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追放令嬢と逃亡王子の王国再建計画  作者: スパイシーシェフ
第2部:反逆の狼煙は西側に上がる
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第26話:三年、城塞都市、アルベルト求婚される

「綺麗になったわね。この街道も」


 石畳を叩く車輪の音が、静かな律動を刻んでいる。

 窓枠を流れる景色は、海沿いのレグスから内陸へと進むにつれ、色彩を変えていた。

 塩風に強い根菜の緑は、山裾に近づくにつれて、一面に広がる麦の若芽へと移り変わる。

 あれから三年。

 春の陽気の中、かつて雑木林と荒地でしかなかった場所は、地平の果てまで続く農地となり、若草の匂いを風に乗せていた。


 当時十二歳だったメリーも、今は十五歳を迎えている。

 少女の成長と同じだけの月日が、この街道と景色を変えていた。


 整然と続く畑の合間には、まだ伐採されたばかりの木々が積まれ、拡張を待つ赤土が覗いている。

 積み上げられた石材と、新たな水路を引くために振るわれる鍬。

 そこには、開拓の途上にある土地だけが持つ、あわただしい喧騒があった。


 馬車の速度が緩み、前方を封鎖する一団の手前で車輪が止まる。

 レグス商会街道警備隊。

 揃いの装備を身につけた男たちが、馬車の到着を待ち構えていた。


「全員整列! 姐さんに礼!」


 隊長の号令一下、数十の革靴が同時に石畳を踏み鳴らす。

 メリーは手元の帳簿から顔を上げ、窓を開け放った。


「おつかれさま。問題はない?」


 以前よりも少し背が伸び、大人びた顔つきとなったメリーの瞳が、整列した男たちを見る。

 隊長が直立不動のまま、声を張り上げた。


「ッス! 姐さんの美しさ以上の問題はこの西側には存在しません!」


 メリーの眉が僅かに動き、唇の端に困惑が滲んだが、それは瞬時に、感情を読み取らせない元の表情へと戻った。


「……あ、あら、そう? ありがとう。みなさんもおつかれさま」


 窓が閉ざされ、再出発の合図と共に「失礼しまッス!」という唱和が背後へと流れていく。


「あれから三年か。もうほとんど形になったな。『大穀倉地帯構想』」


 対面の座席で、バルカスが窓外に広がる青い麦畑と、その奥に見える山並みを見やった。


「そうね。三年。……長かったわね」


「正直、十年二十年かかると思っていたよ」


 バルカスは肩を竦め、窓の外を並走する騎馬へと視線を向けた。

 護衛の騎士たちに混ざり、手綱を握るアルベルト・アステリア。

 旅装に身を包み、周囲の兵と同じ速度で馬を駆っている。


「まだ完成には程遠いわよ。とは言え、形が見えたことは大きいわ」


 メリーの視線の先には、開墾を待つ荒地も残されている。

 だが、街道は繋がり、荷を積んだ馬車が列を成して行き交っている。


「いよいよ出立か」


 バルカスの言葉に、メリーは静かに答えた。


「そうね。今日、辺境伯領での会議でそれが決まるわ」


 馬車は速度を上げ、山間の勾配を登っていく。

 整備された石畳の上を往き、一行はオルコット辺境伯の待つ地へとひた走る。


     ──────


 辺境伯領、領都バルト。

 北の山脈を背に築かれたその都市は、国境を守る巨大な盾そのものだった。

 灰色の石壁は高くそびえ、見張り塔には鋭い視線の兵士たちが立つ。

 レグスの開放的な空気とは対照的な、鉄と規律に支配された軍事都市。


 ──であるはずだった。


「メリーちゃんだ! 本物のメリーちゃんだぞ!」

「嘘だろ!? あの『蒼紫の至宝』がバルトに!?」

「キャーッ! メリー様ー! こっち向いてー!」


 馬車が城門をくぐり、領主の館へと続く大通りに入った瞬間、地鳴りのような歓声が巻き起こった。

 無骨な鎧に身を包んだ兵士たちが、頬を紅潮させて手を振っている。

 街路を行く女性たちは、どこか見覚えのある──明らかに蒼紫の薔薇シリーズと思しきデザインのドレスに身を包み、黄色い声を上げていた。


「……バルカス。これはどういうこと?」


「さあな。だが、心当たりならあるだろう?」


 対面のバルカスが、苦笑しながら顎をしゃくった。

 視線の先の露店には、『祝・十五歳! メリーちゃん画集・春の装い編』というポスターが堂々と貼られている。


「ジャック……ベルン……それに、あの絵描きね」


 メリーは額を押さえた。

 レグスで定着してしまった「メリーちゃん」ブームは、この三年の間に商会の流通網に乗って、この堅物だらけの辺境伯領をも侵食していたのだ。


     ******


 辺境伯の館、大会議室。

 重厚な扉が開かれると、室内に漂っていた緊張感が一瞬で霧散した。

 メリーにとって、この館を訪れるのはこれが初めてのことであったが、出迎える側の態度はまるで長年待ちわびた主君を迎えるかのようだった。


「おお……! メリー様だ!」

「ついに我が領にメリー様が降臨なされた!」


 円卓を囲むのは、辺境伯領の軍事を司る騎士団の幹部や、政務を取り仕切る文官たち。

 全員が強面で知られる重鎮たちだが、その目が一様に輝いている。


「静粛に。……まったく、どいつもこいつも」


 上座の隣に立ったガレルが、呆れたようにため息をついた。

 メリーたちが席に着くのを待ち、ガレルは低い声で切り出す。


「いよいよ出陣することになる。異論のある者はいないとは思うが、何かあれば今のうちに……」


「は。よろしいでしょうか」


 ガレルの言葉が終わるより早く、屈強な男が手を挙げた。辺境伯領騎士団、団長である。


「良い。軍事面での懸念か? 今のうちに言いたいことは言っておけ」


「メリー様! 私の鎧にサインをお願いします! 『団長さんへ』と入れてください!」


「……」


 絶句するガレルを置き去りにして、円卓のあちこちから文官や騎士たちが身を乗り出した。


「ズルいぞ団長!」「抜け駆けすんな!」「オレもオレも!」「私はこの新品の外套の背中に!」


 会議室は瞬く間に、敬虔な信徒が神託を求めるかのような、異様な熱気に包まれた。

 メリーは無表情を保ったまま、助けを求めるようにガレルへと視線を投げる。


「き、貴様ら……わかっておるのか。我々がこれから戦う相手、そして共に戦う相手を。アルベルト・アステリア殿下を……」


 ガレルが必死に声を張り上げる。


「わかっております! 王城に『蒼紫の薔薇』の旗を立ててやりましょう!」


 騎士の一人が叫び、それに呼応して他の面々も拳を突き上げた。


「我らが女神の御旗の下、不届きな王家を討つのです!」「うおおおおお!」


「……」


 ガレルは天を仰いだ。

 一方で、上座で腕を組んでいたオルコット辺境伯は満足げに頷く。


「まあまあ、一丸となっておるのは間違いない。士気も高い。問題ないではないか」


「問題ありまくりじゃないですか、父上。いつからわが軍は蒼紫の薔薇の紋章を胸につけるようになったんですか」


 ガレルの指摘通り、鎧姿の騎士たちの胸には、蒼紫の薔薇が鮮やかに描かれており、文官たちの襟元には、揃いの蒼紫の薔薇の襟章が誇らしげに輝いていた。


「問題あるまい。ワシも同行するしな。アルベルト殿のことは任せておけ。お前はここで西側を守れ」


 そう言って立ち上がったオルコットの漆黒の鎧──その胸部にも、職人の手による見事な蒼紫の薔薇が彫り込まれていた。

 翻った背中のマントには、蒼紫の薔薇と、二本の剣が交差している新たな紋章が刺繍されている。


「……一番問題あるのは父上なのでは?」


 ガレルの呟きは、熱狂的な歓声にかき消された。


     ──────


 辺境伯の執務室は、先ほどの大会議室とは一転して、重厚な静寂に包まれていた。

 壁際にはジャックと『海鳥』の面々が控え、円卓をオルコット、ガレル、アルベルト、メリー、そしてバルカスが囲んでいる。


「仕事が早いわね、オルコット卿」


 メリーが感心したように口を開くと、オルコットは不敵な笑みを浮かべた。


「今日の会議の話か? それとも街道の整備状況のことか?」


「どっちもよ。ここまで準備が整っているとは思わなかったわ」


「ふん、わが領の団結を見くびってもらっては困るな」


 オルコットが胸を張ると、後ろに控えていた側近が無言で深く頷いた。

 その表情には、領主への揺るぎない信頼が滲んでいる。


「そうね。心強いわ」


「ところでガレル、結婚したんだってな。おめでとう」


 アルベルトが、隣に座るガレルに親しげな視線を向けた。


「ああ。昨年、西の海の向こうの国から第二王女を嫁に迎えた。あの国との関係が安泰であるという証だな」


「そうか。よかったな」


「ああ。こちらからは騎士団長の娘を、あちらの騎士団長の息子に嫁がせた。……妹はやれんという、父上の強い意向があってな」


「アンナは外国にはやらん」


 オルコットが即座に断言し、腕を組む。

 その頑固なまでの親バカぶりに、室内にはわずかな苦笑が漏れた。


「そういえば、アンナマリーさん……でしたかしら? まだお会いしたことがないのだけれど、ご挨拶しなくていいの?」


 メリーが問いかけると、オルコットは思い出したように側近を振り返った。


「そうじゃな。おい、アンナを呼んでくれ」


「は。ただちに」


 側近が退出し、ほどなくして一人の女性を伴って戻ってきた。


 アンナマリー・オルコット。

 二十四歳という年齢にしては少し小柄で、愛嬌のある可愛らしさが全身から溢れている。

 十五歳のメリーに比べれば、その佇まいにはどこか落ち着いた、しっとりとした大人の雰囲気が漂っていた。


「アンナ、挨拶を」


 オルコットに促され、アンナマリーはアルベルトの正面に立つと、花が綻ぶような笑みを浮かべた。


「アルベルト様! 私と結婚してください!」

「やらんぞ!?」


 挨拶をも飛び越えた突然のプロポーズに、室内の全員が目を丸くした。


「いやいや、やらんじゃないでしょう、父上。そもそも王家が安泰であれば、アンナはアルベルト殿の婚約者となるはずだったわけですし」


 呆れ顔で口を挟むガレルに対し、アルベルトは混乱した様子で首を振った。


「え? ……そうだったのか? 初耳なんだが」


 アルベルトがアンナマリーを見ると、彼女はにっこりと、満開の微笑みを返した。


「……」


 アルベルトが沈黙し、オルコットも唸るように言葉を濁す。


「そうは言ってものぅ……」


「お父様、私もいい歳です。貴族令嬢としては、すでに行き遅れと言っても過言ではありません。ですから、今すぐにでも子作りに入らなければなりません」


「子作り!? な、何を……それはまだ早……」


 オルコットが狼狽するのも構わず、アンナマリーはさらに畳みかける。


「早くありません。私はもう二十四ですよ。早速、今日から始めましょう。子作り」


「「今日!?」」


 アルベルトとオルコットの声が、見事に重なって執務室に響き渡った。


「弟のシリルが三年前、ガレル兄さんが昨年結婚し、私だけが行き遅れ……。これはお父様の策略ですね? 許しません」


「いや待て、そんな策略など断じてない!」


「では、よろしいですね、お父様。アルベルト様も」


 にっこりと微笑むアンナマリー。

 その愛嬌たっぷりの「おねだり」には、抗うことのできない奇妙な圧力が宿っていた。


「アルベルト様、今夜は私の部屋にいらしてください。お待ちしております」


 彼女は優雅に一礼すると、まるで春風のように軽やかな足取りで退室していった。


(なかなか強烈な人物だわ……)


 メリーが呆然と扉を見送る中、壁際では『海鳥』の一人が、期待に満ちた眼差しでアルベルトを見つめていた。


(私はアルベルト様の子作りを応援してます)



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