。


「上陸した兵士は船に誰も近づけるな! 近づく者は斬っていい!」


 その容赦のない号令に、ベルンが顔を引きつらせた。


「うわぁ……。僕たち、完全に悪者ですね」


「それはそうだろう。自領に攻めてきた他領の兵士が悪者に見えないわけがない」


 バルカスは平然と答え、港の制圧状況を確認している。


「また僕に悪事の経歴が刻まれるんですね……」


「有耶無耶にする方法を教えよう。私の特技の一つだ」


「それ、時間の経過とかの、何の解決にもならないやつですよね」


「はっはっは」


 バルカスの高笑いが、潮風に混じって消えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ