優越感
沙夜(幼馴染)視点
私には、幼馴染がいる。
名前は佐伯悠斗。
家が隣同士で、小学校の頃からずっと一緒だった。
朝、カーテンを開ければ向こうの窓も同じタイミングで光を浴びる。
太陽の光が差し込むその瞬間、互いの部屋の中が淡く明るくなるのを、私たちはなんとなく感じていた。
登校時には玄関先で軽く会釈を交わし、休みの日には公園で笑い合う。
そんな些細なやり取りのひとつひとつが、私の中で確かな安心感となり、心地よい日常になっていた。
気が付けば、悠斗は私の世界の一部になっていた。彼の存在があるだけで、世界が少し優しく感じられる。そんな不思議な感覚だった。
彼は真面目で、少し不器用なところがある。
人に対して誠実で、誰かが困っていると手を差し伸べずにはいられない。
けれど自分の感情は滅多に言葉にしないから、私にはその正直さが、わかりやすく、そして心地よかった。
小さい頃は、私が泣きそうになるとそっと手を握ってくれたし、雨の日には傘を半分だけ差してくれて、自分だけ濡れても笑っていた。
そんな悠斗を見て、私は自然に「守りたい」と思った。
彼の優しさに触れるたび、胸の奥がじんわり温かくなる感覚。
放課後の帰り道、手をつなぐのが当たり前で、何気ない会話で笑い合う時間が、私の一日の中で特別な瞬間になっていた。
中学に入るころまでは、その関係は変わらなかった。
放課後、一緒に帰る道での何気ない会話や、部活の帰りに交わす小さな笑顔。
悠斗が私を見つめるたび、世界が少し温かくなるような感覚があった。
何気ない一瞬の視線、言葉にならないやり取りさえも、私にとっては宝物だった。
悠斗はいつも真剣に私の話を聞いてくれ、時には小さな冗談で笑わせてくれた。そんな彼の存在が、私の世界を形作っていた。
けれど高校に入ると、少しずつ変わり始めた。
視線の先が私だけではないことに気づいたとき、胸の奥で何かがきしむ音がした。
悠斗は誰にでも優しい。クラスメイトにも、後輩にも、自然に笑顔を向ける。
その光景を目にするたびに、胸の奥に小さなざわつきが広がるのを感じた。
誰にでも平等に向けられるその優しさは、私にとっては少し痛みを伴うものだった。
――でも、これが現実なのだと、心のどこかで理解していた。
最初のきっかけは、ほんの些細なことだった。
ある日のこと。悠斗がクラスメイトに微笑みかけるのを見た。
放課後、廊下ですれ違うときも、後輩に軽く声をかけて笑顔を見せる悠斗。
私には、それが少し胸をざわつかせる光景だった。
――なんで、私だけじゃなくて……。
その瞬間、嫉妬が胸の奥にじわりと広がった。
幼い頃から、ずっと隣にいた悠斗。
彼は私にとって、当たり前でなくてはならない存在だったのに、笑顔や優しさは私だけに向けられるものではなかった。
誰にでも平等な彼の姿を見ると、心の奥でざわざわとした感情が湧き上がる。苛立ち、焦り、そしてどこか甘美な感情。
その感情は、自然と行動に表れていた。
放課後、ふとした言葉や態度で悠斗をぞんざいに扱う。
「ちょっと、何…?」
短く、ぶっきらぼうに、少し冷たい響きを意識して。
悠斗の表情が少し曇ったのを見た瞬間、胸の奥に妙な高揚感が走る。
落ち込む彼を見て、少しだけ私だけを意識してくれる ――その感覚が、私の中で小さな優越感を生み出した。
それ以来、私は意識的に悠斗に冷たく接するようになった。
朝の挨拶も短く、目を合わせる時間も最小限に。
それでも悠斗は、どこかで私を追いかけるように目を向ける。
そのたびに、胸の奥がじんわり熱くなる。落ち込む彼を見て、自分だけを見てくれることを確認できる瞬間。それが、私にとっての小さな満足だった。
他の誰よりも私を気にかけてくれるようになった、悠斗をみて、
高揚感と優越感が溜まっていくのが感じる…。




