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追放令嬢と逃亡王子の王国再建計画  作者: スパイシーシェフ
第2部:反逆の狼煙は西側に上がる
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第28話:姉さま、赤裸々な欲望、圧倒的な戦力差は覆せない

「メリー様。休憩所に寄ってもらえませんか」


 ジャックの声は切迫していた。

 彼が見つめる先には、辺境伯領の街道沿いに整備された休憩所が迫っている。

 太い丸太と石材で組み上げられた外壁は、さながら前線の砦のような威圧感を放っていた。

 馬車でそのまま乗り入れられる広大な駐車スペースには、塵一つ落ちていない。

 行き交う兵士や休息をとる農夫たちの所作にも、一種の規律が浸透しているようだった。


「トイレに……」


 その清浄な景色を前に、ジャックが限界を振り絞るように呟く。


「ええ、構いませんわ。私たちも中に入りましょう」


 メリーが頷いた瞬間、馬車は滑らかに停止した。

 建物内部もまた、潔癖なまでの清潔さに支配されていた。

 磨き上げられた床板が窓からの光を反射し、整然と並ぶ卓では、それなりの数の商人たちが休息を取っている。

 その一角、壁際に人だかりができていた。


『祝・十五歳! メリーちゃん画集・春の装い編』


 壁の前では、数人の客が立ち止まってそのポスターを眺めている。

 その中に、商人の格好をしているが、場違いな美しさを隠せていない女がいた。

 地味な外套を内側から押し上げる豊かな起伏、艶やかな黒髪、そして白磁のような肌。

 ポスターを眺めていたその女が、ふと視線を外し、休憩所に入ってきたメリーを見た。


「……メリュジーヌ?」


 本名を呼ばれ、メリーの眉がわずかに跳ねる。


「……! フェリシア姉さま!?」


 メリーの視線の先には、スラリとした長身の女が立っていた。

 商人の外套の上からでも分かる、胸と尻の主張が激しい曲線美。

 小顔に収まった整いすぎた目鼻立ちを持つ黒髪の美女は、まぎれもなくギルガルド伯爵夫人の連れ子であり、メリーの義理の姉であった。


「久しぶりね。五年、いいえ六年ぶりくらいかしら。背が伸びたわね。あのポスターってあなたよね? メリーって名乗ってるの?」


 フェリシアの口から言葉が溢れ出す。

 その奔流のような勢いに、メリーは気圧されたように一歩引いた。


「……。姉さま、あちらに座ってお茶でもしませんか」


「そうね。綺麗になったわねメリュジーヌ、びっくりしたわ。今十五歳? 家を出たときは九歳だったかしら」


「姉さまもびっくりするくらい綺麗になって……一目でわかりませんでしたわ」


 二人は空いている卓へと向かい、席に着く。

 『海鳥』の赤毛が手際よく茶を淹れる音が、わずかな沈黙を埋めた。

 ジャックやバルカスも用を済ませて戻り、全員が卓を囲んだところで、メリーが口を開く。


「姉よ。私とは血が繋がっていないけれど」


「ギルガルド伯爵家の長女フェリシアと申します」


 フェリシアは優雅に微笑んだ後、ふと表情を崩した。


「とは言っても、家を出てきたからもう伯爵令嬢じゃないのよね、私」


「え? 家を出たって……」


 メリーが問い返す。


「言葉の通りの意味よ。私は戦争なんてごめんだわ。しかも相手はあの辺境伯だなんて。これはもう家を出て、領を出て別人として暮らすしかないって結論にしかならないじゃない。お父様もお父様だわ。いくら王命とは言え相手は選びなさいよ、まったく……」


 フェリシアは止まることなく喋り続ける。

 その様子を静観していたバルカスが口を挟んだ。


「失礼。私はバルカス・ブラッドレイ。隣の子爵領の領主だ。フェリシア嬢はこれからどちらへ?」


「ご丁寧にありがとうございます。港町レグスに向かおうと思っております。私と一緒に領を出たこちらの彼、本物の商人なので、まずは商売で身を立てようかと」


 フェリシアは丁寧な言葉遣いで、隣に座る男を指し示した。

 紹介された男が無言で頭を下げる。

 その光景を、ジャックが冷ややかな眼差しで見据えた。


「家を出たと言っても、敵であるギルガルド家の人間には変わりありません。そこはどうお考えで?」


「拘束するの? 尋問? いいわよ。尋問も拷問も意味がないという事を教えてあげるわ。私は聞かれていないことまで何でも話すわよ」


 フェリシアは胸を張り、降伏とも挑発ともつかぬ口調で偉そうに言い放った。

 ジャックが眉をひそめて沈黙する。


「弟の性癖からお父様の頭頂部の寂しさまで洗いざらいしゃべってあげるわ。一緒に領を出たこちらの彼は、お父様の執事よ。そしてこちらの彼は私の侍従。彼らにも何でも聞いてちょうだい」


 その言葉は留まるところを知らない。

 あまりのあけすけな態度に、バルカスが溜息交じりに手を挙げた。


「……わかったわかった。ひとまずレグスまで同行してもらう。話はそのあとでいい」


 ジャックも無言で頷く。

 場が一旦収まりかけたところで、メリーが確認の言葉を投げる。


「姉さま、あなたは敵ではない。そうおっしゃるのですね」


 フェリシアは艶然と微笑み、その瞳を細めた。


「政治的、軍事的には敵じゃないわ。……ただ、メリュジーヌとそこのあなた」


 スッと細められた鋭い視線が、メリーと、その背後に控える赤毛を交互に突き刺す。


「あたしッスか?」


 赤毛が間の抜けた声を上げた。


「あなたたちは敵ね」


 フェリシアがきっぱりと言い切る。


「どういうこと? 説明してちょうだい」


 政治的にも軍事的にも敵ではないと言いながら、個人を指名して敵対を宣言する矛盾に、メリーが即座に問い詰める。


「私の目的はただ一つ。この美貌と『わがままボディ』で金持ちのイイ男を捕まえて、お金と愛と欲にまみれた爛れた生活に溺れることよ」


 フェリシアは自身の豊かな肢体を両の腕で抱き、陶酔したかの面持ちでくねくねと動く。


「姉さまの欲望を赤裸々に語れとは言ってないわよ!」


「なんか親近感おぼえるッスよ、この人……」


「あなたたちとは男の取り合いになりかねないわ。つまりは敵よ」


 高らかに宣言された『敵対』の定義に、赤毛は呆気にとられたように呟いた。


「あっ、ハイ……」


     ──────


 レグス商会に到着した一行を出迎えたのは、商会の私兵たちによる熱烈な歓呼だった。


「みなさんおつかれさま。問題はおきてない?」


 馬車から降り立ったメリーが労いの言葉をかける。


「お疲れ様ッス! 姐さん!」

「問題ありません!」

「姐さんが美しすぎる以外の問題はありません!」


 相変わらずの忠誠心溢れる私兵たちだったが、続いて馬車から降りてきた人物を見て、その空気が一変した。


「たった今、絶世の美女が現れたという問題が発生しました!」


 一人が叫んだ言葉は、全員の総意だった。

 フェリシアが優雅に微笑み、小首をかしげる。


「あら、お上手ね。ありがとう」


 その破壊的な微笑みに、歴戦の私兵たちが衝撃を受けたように直立不動となる。

 この新たな「問題」を抱えたまま、一行は商会の建物へと入っていった。


 場所を移し、一階の食堂。

 そこには当然のようにバズがおり、ベルンも同席していた。

 フェリシアはすでに旅装を解き、あらかじめ用意させていたドレスに着替えている。

 鮮烈な赤。

 それは彼女の白磁の肌と黒髪を際立たせるだけでなく、その豊かな肢体をこれでもかと強調するデザインだった。

 メリーたちとフェリシアが対面で座る。

 茶が運ばれてくる間、バズが重々しく口を開いた。


「ボス、厳しいことを言わせてもらうが、この戦いは負けだ」


 ベルンも真剣な面持ちで頷く。


「そうですね。完全に負けています。この戦力差を覆すのは不可能ですね」


 二人の男の視線は、対面に座るフェリシアの、胸の谷間をこれでもかと強調する赤いドレス姿に釘付けになっていた。

 その視線に気づいているのかいないのか、フェリシアは優雅に茶器を傾ける。


「メリュジーヌの蒼紫の薔薇に対抗して、私をモデルにした真紅の薔薇みたいなのを立ち上げられないかしら?」


 その提案に、ベルンが即座に反応した。


「いいですね。フェリシアさんはレグスに住むんですよね? 民衆の前に姿を見せる機会を増やせば、真紅の薔薇ブランドは当たる予感しかしませんね」


「今そんなこと話してる場合じゃないでしょう! 商魂たくましすぎよ、ベルンも姉さまも!」


 呆れ返るメリーを一瞥し、ベルンは涼しい顔で答える。


「僕は商人ですから」


「私も商人を目指しているわ」


 フェリシアが同意し、身を乗り出した。

 ベルンもまた、テーブルを乗り越える勢いで上半身を乗り出す。

 二人の手が固く握られた。

 その瞬間、メリーの目の前には、フェリシアの胸からぶら下がった圧倒的な質量と谷間が、これでもかと見せつけられる形となった。


「……」


 メリーが無言で虚空を見つめる中、バルカスが咳払いをする。


「フェリシア嬢、今は商売の話じゃなく、ギルガルド伯爵領の情報が欲しい」


 フェリシアは握手を解いて席に戻ると、表情を引き締めた。


「いいわよ。何でも聞いてちょうだい。というか、私が知っていることを先に話すわ」


 フェリシアは一同を見回し、語り始める。


「まず、辺境伯軍が攻め込むのであれば、ギルガルド領はすぐにでも落ちるわ。素人の私にでもわかる話よ。ただし…」


 そこで彼女は、声を一段低くした。


「弟のルシアンは化け物よ。ギルガルド領最大の戦力と言ってもいいわ。犠牲者なしに弟を倒せるとは思わないことね」


「ルシアンが?」


 メリーが怪訝な声を上げた。

 彼女の記憶にあるルシアンは、まだ幼い少年でしかない。


「あなたは知らないでしょうね。弟が力に目覚めたのはあなたが去った後よ」


「化け物とは、どういう…」


 バルカスの問いに、フェリシアは淡々と答える。


「メリュジーヌと似た能力ね。近づいた者は全員もれなく一刀両断だと思っておいた方が良いわ」


「なんと……」


 バルカスが息を呑む。

 メリーの戦闘力を知る者たちにとって、それがどれほどの脅威かは想像に難くない。


「お父様は槍の使い手、これはルシアンに比べればどうでもいい話ね。お母様は王都に逃げたわ。お母様の兄が宰相だとかで、そこに縋るつもりでしょう」


 吐き捨てるような口調だった。


「宰相ガメル・ガーディス侯爵の妹!?」


 バルカスが驚愕の声を上げる。


「また一人、ガーディスの関係者が現れましたな」


 ジャックが渋い顔で呟いた。

 王国の闇であるガーディスの名が、まさかここで出てくるとは……。

 バルカスは思考を整理するように、フェリシアに向き直った。


「フェリシア嬢。キミは王国に対して思うところはないのか?」


「ないわ。私自身、生粋のガーディスの人間であるかもわからないし、お母様のようにギルガルド家を乗っ取ろうと考えたこともないわ。弟はどうだか知らないけど」


 フェリシアの背後に控えていた、ギルガルド家の元執事が無言で頷く。

 その沈黙が、彼女の言葉の真実味を裏付けていた。


「そうか。キミ自身の戦闘能力は?」


 矢継ぎ早に、バルカスが尋ねる。


「見せましょうか?」


 フェリシアは右手を持ち上げ、掌をバルカスの方へ向けた。

 バルカスが一瞬身構える。

 だが、放たれたのは殺意ではなく、ひんやりとした微弱な風だった。

 頬を撫でるそよ風のような感覚。


「こ、これは……」


 バルカスはすかさず、手元の飲みかけのワイングラスを差し出した。

 意図を察したフェリシアが、そのグラスを掌で包む。

 数秒後、常温だったグラスが白く曇った。


「……フェリシア嬢には戦力と呼べるような能力はない、という事でいいんだな」


 ほどよく冷えたワインを口にし、バルカスが満足そうに頷く。

 背後の侍従が、再び黙って肯定の意を示した。


「ギルガルド家にとって、私はただの政略結婚の駒よ。戦力と呼べるものはこれしかないわ」


 言って、フェリシアはどっしりとその豊かな胸をテーブルに乗せた。

 重力と弾力が織りなす圧倒的な存在感が、卓上の平和を脅かす。


(だめッス、フェリシアさん。その戦力は姐さんの急所を的確に抉るッスよ)


 メリーの背後で、『海鳥』の赤毛が必死に手でバッテンを作り、顔をぶんぶんと横に振った。


 自分も胸をテーブルに乗せてみようと、無駄な試みをするメリー。

 生暖かい沈黙が流れる中、フェリシアは背後の二人を指差した。


「あとのことは彼らに聞いてちょうだい」


「わかった。情報感謝する」


 バルカスは視線のやり場に困りつつ、短く話をまとめた。


     ──────


 レグス商会の一角にある浴場。

 そこではメリーが湯船に浸かり、彼女に付き従う『海鳥』の赤毛が、いつものようにメリーの入浴の世話をしていた。

 湯気が満ちる空間に、突然の破壊音が響き渡る。


「メリュジーヌ、入るわよ!」


 勢いよく扉が開け放たれ、一糸まとわぬ姿のフェリシアが湯気の中に現れた。

 その堂々たる立ち姿は、隠すべき場所など何もないと言わんばかりの輝きを放っている。


「来ると思ったわ。この展開は想定済みよ。こちらに何の準備もないとでも思っていたの? 姉さま」


 メリーが湯船から立ち上がり、一歩前へ出ると同時に、赤毛がメリーの横に並んだ。

 仁王立ちで対峙する、全裸の赤毛の美女と全裸の黒髪の美女。

 湯気を挟んで視線が交錯する。


「……」


 お互いの戦力を測るような沈黙。

 数秒の後。

 フェリシアが、無言で手を差し出す。

 赤毛はメリーの顔を一瞬だけ見てから、その手をガシッと握り返した


「なっ! あんた裏切る気?」


 メリーが驚愕の声を上げる。


「姐さん、……諦めて現実を見るッス」


 防壁を失ったメリーの背後に、フェリシアが回り込む。


「久しぶりに髪を洗ってあげるわ」


「やめっ、やめろー!」


 抵抗も虚しく、メリーは姉の手によって拘束され、豊かな泡に包まれた。

 指先が頭皮を優しくマッサージする。

 その心地よさに、メリーの身体から力が抜けていく。


「ごめんなさいね、メリュジーヌ……」


 不意に、フェリシアが呟いた。


「何の話よ?」


「昔の話よ」


「仲が悪かったッスか?」


 湯船の縁でくつろぐ赤毛が問いかける。


「ずっといじめていたわ」


「……そうなんスね」


「私は後妻の連れ子よ。お父様の寵愛を一身に受けていた、お人形のように美しいメリュジーヌに劣等感があったのよ」


 フェリシアの手が、メリーの濡れた髪を慈しむように梳く。


「ああ、そういう……」


「ずっとつらく当たっていたわ。ごめんなさいね、メリュジーヌ……」


 謝罪の言葉は、湿った空気の中に静かに溶けた。

 メリーは泡にまみれたまま、小さく息を吐く。


「もういいわよ、昔の話よ」


「それでも謝らせてちょうだい。本当にごめんなさい」


「もう、お互いに家のことは関係ないわ。許すも許さないもない。済んだ話なのよ」


 メリーの言葉に、フェリシアは感極まったように身を乗り出した。


「メリュジーヌ……」


 後ろから抱き着こうとする気配。


「姐さん! 危ないッス!」


 赤毛が大慌てで叫ぶが、湯の中での動作は鈍い。

 フェリシアの大きな二つの山が、無防備なメリーの背中に密着した。

 むにゅり。

 そんな擬音が聞こえてきそうな感触。


「……」


 その二つの山を背中で直に感じて、メリーは自身のなだらかな丘との絶望的な格差に言葉を失った。


「……ああ、遅かったッス」


 赤毛が手遅れだったとうなだれる。


「今、急に姉さまのことが許せなくなったわ。これは明確な宣戦布告と受け取ってもいいのね」


 メリーの声が低く響く。


「意地悪言わないで、メリュジーヌ」


 フェリシアは更にきつくメリーに抱き着き、密着した状態で身体をくねらせた。

 背中を蹂躙する柔らかさと弾力。


「やめろ! その攻撃は私に効きすぎる!」


 メリーの悲鳴が浴場に木霊し、赤毛はおろおろと湯を掻き回すだけであった。


     ──────


 夜も更け、静寂がレグス商会を包み込む頃。

 メリーの寝室の扉が、音もなく開かれた。


「来ると思ったわ。そのスケスケの寝間着で私に精神攻撃をする気ね」


 ベッドの上で本を読んでいたメリーが、入り口に立つ人影を睨みつける。

 そこには、薄絹のネグリジェを纏ったフェリシアが立っていた。

 布越しに透ける肌色が、月光の下で艶めかしく浮かび上がる。


「そんなこと言わないで。客間は落ち着かないのよ」


「明日、朝一番で辺境伯領へ行くわ。姉さまも一緒よ。ルシアンの能力について説明する必要があるわ。そんなこと言っていないで早く寝なさい」


 フェリシアは悪びれる様子もなく部屋に侵入すると、メリーの許可も得ずにベッドへと潜り込んだ。

 そして問答無用でメリーを引き寄せ、抱き枕のように腕の中に収める。


「……メリュジーヌ」


「何よ?」


「……お父様とルシアンを討つのよね」


 耳元で囁かれた問いかけに、メリーの身体が僅かに強張った。

 だが、すぐにその瞳に強い光を宿して答える。


「そうよ。家族だとかは関係ない。必要とあらば身内でも殺すわ。私たちはそんな覚悟はとうにできている」


 脳裏に浮かぶのは、同じように弟を斬る覚悟を決めたアルベルト・アステリアの横顔。

 アルだって弟を討つんだ。

 その覚悟に対し、私だけが家族に甘いなんてことは許されない。


「……そう」


 フェリシアは静かに頷いた。

 否定も肯定もせず、ただ抱きしめる力を少し強める。

 その拍子に、メリーの背中にフェリシアの豊かな双丘が押し付けられた。


(……またこれか)


 いつぞやと同じだ。

 なぜ女どもは私を抱き枕にしたがるのか、胸を押し付けたがるのか……。

 圧倒的な質量と弾力、石鹸の香り、そして逃れられない体温。


「……おやすみ、メリュジーヌ」


「……ちっ」


 メリーは小さく舌打ちをした。

 家族を殺す覚悟を語った直後に、姉の胸の感触に包まれて安らぐ矛盾。

 だが、抗議する気力はその柔らかさに溶かされていく。

 悔しいが、この上なく温かい。

 メリーの意識は、不覚にもその心地よい闇へと沈んでいった。



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