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追放令嬢と逃亡王子の王国再建計画  作者: スパイシーシェフ
第1部:野生の伯爵令嬢、野良王子を拾う
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第22話:弱点、一線を超える密談、辺境伯は帰らない

「何!? 『剣鬼』オルコット辺境伯の弱点だと!?」


 バルカスの絶叫が、夜の帳を物理的に引き裂いた。

 張り詰めた空気が、部屋の隅々まで充満する。

 アルはゴクリと唾を飲み込み、喉仏を大きく上下させた。

 その顔には、戦場に臨む兵士のような悲壮な決意が滲んでいる。


 対面に座るシリルが、重々しく頷いた。

 彼はゆっくりと人差し指を立て、声を潜める。

 それは、国家の存亡に関わる最高機密を開示する者の、慎重極まりない所作だった。


「それはだな……」


 全員が身を乗り出す。

 呼吸音さえもが、この静寂を穢す冒涜となりかねない、極限の静寂。


「耳に息をこう、ふぅ~っと……」


 湿った吐息が、虚しく宙を撫でた。


 一瞬の空白。


「うははははは! それは誰得情報だね、シリル君! うははははは!」


 バルカスがテーブルを叩き、爆笑した。

 その衝撃で、林立していた空のボトルがカランと乾いた音を立てて転がる。

 卓上には、飲み干された安酒の瓶が死屍累々と積み重なり、男たちの顔は一様に煮ダコのように赤熱していた。


「あはははは! アルさん、これで父上に勝ってみてくれ!」


 シリルが涙目でテーブルに突っ伏す。


「ぶはははは! 無茶いうな。耳に息? そんな隙があるなら、首を取れるだろ。ぶははははは」


 アルもまた、理性のタガが外れた笑い声を上げる。

 戦士としての合理的な指摘すらも、アルコールの熱波に溶けていく。


「違いねぇ。あははははは。あー腹筋いてぇ。リター、酒もってきてくれ、あと氷」


「はーい」


 リタが慣れた様子で、空になったボトルを回収し、奥へと消えていく。


「……」


 メリーはそれを、ただ一輪、花瓶に挿された花のように、静かにそこに座って眺めていた。


     ──────


 狂騒の波打ち際から少し離れたテーブル。

 向かい合うのは、北の山脈を統べる武人たちと、この街を実効支配する少女。

 ガレルは手元のグラスを軽く揺らし、琥珀色の液面を見つめながら口を開いた。


「あの馬鹿どもは置いておくとして、レグスの発展はすさまじいな。復興を始めてまだ一年だ」


 その言葉には、単なる世辞ではない、統治者としての純粋な感嘆が含まれていた。

 窓の外、夜の帳が下りた後も消えぬ街の灯りが、その言葉を物理的に証明している。


「そうね。私もここまでになるとは思っていなかったわ」


 メリーは短く答える。その瞳は、過去の瓦礫の山ではなく、現在の灯火を映していた。


「あれを全部メリーちゃんが先導してたんじゃろ? 信じられんな」


 オルコットが顎髭を撫でながら、改めて目の前の少女を検分するように見る。


「私だけじゃないわ。実際、バルカスが旗を振ってくれたからここまでこれたというのが大きいし」


「それも信じられん話よのぉ。あの子爵が……」


 オルコットの視線が、奥のテーブルで腹を抱えて笑い転げている男へと向けられる。


「彼は優秀よ。自分で無能と言っていたけど、才能を発揮すべき場所に恵まれなかっただけなんじゃないかしら」


 メリーは、彼がもたらした成果を噛みしめるように言葉を継いだ。


「それにしても、こんな子供が……」


 ガレルが漏らした言葉は、侮蔑ではなく、圧倒的な事実への困惑だった。

 彼が知る「統治」という概念の枠組みに、目の前の可憐な少女は収まりきらない。


「子供じゃないわよ!」


 メリーは反射的に背筋を伸ばし、その胸を大きく反らして主張した。

 十二歳としての矜持。成長の証。

 だが、ガレルの視線はメリーを通り過ぎ、その背後に控える影へと吸い寄せられていた。


「……」


 ジャックの傍らで給仕をしていた、赤毛の侍女。

 『海鳥』の一員である彼女は、ガレルの視線の意味を瞬時に、かつ正確に解析した。


「あたしッスか? どうぞ」


 躊躇はなかった。

 彼女は業務報告を行うような手際で、侍女服のエプロンの紐を解き、胸部の布地を緩めた。

 露わになった圧倒的な曲線と質量が、物理的な説得力を持って提示される。


「ふぅむ……」


 ガレルは目を伏せ、深く、重い息を吐き出した。


「……ちっ!」


 メリーの口から、盛大な舌打ちがこぼれる。

 それは、抗いようのない大自然の驚異を前にした時のような、完全なる敗北宣言だった。


(え? 脱ぐです? 私も脱ぐです?)

(私はそんなメリー様の成長を応援してます)


「……」


 背後から聞こえる部下たちのささやき声。

 それは慰めではなく、傷口に塩をすり込むような追撃だった。


「その話はさておき、どうだ? ギルガルド家から干渉があったりはしないのか」


 ガレルが気まずさを払拭するために、強引に話題を切り替えた。


「ないわね。お父様は堅実で慎重よ。むやみに私に手を出せないことはあの夜にわかったはず」


 メリーは即答する。


「ああ、『紫の死神』だったか。当領でも噂になっていたな」


「……」


 メリーは、無言で椅子の上のお尻をもじもじと動かす。


「この復興は子爵領だけで終わらせる気はないわ。オルコット辺境伯に……」


 居心地の悪さを振り払うように、メリーは身を乗り出した。

 その口から「構想」が語られようとした、その刹那。


「メリー様、いけません」


 ジャックが静かに、だが明確に言葉を挟んだ。


「ここは正式な会談の席ではありません。このまま話を進めた場合、オルコット辺境伯にマフィアが密談を持ちかけた、となります」


 淡々とした指摘。

 だが、それは越えてはならない一線を明確に示す警告だった。


「そうだな。互いのためにならん」


 ガレルが頷く。


「明日、街道の視察をしよう。その時に馬車の中で話せばよい。子爵とアルベルト殿下に同行を頼めばよかろう。それで正式な場になる」


 オルコットが助け舟を出す。

 公務としての視察。密室となる馬車。そして正規の統治者たちの同席。

 すべての条件を整える提案。


「は。そのように」


 ジャックが恭しく頭を下げる。

 メリーは安堵の息をつき、そして視線を巡らせた。

 明日の「正式な場」に不可欠な、二人の重要人物へと。


「大丈夫かしら、アイツら」


     ──────


「今日はリタ姉の手が空かないんで、あたしが担当するッス」


 湯気の中に立っていたのは、例の『海鳥』の赤毛の少女だった。

 だが、メリーは湯船に浸かったまま、目の前の光景に絶句していた。

 十四歳。

 まだ幼さを残した顔立ちに似合わず、その肢体は残酷なまでに「次」の段階へと進んでいる。

 それはリタのような完成された豊穣さではない。

 しかし、メリーの痩身とは比較することすら虚しくなるほど、確かな重みを伴った生命の主張だった。


「あんた……それ……」


「これッスか? どうぞ」


 赤毛は屈託のない笑みを浮かべると、自らの双腕でその「わがままな質量」をグイと持ち上げ、誇示するように突き出した。

 薄い皮膚の下で、はち切れんばかりに詰まった若さの質量。

 メリーはもはや逃げ場を失い、確認作業でもするかのように、その「膨らみ」へと手を伸ばした。


 ガシッ、という確かな手応え。

 指先から、手のひらから伝わる、年齢の割にあまりにも「できあがってしまった」弾力。

 メリーは沈黙した。

 言葉は、その圧倒的な質量と弾力の前に無力だった。


「いつか、このわがままボディで金持ちの男を捕まえてみせるッス」


「……これは確かに強力な武器ね。決戦兵器と言い換えてもいいわ」


 震える声でメリーが呟くと、赤毛は少しだけ表情を和らげ、メリーの背後に回った。

 温かな湯に浸されたタオルが、メリーの肩に置かれる。


「あたしら孤児が、体を売らずにキレイなままでいられるのは、全部姐さんのおかげッス。みんな、感謝してるッスよ」


 唐突に投げ込まれた現実。

 軽口の裏に隠された、かつて泥の中で生きていた者たちの切実な祈り。

 メリーはただ、言葉を呑み込むしかなかった。


「さー、ゴシゴシするッスよ。姐さん、このまま髪を伸ばす予定ッスか?」


「そうね……。もう山暮らしじゃないから、髪が枝に引っかかる心配もないし」


 かつて峻烈な峰々を駆け抜けていた頃の記憶が、温かな湯気の中に淡く溶けていく。

 石鹸の泡が、かつての険しい日々を洗い流すかのように、優しく肌を滑っていった。


「……山?」


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