崩れ始める日常
沙夜(幼馴染)視点②
最近、悠斗の様子がおかしい。
ずっと隣にいて、誰よりも彼を見てきた私だからこそ、小さな変化に気づいてしまう。
少しだけ、視線を合わせることが減った。
少しだけ、返事の声が小さくなった。
少しだけ、笑顔がぎこちなくなった。
その小さな違和感は、胸の奥でじわじわと重くなり、確かな存在感を持ちはじめている。
朝、玄関を出て通学路を歩く。
向こうから悠斗の姿が見える。
いつもなら、すれ違うだけでも自然に歩幅を合わせ、軽く挨拶を交わすのが当たり前だった。
でも今日は違う。彼の視線は遠く、表情は淡々としている。
小さく息をつく。胸の奥がざわつく。
――今日も、あの距離感か。
角を曲がると、悠斗とばったり鉢合わせする。
一瞬だけ目が合う。 ほんの一瞬だけ。
だが、私は言葉をかけない。会釈もせず、ただ見つめるだけ。
悠斗は無表情のまま、目を合わせず、表情を崩さない。
その無反応さに、胸の奥がざわつく。
わざと冷たくしているはずなのに、想定していた安心感とは裏腹に、胸がひりつくように痛む。
通学路の十五分が、異様に長く感じられる。
足音、風の音、遠くで響く子供たちの声。
そのすべてが、胸の奥の違和感を増幅させる。
普段なら何気ないすれ違いも、今日は異様に重く、心の奥で時間が止まったように感じられた。
教室に入る。
悠斗は窓際の席に座り、ノートを開いている。黒髪が肩に流れ、光を吸い込むように艶やかだ。
私は視線を向けるだけ。声をかけない。会話もしない。
わざと距離を置き、淡々と振る舞う悠斗をただ見つめる。
胸の奥のざわつきは止まらない。
以前のように悠斗を独り占めできる感覚はなく、むしろ少しずつ自分が置いてけぼりにされている気がして、胸が痛い。
窓から差し込む光が、黒髪を柔らかく照らす。
その光景を見ていると、胸の奥で何かがずるずると崩れるような感覚に襲われる。
わざと冷たくしているはずなのに、悠斗の距離感がこれほどまでに重く感じられるとは思わなかった。
昼休み。教室の空気が少し緩み、笑い声や話し声が広がる。
私は弁当箱を開く。手が少しだけ震える。
胸の奥の違和感は、まだ消えない。
――心臓が、どくんと音を立てる。
勇気を振り絞って、私は立ち上がる。
歩み寄ろうとする足が、少しだけ震える。
悠斗の前に立ち、少し間を置く。
「……ねえ、悠斗」
思わず名前を呼ぶ。
でも彼は、弁当箱を開けたまま顔を上げない。
「ん、なに?」
声は聞こえたけれど、そこに温度はない。
私が求める優しさも、安心も、そこにはない。
「……ううん。なんでもない」
そう言うしかなかった。
言葉にした瞬間、自分でも情けないと思った。
弁当の蓋を閉め、箸を持つ手が少し震える。
心臓が小さく、どくんと音を立てた。
悠斗のそばで、こんなにも息苦しくなるなんて思わなかった。
それでも、視線は自然と彼に向かってしまう。
ノートに向かう彼の手の動き、視線のそらし方、眉間のわずかな皺。
そのすべてが、胸にずしりと重くのしかかる。
教室のざわめきは背景になり、私は悠斗の呼吸のリズムにまで意識を奪われている。
何度か言葉をかけようと手を上げるが、思いと行動がかみ合わず、結局何も言えない。
ただ、目の前で静かに座る悠斗を見つめ続けるしかない。
彼の無表情に、心が少しずつ締め付けられる。
けれど、少しだけ。胸の奥で、なんとか自分を保とうとする気持ちもある。
――心の奥で、ざわつきが痛みに変わる。
足元から胸の奥まで、重苦しい感覚がじわじわと広がっていき、
息が詰まり、視界が少しぼやける。
病み万歳




