無音の朝、重い陰
朝の空気はひんやりとして、街路樹の葉に残る夜露が光を反射していた。
俺はいつも通り家を出て、ゆっくりと通学路を歩く。
数日前から決めている、沙夜との距離を保つ一日。自分の心を守るために、踏み込まないと決めた。
通学路で、沙夜と彼女の友人たちが先を歩いていた。
背中を丸め、肩の力も抜け、顔色は土気色に近い。
目は虚ろで、歩く足取りも重く、まるで地面に吸い込まれそうに前に進んでいる。
俺が近づいても、沙夜はまったく気づかない。
いつもなら、冷たくてもちらりとこちらを見て挨拶してくるのに、今日は無表情で視線も宙に漂ったまま。
その無気力な姿に、胸の奥がざらつく。
友人の声が小さく聞こえる。
「沙夜、大丈夫?」
「……うん」
声はかすれ、無理に返したような響きだ。笑顔のかけらもない。
「昨日、寝るの遅かったの?」
「まあ……」
やっと反応が返ってきたが、表情は変わらない。
声のトーンも低く、力なく、会話を楽しむ余裕はないようだ。
俺は少し距離を取り、
足を止めながら彼女たちを見守る。
声をかけようかとも思ったが、数日前に決めた距離を思い出す。
これ以上踏み込めば、また自分の感情がぐらつくだろう。
だから、静かに後ろを歩く。
友人たちが軽く笑いながら話しているのに、沙夜の返事は小さく、短い。
「……そうだね」
「…うん」
その度に、周囲の空気から沙夜だけが浮いているように感じる。
元気な声はなく、表情も乏しく、歩く姿だけが存在感を放っていた。
通学路を進む途中、友人が沙夜に話しかける。
「今日、学校で小テストあるよね?」
「うん……」
「準備した?」
「少しだけ」
反応はすべて最小限で、口数も少ない。
まるでやる気を失った人形のように、ただ歩き続けるだけだ。
友人の声に合わせるように首をわずかに傾けるが、瞳は虚ろのまま。
俺はその姿を見ながら、胸の奥が微かに痛む。
しかし、原因は自分じゃない、と自分に言い聞かせる。
距離を置くのは正しい。沙夜のためじゃない、俺のためだ。
それでも、目の前で無気力に歩く沙夜の姿が、心に重く圧し掛かる。
校門が見えてくる。
友人たちは少し笑顔を作るが、沙夜は無表情で立ち止まりもせず、静かに歩き続ける。
その後ろ姿は、まるで日差しの中に溶けて消えてしまいそうだった。
俺は一歩距離を詰めるたびに、声をかけたい衝動に駆られる。
「沙夜、大丈夫か」
「無理しなくていいんだぞ」
でも、その言葉を飲み込む。
数日前に決めた距離を守る。これ以上介入すれば、自分の心が乱れるだけだ。
教室に入ると、沙夜は隅の席に座る。
机に顎を置き、手は小さく震え、呼吸だけがかろうじて揺れている。
友人たちは少し離れて座り、彼女に声をかけてみるが、返ってくるのは小さなうなずきだけ。
俺は席に座り、ノートを開く。
教室の声も、窓の光も、頭に入ってこない。
沙夜の存在感が、教室のすべてを重く押し潰している。
数日前から距離を取っている効果なのか、心の奥では少し吹っ切れた感覚もある。
しかし、沙夜のあまりに無気力な姿が、胸に重く残り、ざらついたまま消えない




