表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/10

積もり始める嫉妬心







 教室の窓から差し込む朝の光は柔らかく、机の上のノートを淡く照らしている。

 沙夜がノートに向かう様子に、つい目がいく。

 黒髪が光を吸い込むように揺れ、呼吸のリズムやペン先が紙に触れる音、指先の微かな動き――そうした小さなものが、意識せずにはいられない。


「おはよう」


 小さな声で声をかける。


「……おはよう」


 その返事は明らかに不自然だ。声に力はなく、わずかに震え、息も乱れている。

 口はきつく結ばれ、目には疲労と微かな影が宿っていた。


 ノートに視線を落としつつも、沙夜の動きに気が散る。座り方、手の動き、わずかに逸れる視線――どれも目を離せない。


 けれど、もう無理に距離を詰める必要はないと、自分の中でそう思っていた。意識は向くが、心に焦りはない。


 自然と、観察するような感覚で目がいく。
















 昼休みになると、教室のドアが開き、後輩の七瀬が入ってくる。薄い亜麻色の髪が揺れ、元気そうに胸を張って歩く。声も軽やかで、歩く音や呼吸の明るさまでもが、教室の空気をほんの少し軽くする。


「先輩、おはようございます!」


 自然と振り返る。久しぶりに聞く七瀬の元気な声に、無意識に緊張が解ける。


 今までは、沙夜に気を遣うあまり、七瀬との距離を意識して少し控えめにしていたのだと気づく。


「お、おはよう、七瀬」


 七瀬は鼻を鳴らしてふくれた顔を見せるが、すぐに笑顔を浮かべ、軽く首をかしげながらこちらに近づく。その仕草に、胸の奥がほのかに温かくなる。


「先輩、ちょっと聞いてほしいことがあるんですけど」


「何だ?」


「この前のアニメ、すごく面白くて……先輩、観ましたか?」


 鼻を鳴らし、ぷいっと口を尖らせる。


 少し強気な口調と、くるくる変わる表情。


 意地っ張りそうな小さな反抗心が混ざる笑顔が自然で、思わず笑みがこぼれる。


 俺も軽く身振りを交えて応じる。

 教室のざわめきの中で、二人だけの空間が生まれる。沙夜のことを意識していた重さが、少しだけ薄れ、心が軽くなるのを感じる。


 距離が自然に近づく感覚が、じんわりと満たす。


 七瀬は話すたびに、鼻を鳴らしたり口を尖らせたりする。少し照れ隠しのような動きも交え、笑顔が絶えない。会話に夢中になればなるほど、こちらも無意識に応じて笑ってしまう。

 肩の力が少しずつ抜け、居心地の良さが広がる。





 ふと、目の端で沙夜を確認する。机に置かれた手は小刻みに動き、ペンを持ち直す仕草が硬い。座り方は少し前かがみで、呼吸もいつもより速く見える。


「……う、うん……」


 友達に返事をしている声が、かすれ気味で途切れがちだ。目を伏せ、眉を軽く寄せる仕草もある。違和感はほんのわずかで、観察しているだけの範囲に過ぎない。

 特別心配するほどでもない――そう思いながら、自然に七瀬に視線を戻す。



 七瀬の顔、ちょっと意地っ張りそうな表情、明るい笑顔。目を見れば、どんな小さな仕草も心をくすぐる。会話に集中していると、沙夜のことは視界の隅にあるだけで、すぐに意識の中心は七瀬に戻る。












 昼休みの時間はゆっくりと流れ、会話は途切れない。七瀬の声が耳に心地よく響き、自然と笑い、思わず身を乗り出して話す。


 沙夜の小さな動きや声のかすれも、気づくには気づくが、意識はほんのわずかに留まるだけで、深く考えようとはしない。


 距離を置きつつも、少し心が軽くなった自分を感じながら、昼休みの終わりが近づいていく。目の端に映る沙夜は、わずかにいつもと違うような気配を漂わせている――


 しかし、その違和感に深く思いを巡らすことなく、自然に昼休みは過ぎていく。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ