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3/10

開く距離

夜の静けさの中、悠斗は布団の中で目を開けていた。


 部屋には電気を消したままの暗闇が広がり、窓から差し込む街灯の光だけがかすかに天井を照らしている。


 胸の奥に、昨日の教室での沙夜の態度が重くのしかかっている。

 視線を逸らされ、無表情で返事をされたことが頭の中でぐるぐると回る。


「もう……このままじゃ、俺が傷つくだけだ」


 小さくため息をつきながら、悠斗は布団に体を沈める。

 今日も、明日も、同じことを繰り返すのだろうか――そう思うと、胸が締め付けられる。


 手を胸に当て、じっと考え込む。


「少し、距離を置こう……」


 その言葉が口をついて出たとき、胸の奥にわずかに軽さが生まれた。

 自分から距離を取ることで、少しでも気持ちを落ち着かせられるかもしれない。


 布団の中で深呼吸を繰り返し、心を落ち着ける。


 瞼を閉じても、昨日の光景が鮮明に浮かんでくる。

 胸の奥の痛みは完全には消えない。

 でも、動かないよりは、少しでも前に進む方がいい――そう思った。














 翌朝、今日は普段より少し早く家を出た。

 通学路の時間をずらすためだ。

 歩く足取りは自然と速くなる。

 カバンを肩にかけながら、胸の奥が少しだけざわつくのを感じる。


 角を曲がると、後ろから軽い足音が聞こえた。

 一瞬振り向き、その正体が沙夜だと気づく。

 すぐに視線を戻し、声を低くして挨拶をする。


「……おはよう」


 短く低い声。昨日までのような柔らかさはない。


 歩幅を意識的に広げ、沙夜との距離を保つ。

 心の中で、自分を鼓舞する。


「これでいいんだ……距離を置くんだ」


 通学路の空気がいつもより重く感じられる。

 隣の道を歩く生徒たちの声が耳に入るが、悠斗は視線をまっすぐ前に向ける。


 胸の奥に小さな不安が芽生える。

 けれど、それよりも、沙夜と近づくことで生まれる痛みを避けたい気持ちが勝る。












 教室に入ると、悠斗はいつもの席に座り、ノートを広げる。

 視線はなるべく沙夜に向けず、机の文字に集中しようとする。

 しかし、無意識に沙夜の動きを追ってしまう。

 ペンを走らせる仕草、机に向かう姿勢、髪の動き――すべてが胸に刺さる。


 授業中、悠斗はペンを持つ手を微かに震わせながらも、視線を紙に落とす。

 周囲の友達の声や教室のざわめきが耳に入るが、頭の中では沙夜の顔ばかりが浮かぶ。


 昼休み、悠斗は弁当を広げる。

 普段なら沙夜に話しかける瞬間もあるが、今日は黙って箸を進める。

 心の中で何度も繰り返す。


「少し距離を置くんだ……話しかけない、視線を合わせない」


 時間がゆっくりと過ぎていく。

 呼吸のたびに胸が少しずつ重くなる。


 視界の端で沙夜の動きを感じながらも、あえて目を合わせず、無表情を装う。





 放課後、悠斗は教室を出るときも沙夜に声をかけない。

 廊下を歩く足音に注意を払いながら、心の中で自分を叱咤する。


「これで、少しは……冷静になれるはずだ」


 帰り道、悠斗は歩きながら背筋を伸ばし、前を向く。

 歩いている沙夜が目前にいるが、声をかけずに距離を保つ。


 胸の奥のざわつきは消えない。寂しさも痛みも残る。

 それでも、自分の決意を曲げずに歩き続ける。


 家に着くと、悠斗は布団に倒れ込む。



 天井を見つめながら、心の中で一日を振り返る。

 距離を置くことで自分を守ろうとしたはずなのに、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような虚しさが残る。


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