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追放令嬢と逃亡王子の王国再建計画  作者: スパイシーシェフ
第1部:野生の伯爵令嬢、野良王子を拾う
20/21

第20話:動脈、海鳥、その果ての終焉にたどり着けたなら

「無理ですね。港湾区画の倉庫は、海産物だけで飽和状態です」


 ベルンは在庫表をデスクに置いた。

 冬の冷え込みと、事業の熱気が同居する執務室。

 そこには、想定外の豊漁によって倉庫が溢れるという、嬉しくも切実な問題が横たわっていた。


 メリーは頷き、手元の地図へ視線を落とす。


「なら、外ね」


 彼女の指が、街道とレグスへの進入路が交差するT字路を叩いた。


「ここを物流区画にするわ」


「ふむ」


 バルカスが懐から万年筆を抜いた。

 迷いなく地図にペン先を走らせる。

 街道から分岐する太い線。巨大な倉庫群の配置。

 インクの線が、荒野の上に新たな街の輪郭を刻んでいく。


「街道と港の結節点か。立地としては申しぶんない」


「そうね。遅かれ早かれ必要になるわ。この際です、作ってしまいましょう。バズ、人員は確保できる?」


「すぐにやる」


 バズが短く答える。


「今の状況で農作物まで入ってくれば破綻だ。春までには、この区画の一部だけでも稼働させるぞ」


 バルカスはペンを置き、即断した。


「石材が足りんな。船を使え。資材はヴォルデンから運び込め。ヒルデガルド君に話をつけろ」


「は。手配します」


 ジャックが影のように動こうとした時、バルカスが片手を挙げた。


「いや、ジャック君は残ってくれ。計画を練らねばならん。すまんがベルン君、行ってくれ」


「承知しました」


 かつてなら胃を押さえていた男は、天敵の名を聞いても眉一つ動かさず、静かに頭を下げて退室した。

 地図の上だけで、人と金と物が動き、巨大な計画が決定されていく。

 壁際で腕を組んでいたアルは、その光景を無言で見つめていた。


「……現場には行かないのか?」


「図面ができたらね」


 メリーはバルカスが線を引いた地図を指で弾いた。


「アル、あなたは街道工事の現場に行きなさい」


 メリーは地図上の山側、街道沿いに広がる等高線の密な部分を指差した。


「農地開拓のために切り開いている森よ。そこで出た木材を確保して」


「……建材か」


「ええ。切り出したばかりの生木だけど、乾燥を待っている時間はないわ。皮を剥いで、そのまま倉庫の柱として使う」


「道と農地を作れば、同時に資材も手に入るというわけか」


 アルは納得したように頷き、踵を返した。

 彼が部屋を出て行き、扉が閉まる。

 重厚なオーク材の扉が音を立てて閉ざされた瞬間、室内の空気は実務の色から、より昏い策謀の色へと変質した。


     ──────


 執務室に残ったのはメリー、バルカス、ジャック。

 この街の「裏」を統べる三人だった。

 先ほどの建設的な熱気とは打って変わり、突き刺さるような冷たい緊張感が部屋を支配する。


「ジャック君」


 バルカスが、未だ直立不動で控える影に声をかけた。


「以前から進めていた『影』の構想、どこまで進んでいる?」


「種まきは順調です」


 ジャックは表情を変えずに答える。


「孤児院から『目のいい』子供を拾い上げ、仕込みを続けております。何人かは、すでに使い物になりますな」


 孤児院の設立――その真の目的は、単なる慈善事業ではない。

 身寄りのない子供を集め、その中から異才を持つ『原石』を選別し、組織の手足として育て上げることにある。


「物流区画ができれば、人の出入りが激増する。そこは情報の交差点にもなる」


 バルカスはメリーを見た。


「警備組織という名目で、中身は別物を作るべきだ」


「いいわ。組織化しなさい。新しい物流区画に、その子たちを潜らせるのよ」


「畏まりました」


 ジャックの瞳が怪しい光を宿した。


「アルベルト様を守護し、敵を闇に葬る乙女たち……組織名は『ヴァイオレット・ローズ・メイデンズ』としましょう。意味は……」


「やめろ!」


 メリーが叫ぶ。

 バルカスは呆れたように息を吐き、助け船を出す。


「ジャック君、港町にちなんで『海鳥部隊』としたまえ。班ごとの符丁は海猫ウミネコカモメミサゴだ」


「……はっ」


 ジャックは一瞬だけ不満げに眉を寄せたが、すぐに主の意向を受け入れ、深々と頭を下げた。


     ──────


 夕陽が、荒野を赤と紫のグラデーションに染め上げていた。

 風が止み、作業員たちが去った後の建設予定地には、静寂だけが残っている。

 アルとメリーは並んで立ち、整地されたばかりの硬い大地を見つめていた。

 背後には、港から運び込まれた石材と、街道から切り出された巨木が黒いシルエットを作っている。


「……メリーはすごいな」


 ふと、アルが漏らした。

 それはお世辞でも感嘆でもなく、ただの事実の確認のように響いた。


「そうでもないわよ」


 メリーは視線を逸らさず、淡々と返す。


「俺たちが来た時、この港町は死にかけていた。死に向かうだけだった街が、メリーの手で息を吹き返し、人の営みを取り戻した」


 アルは積み上がった資材の山へ視線を移す。


「そして今、メリーはこの何もない荒野に、未来という希望を積み上げようとしている。……俺には、その果てが想像すらできない」


「私にも見えているわけじゃないわ。……でも、一歩ずつでも進んでいけば、いつかは届くわ。そこにたどり着くのは私じゃなくてもいい。次の世代でも」


 メリーは、アルの隣に寄り添うように距離を縮め、アルが見ている夕陽と同じものを見つめた。


「……俺はいつも焦っているな。そして空回りだ」


 アルは肩の力を抜き、握りしめていた拳を開いた。

 メリーはアルを見上げる。


「焦らなくていいわ。ゆっくり、ゆっくり、一歩ずつでいいの。……確かな『プラス』を積み重ねていきましょう」


「……やっぱり、メリーはすごいな」


「……アルの行く先、いつか、その道の終焉にたどり着いたら、レグスに帰ってきなさい。あの夕陽を見ながらお茶でもしましょう」


「おばあちゃんになったメリーとか? 悪くない」


「あら、あなたもおじいちゃんよ」


「違いない」


 夕焼けと宵闇の狭間、二人は無言で見つめあい、微笑みあう。

 水平線の向こう、今まさに夕陽が名残惜しそうに沈もうとしていた。


(そこっ、そこッス! 優しく抱き寄せるッスよ!)

(チューです? チューするんです?)

(ヘタレ? 私はそんなアルベルト様を応援してます)


 どこからか、ヒソヒソと囁くような声が風に乗って聞こえてくる。

 メリーの眉がピクリと跳ねた。


「……何ですか? あなたたちは」


 メリーが冷ややかな視線を、資材の影に向けた。


「ッス、姐さん! あたしらはジャックさんの下部組織、『海鳥』ッス!」



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