積もり始める嫉妬心
教室の窓から差し込む朝の光は柔らかく、机の上のノートを淡く照らしている。
沙夜がノートに向かう様子に、つい目がいく。
黒髪が光を吸い込むように揺れ、呼吸のリズムやペン先が紙に触れる音、指先の微かな動き――そうした小さなものが、意識せずにはいられない。
「おはよう」
小さな声で声をかける。
「……おはよう」
その返事は明らかに不自然だ。声に力はなく、わずかに震え、息も乱れている。
口はきつく結ばれ、目には疲労と微かな影が宿っていた。
ノートに視線を落としつつも、沙夜の動きに気が散る。座り方、手の動き、わずかに逸れる視線――どれも目を離せない。
けれど、もう無理に距離を詰める必要はないと、自分の中でそう思っていた。意識は向くが、心に焦りはない。
自然と、観察するような感覚で目がいく。
昼休みになると、教室のドアが開き、後輩の七瀬が入ってくる。薄い亜麻色の髪が揺れ、元気そうに胸を張って歩く。声も軽やかで、歩く音や呼吸の明るさまでもが、教室の空気をほんの少し軽くする。
「先輩、おはようございます!」
自然と振り返る。久しぶりに聞く七瀬の元気な声に、無意識に緊張が解ける。
今までは、沙夜に気を遣うあまり、七瀬との距離を意識して少し控えめにしていたのだと気づく。
「お、おはよう、七瀬」
七瀬は鼻を鳴らしてふくれた顔を見せるが、すぐに笑顔を浮かべ、軽く首をかしげながらこちらに近づく。その仕草に、胸の奥がほのかに温かくなる。
「先輩、ちょっと聞いてほしいことがあるんですけど」
「何だ?」
「この前のアニメ、すごく面白くて……先輩、観ましたか?」
鼻を鳴らし、ぷいっと口を尖らせる。
少し強気な口調と、くるくる変わる表情。
意地っ張りそうな小さな反抗心が混ざる笑顔が自然で、思わず笑みがこぼれる。
俺も軽く身振りを交えて応じる。
教室のざわめきの中で、二人だけの空間が生まれる。沙夜のことを意識していた重さが、少しだけ薄れ、心が軽くなるのを感じる。
距離が自然に近づく感覚が、じんわりと満たす。
七瀬は話すたびに、鼻を鳴らしたり口を尖らせたりする。少し照れ隠しのような動きも交え、笑顔が絶えない。会話に夢中になればなるほど、こちらも無意識に応じて笑ってしまう。
肩の力が少しずつ抜け、居心地の良さが広がる。
ふと、目の端で沙夜を確認する。机に置かれた手は小刻みに動き、ペンを持ち直す仕草が硬い。座り方は少し前かがみで、呼吸もいつもより速く見える。
「……う、うん……」
友達に返事をしている声が、かすれ気味で途切れがちだ。目を伏せ、眉を軽く寄せる仕草もある。違和感はほんのわずかで、観察しているだけの範囲に過ぎない。
特別心配するほどでもない――そう思いながら、自然に七瀬に視線を戻す。
七瀬の顔、ちょっと意地っ張りそうな表情、明るい笑顔。目を見れば、どんな小さな仕草も心をくすぐる。会話に集中していると、沙夜のことは視界の隅にあるだけで、すぐに意識の中心は七瀬に戻る。
昼休みの時間はゆっくりと流れ、会話は途切れない。七瀬の声が耳に心地よく響き、自然と笑い、思わず身を乗り出して話す。
沙夜の小さな動きや声のかすれも、気づくには気づくが、意識はほんのわずかに留まるだけで、深く考えようとはしない。
距離を置きつつも、少し心が軽くなった自分を感じながら、昼休みの終わりが近づいていく。目の端に映る沙夜は、わずかにいつもと違うような気配を漂わせている――
しかし、その違和感に深く思いを巡らすことなく、自然に昼休みは過ぎていく。




